128話
午後5時です。
もうそんな時間ですか、そうですか。
アヤノさんを奴隷商さんのところから引き取ってから、お屋敷に戻ってからクライネ師匠のお話を聞いて。
今日はもう、お腹一杯ですよ。
いつも通り、稽古の時間にしよう。雨も、ほぼほぼ止んでいるし。
と思ったけど、ジーク師匠がいない。師匠との模擬戦の時間なのだが。
いないものは仕方ない。
他のことをしよう。
あ、そうだ!
「アヤノさん。稽古に付き合ってくれませんか?」
言いながら、【錬金術】で木刀を作る。小太刀サイズ──小木刀もいるかな? ついでだし、太刀サイズの大木刀もだな。
予備を含めて、それぞれ二本ずつ作った。
それを寄ってきたアヤノさんに渡す。
「良いのですか? 家事とかしなくても……」
「ええ、レベッカとエリーゼがいますし。
貴女の実力を見ないと。それに、クライネ師匠もいるし、ちょうど良かったので」
オレは自分の木剣を取り出し、素振りをする。
アヤノさんも、素振りを始めた。
おお、綺麗な素振りだな。
お互い向き合って、礼をする。
正眼に構えて、切っ先を相手に向けた。
「あぁ、私の怪我はすぐに治るので、遠慮なく打ち込んでください」
まぁ、オレはまだヘッポコなので、こう言っておかないと、変に手加減されかねないしな。
さて、では、やるか。
アヤノさんは、木刀の感覚を確かめるようにオレと打ち合うと、すぐに小木刀に切り替えた。
小木刀の二刀流スタイルだ。
オレの攻撃を右の小木刀で受け、流し、ときには弾いて防御に徹するが、隙に見付けると、すぐに左の小木刀で攻撃する。
流れるようなその攻防の切り替えは、全く手も足も出ない。
救いがあるとすれば、アヤノさんの攻撃は、軽くなぞるような感覚なので、ほとんど痛みはない。
これがクライネ師匠だと、ボッコボコにされているところだろう。
アヤノさんの優しさに、涙が出そうだ。
待てよ?
ジュリアやヴィヴィも、遠慮も容赦もなくボッコボコにしてくる。
彼女たちの主は誰だっけ?
いかん、やっぱり涙が出そうだ……。
それにしても、アヤノさんの動きは本当に綺麗だな。
ムダがない、というのか。
クライネ師匠もそうだけど、長い時間をかけて研鑽したものというのは、素晴らしい。
オレも、ああなりたいよ。
っと、アヤノさんが自ら距離を取った。
どうしたんだ?
左手の小木刀を、木刀に変える。
……はい?
なんということでしょう。
今までの小太刀二刀流スタイルでは、攻撃時に急所を狙ってジワジワと仕留めるような動きだった。
ところが、左手を長刀にした途端、打撃力が増して、一撃で仕留めにかかる動きになった。
右の小木刀が防御に使われるのは変わりないが、その後の一撃が痛すぎる。
ただ、小木刀に比べて木刀が重いため、小木刀での攻撃ほど正確さはない。なので、避けやすいし、払いやすい。
それがわかっているから、アヤノさんも一撃一撃をしっかり放つ。だから、当たると痛い。
ぐ……。
っていうか、こっちの攻撃がそもそも当たらない。
大振りの攻撃だと軽くスウェーして避けるし、小振りだと小木刀で受ける。
そうでなくとも、足を使っての立ち回りが尋常ではない。
なんか、詰め将棋をしているみたいに、こちらを追い詰めるのだ。
わかっているのだけど、どうしようもない。
……これが、経験の差、なのかな?
アヤノさんがまた、バックステップして距離を取った。
今度は何だろう?
両手の木刀を仕舞い、太刀サイズの大木刀を出して構えた。
あれは……漫画で見たことがある。
蜻蛉の構え、というやつだ。
『二の太刀要らず』とか、『雲耀』といって、髪の毛一本でも速く打ち下ろせ、とかいう、超攻撃スタイルをしていた。
あんなの、漫画とかゲームにしかない、ファンタジーな剣術だと思っていたよ。
まぁ、男の子の心をくすぐる魅惑的な剣なので、昔に思わず調べちゃったわけですが。
あとは……。
「キェェェェェェェェィッ!」
そうそう。猿叫というんだっけ。気合いの声が、叫び声みたいに聞こえるっていう……って、ノンビリ構えてどうする!
大丈夫だ。あの一撃を耐えれば、良いんだ。『二の太刀要らず』ということは、一の太刀をどうにかしてしまえば、追撃はない。
上段からの打ち下ろしってわかっているわけだから、タイミングを合わせて受けろ!
いけ!
「っ!」
ガッ!
よし!
タイミングはバッチリ!
後はこのまま、鍔迫り合いに持ち込んで……。
え?
ふっ、とアヤノさんの身体がオレの視界から消えて──
胴に物凄い衝撃と激痛が走り──
オレの目の前が暗く──
何が起きた!?
「全く……一撃を防いだからって、油断するんじゃないよ!」
クライネ師匠の怒声が、頭に響く。
「いや。『二の太刀要らず』なんだから、防げばなんとかなると思ったのに……」
「いえ。初太刀の後の連続技も、初太刀が外された場合に対応できる技もちゃんとありますよ」
なんと!
まぁ、考えてみれば、当然か。
そんなに甘くはなかったな。
はあ……。まだまだ、精進しないとダメだね。




