夢ではなかったようです
「おい、また来てやったぞ」
わたしはあの時、バイトで疲れて夢を見ていたのかもしれない、と頬をつねり続けて一週間。どうやら夢ではなかったようです。
現に、わたしの家の前で偉そうに仁王立ちしているんですから。
「今日は普通の服なんだね」
風太がまた我が家に来たことにも驚きましたが。それよりも、山奥に住んでいるぐらいだから現代の生活には疎いんじゃないか、と思っていたので、風太が現代風の格好をしていることにびっくりしてしまいました。
「何言ってんだ。俺たちだって、人里に降りることはよくある」
「そうなんだ」
「一応パソコンとかも使えるし」
「まじか」
狐がパソコン……?想像しようとしてもうまくできませんが、なかなか可愛い光景かもしれません。これがギャップ萌えってやつでしょうか。
「お前、今変な想像したろ」
「……いや、してないよ」
「なんだその間は。……まあ、いいけど。それより、腹減った」
風太がお腹をさすります。育ち盛りなんでしょうか。冷蔵庫に何かあったっけ、と思いながら、わたしは風太を家に入れました。
***
「ねえ、洋食って食べれるの?」
「食べれるぞ」
「まじか」
「さっきから何だよ、その反応」
「なんか、イメージと違うなあって思って」
少なくとも、わたしの想像の中の狐はパソコンは使わないし、洋服は着ないし、洋食を食べることもしません。人に化けて暮らすということは、時代の波に乗らなきゃいけない、ということなんでしょうか。なんだか感慨深いです。
今日はお手軽に、パスタにすることにしました。菜の花とベーコン、しめじを炒めて、オイスターソースと塩、胡椒で味付けをして、茹でたパスタに絡めます。これだけでは寂しいので、新玉ねぎと春キャベツのコンソメスープと、近所に唯一あるパン屋さん『やすだ』で買ってきたフランスパンを添えました。
わたしもご飯を食べていなかったので、向かい合って食卓につきました。狐にフォークやスプーンが使えるのか、と少し思いましたが、いらぬ心配だったようです。正直、わたしよりよっぽど綺麗に使っています。……なぜか負けた気分です。
「うめー」
風太は食べているときだけ、子どもみたいな顔をします。普段は目つきが悪いぶん、なんだかかわいく見えてきます。……これもギャップ萌え、ってやつなんでしょうか。
「なんで、狐って人に化けるの?」
「なんでって言われてもな……そういう能力を持ってるから、だろうな」
少し困ったような顔で風太は答えました。たぶん、聞かれたことがないことなのかもしれません。そもそも、人とこうやって関わったことがあまりないのかも。
まあ、と風太が言葉を続けます。
「人間の飯のほうが美味いしな」
「は?」
「だって、狐の姿じゃこういう飯は食べれないだろ」
「そうだけど」
そんな単純な理由か。わたしは納得したような、納得いかないような気持ちでくるくるとパスタを巻きました。
***
「お前、一人暮らし?」
あっという間に食べ終わって、まったりとふたりでほうじ茶を飲んでいると、風太が突然聞いてきました。いつか聞かれるとは思っていたので、少しだけどきっとしましたが、平然を装ってわたしは答えました。
「まあ。家族はいたけど、事故で死んじゃったから」
「ふうん」
そっか、とつぶやいて、風太はほうじ茶をすすりました。同じようにほうじ茶をすすって、深く聞かれなかったことにほっとする自分が居ました。こういう時、同情されることほど嫌なことはありません。
じいっと、風太に顔を見られていることに気づきます。ばっちり目が合ったと思ったら、慌ててそらされました。……いったい、なんなんでしょうか。
「お前さ」
「何?」
「ほいほい俺を家に入れてたけど、もっと警戒心持ったほうがいいぞ」
「?分かった」
まあ、確かに田舎に住んでいると顔見知りばかりだし、毎日平和なのでどうしても警戒心はゆるゆるになるんですが。それを狐に説教される日が来るとは思いませんでした。
「……なんでにやついてんだ」
「え、だって心配してくれてるんだな、って思って」
「ちげえし!」
そっぽを向かれました。でも、その耳が赤くなってるのはばればれです。
帰り際、「今度、美味しい木の実とか魚持ってくるからなんか作れ」と言われました。……また来る気満々のようです。