消えた日常2
僕がサルベージした『古代機械』の中に眠っていた少女、未羽がいなくなってから三日が経った。
未羽はいまだ、見つかっていない。
あの日、彼女が寝ていたはずの僕の部屋の窓から見た地面についていたのは、未羽のものではない大人の足跡だった。
彼女が何者かに連れ去られた事は、ほぼ確実だ。
宿舎の敷地の外まで続いていた足跡は急に途切れていて、そこからは犯人の手がかりを見つけることは到底不可能だった。
僕らはまる二日間、町中を探し回った。
けれど、新しい手がかりを見つけることはできなかった。
僕らの力ではもう何もできなくて、かと言って元々経歴不明の少女を自警団に捜索願いを出すわけにいかず、結局、ラボ『MZK』に捜索をお願いした。
僕らは泣く泣く、普段通りの仕事に戻って、新しい情報を待つしかなかった。
未羽と過ごした時間はたったの二日間だ。
なのに彼女は、ずっとこの街で暮らしているかのように、すうっと、僕の日常に入り込んできた。
それなのにーー
こんなにもあっけなく、未羽は姿を消した。
もし僕が、朝のうちに足跡に気付いていたらーーまだそれほど遠くまでいってなければ、もしかしたらーー
そう考えてしまうのは欺瞞だろうか?
未羽があの夜、泣きながら笑った顔が、頭の中にこびりついて離れなかった。
*
「おい、なにやってんだグズ!」
僕が操縦する代機械用潜水艇『華鳥』は、深度30メートルで動かなくなっていた。
鉄くずのような小さい古代機械を回収する為に打ち出したサンプルネットが、岩場と花虫に絡みついて動けなくなってしまったんだ。
「すいません」
反射的に謝っていたけど、その状況に焦ることもなく、他の事を考えていた。
僕はなんでこんなに彼女に執着しているのだろう、と。
たった二日だ。
そこで交合わせた会話は、決して多いわけじゃない。それに結局、彼女の事はわからないことだらけだった。
未羽は本当に一千年もの間、あの中で眠っていたんだろうか。そして古代機械とは結局なんなのか。
僕は未だ、何も知ることが出来ていない。
それでも……
僕は父さんと行った絵画展のことを思い浮かべた。
すべてのきっかけは、きっとあそこにある。
そんな気がした。
未羽が入っていた古代機械をサルベージしたあの日、絵画『棺の少女』のことを思い出さなければ、夜に船内に忍び込んで、古代機械を開けようなんて思わなかった。
もしかしたら僕は、未羽に執着している訳じゃないのかもしれない。
髪色はちょっと違ったけれど、未羽は僕が昔見た絵画に描かれていた少女そのものだった。
そしてその思い出は、父さんと強く結びついている。
学校でも友達がいなかった僕にとって、父さんは、家計を支える父であり、僕のことを認めてくれる母であり、そしてなによりも、何でも話し合える友人だった。
結局のところ僕は、父さんの事が忘れられないだけなんじゃないだろうか。
未羽は昨日、父さんの事を聞いてどう思っていたのだろう。
彼女が涙を流しながら笑った理由が、猛烈に知りたくなった。
でも未羽は、もうここにはいない。
「ーーおい! 聞いてるか!」
「……」
「サンプルネットをパージしろ。そのままじゃ酸欠になるぞ」
「……あっ」
「たくっ……ボーっとするのも大概にしろよ」
「……わかりました」
サンプルネットをパージすると、身動きの取れなくなっていた華鳥が自由を取り戻した。
「お前今日はだめだ。船に上がってろ」
「え、でも、まだ古代機械が」
「そんなボンヤリした状態で仕事されるのは迷惑だって言ってんだよ」
視界が朦朧としている。正面にいた花虫が海中をゆらゆらと漂う。
「……はい」
すごく惨めな気分で、僕は船へと上がった。
*
船に戻ると親方は怒るわけでもなく、訝しむ表情をして言った。
「陸、しばらく休め」
「え……何故ですか」
それは反射的にでた、拒否反応の言葉だった。
「まぁ、あれだ。休みは必要だ」
「いや、でも……」
「嬢ちゃんの事を探すもよし、何もせずに過ごすもよし」
「でも、僕は仕事がなかったら」
何もなくなってしまうーー。
父さんが死んでしまった後の、あのからっぽの日々に戻ってしまう。
いつもは緩く開けている瞼を開いてこちらをまっすぐに見ると親方は言った。
「陸、誤魔化すな」
「誤魔化してなんかっ!」
僕は語気を荒げてしまう。一体何を誤魔化しているというんだ。親方の言っている意味がわからない。
「仕事は日々をやり過ごすためのものじゃない。忙しさは忘れたいことを一時的に意識の中から消し去ってくれるかもしれないが、根本的な解決方法にはならない」
親方は終始穏やかに、諭すようにそう言った。
「根本的な解決ってなんですか? 僕にはわかりません」
親方の抽象的な言葉に反論する。
だって父さんはもうどこにもいない。
未羽だってきっと戻ってこない。
これを僕がどう解決すればいいというんだ。
「陸、君に初めて出会った時、なんて老成しているんだと思ったよ。君は君自身のことはほとんどどうでもよくて、そこまで育ててくれた父親の為に生きようとしていたのだろう」
「そうなんでしょうか……」
「……」
親方は僕の次の言葉を待っているようだった。
「僕は学校にも話す人間はいなかったですし。友人らしき人間はいません」
「そうか」
「父さんがいなくなってから、僕はからっぽです」
「嬢ちゃんを、お父さんの代わりにする気かい」
そんなことはない……とは言い切れなくて僕は言葉に詰まってしまう。
「お父さんの死と向き合ってみなさい」
死と向き合う。
それはどういう意味だろう。
死は、死だ。
事実として、そこにただ悠然と立ちすくんでいるだけのもの。
それが僕にとっての死だ。
人はいつか死ぬ。
父さんは、それが少し早かっただけだ。
僕はもう親方に反論しようとは思わず、
「わかりました……」
とだけ答えた。
少しだけ休んで考えてみよう。
僕が今、何をしなきゃいけないのかを。
そんな僕の決意も知らず、波も無く穏やかな朱い海は、いつも通り強烈な死の臭いに包まれていた。




