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瓦礫の海  作者: 泉柴 圭哉
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少年と宇宙船 1

「おらおらー! お前等の実力はこんなもんかー!」

「ささっ……姉さんもどうぞ」

「おお! 悪いな! おいそこの! さっきからグラスが減ってねえぞ!」

「……うっ……うっす! まだいけます!」

あねさん。俺、もう……うぇっ」

「うぷっ……おれもトイレ……」


 なんだこれは……


 僕はマナさんの強行を止めることが出来ず、宿舎にやってきていたーー


「みなさん楽しそうですね~。ゆかいゆかい」

 必然的に、未羽も一緒に。

「これのどこが楽しそうに見えるんだよ……」


 マナさんのまわりに宿舎の男達が集まっている。ただほとんどの男達の顔色は青ざめていて、既に吐いてしまった人や倒れている人もいる。

 筋肉質の男達が、さほど広くないリビングの中でごった返して乱痴気騒ぎする様は、僕には地獄絵図にしか見えない。

 

 ちなみに親方は、一応妻子持ちなので「娘が待っているからな」と本当なのかどうかわからない事を言って去っていった。自分も飲まされる危険を感じたんだろうか。


 それと、マナさんと酒を飲めることにあれだけ猛っていた轟木さんは、開始十分程度で何度も一気飲みし、勝手に潰れた。今は僕らの近くで真っ青な表情で眠っている。

 

「おじさん、純情なんですねー」


 轟木さんの顛末てんまつを一部始終を見ていたを未羽が、そう言って轟木さんの頭を撫でると、この筋肉質の宿友は少しだけ恍惚そうな表情をした。宿舎の人たちとそれなりにコミュニケーションをとれているのは、この人のお陰だから感謝はしているけど、正直ちょっとキモチワルイ。

 

 宿舎の人たちの、未羽に対する反応は淡泊なものだった。

「あー、お前彼女いたんだ」

 とか。

「陸さん祭り後に女連れとかぱねぇっす!」

 とか。

「お前意外とロリコン?」

 など。いらぬ勘違いをいろいろされた気はするけど、それは冗談混じりのものだと思うから僕はあまり気にしない事にした。

 

 宿舎の人たちが、未羽に何も違和感を感じないのは、当たり前だと思う。仮に僕がこの場で、

「この子はあの古代機械から出てきたんです」

 と言っても、信じる人はいないだろう。

 

 隣に座っている未羽を横目で見る。何が楽しいのだろうか、頭を揺らしながらニコニコしている様子は、何の変哲もない普通の女の子にしか見えない。


「眠くなってきました……」


 そう言うと未羽が「ふわぁ」と調子が抜けるような欠伸をした。

 無理もない、もう日付をまたごうとしている。そろそろ本当にお開きにしないと、明日の仕事に支障が出てしまいそうだ。


 僕は、マナさんに近づいていく。あぐらをかいて、一升瓶をグビグビと飲む仕草は、周りの男達よりも男らしい。


「……マナさん。もうそろそろ解散しましょう」


 僕はそう言った。周りは、酒と吐瀉物の臭いに満たされていて、僕は思わず鼻を抑えた。


「あぁん?」 


 と言ってマナさんから睨まれる。流石に酔っているのか、目の焦点が合っていない。 


「あの……お開きーー」

「あぁ~開きな! 旨いな! 鮎の開き!」

 僕の言葉をマナさんが遮ってくる。

「いえ食べ物ではなくて」

「酒か? 酒なのか? 酒が開くのか?」

「えっと……」

 ーーこりゃもう駄目だ。放っておこう。



    *



 マナさんがこの状態だと、未羽の寝床をどうするべきか考えなくちゃいけない。

 マナさん家に上がり込むわけにもいかないし、親方のところはもう寝てしまって鍵がかかっている可能性が高い。

 誰かに見られたりすると、いらぬ勘違いをされそうだったから、本当は嫌だったけど、これ以外の選択肢は思いつかなかった。それにーー

 

「まあ、何もない部屋だけど、どうぞ」

 

 未羽には、僕の部屋で一泊してもらう事にした。もちろん僕は他の場所で適当に雑魚寝ざこねするつもりだ。


「おじゃましまーす。わっ、本当に何もない」

 

 僕の部屋は5畳無いくらいで、備え付けのパイプベットと小さな机以外、特にこれといった家具がない。


「うん。あんまり物を置きたくない主義でさ」


「しんぷるしゅこう、というやつですね? ほうほう」 


 こんな地味な部屋の何が面白いのか、未羽は部屋の隅々まで見回す。


 さいわい掃除は好きな方だし、この通りそもそも物があまりないので部屋は汚れていない。変なものも、置いてない……はず。


「部屋のものは好きに使っていいから。暇だったら机の下の箱に本が入っているよ」

 僕はこの時、きっと恥ずかしかったんだと思う。直ぐに部屋を出て行こうとドアノブに手をかけていた。


「あのあの陸さん! これは陸さんが描いたんですか?」


 未羽は、ベット付近の壁に飾ってある絵を指して言った。僕の部屋には、父さんの作業場から持ってきた絵が一枚飾ってある。

 

 題名は『少年と宇宙船』


 昔、人は宇宙に行こうとしていたらしい。何度も何度も失敗しながら、犠牲者も沢山だして、それでも宇宙に行くことを止めなかった昔の人々は、ついに月にまで降り立ったとか。

 この絵では、ひとりの少年が、沢山の大人達に見守られて宇宙そらへ飛び立とうとしている所が描かれている。


「ああ、それは僕の父さんの絵だよ」


「お父さん! 陸さんのお父さん凄いです!」


 僕は未羽にしてあげたかった事のひとつ。それは父さんの絵を見せてあげる事だったーー


 欺瞞かもしれないけれど、好奇心の強い彼女なら父さんの絵に気付くかなと思って何も言わなかった。子供の頃の自分だったら「ほら、父さんの絵、凄いでしょ!」などとのたまっていたかもしれないけど。

 

 未羽は絵を指しながらわいわいはしゃいでいる。僕に「これはなんでしょう」「これは?」「じゃあこれは?」と矢継ぎ早に質問してくるので、僕は絵がどんな内容なのかを簡単に説明した。


 すると未羽は、相変わらず鋭い事を聞いてきた。

「でも、なんで彼は一人で行ってしまうのでしょう? なんで、大人の人たちは付いていかないのでしょうか?」

「それは僕も昔、父さんに聞いたことがあるけどこう言っていたよ」


     

   *


 ーー陸、大人とか、子供とかね、そういうのは凄い曖昧なことなんだよ。この絵の中ではね、宇宙船の設計から制作まで、全部一人でやってしまった少年が、自分の為だけに宇宙に飛び立つんだ。でも彼はひとりぼっちなんかじゃない。こんなに沢山の人に見送られて飛び立つのがその証拠だ。彼はたったひとりでずっと作業を続けていたけど、その陰では、いつも大人達が見守っていたんだ。だから彼は、これからひとりで旅立つとしても、それは決してひとりじゃない。それに気付いたとき、少年は少しだけ大人に近づくんだ。少年の心を失わずにね。

 陸、大人になることはね、全然嫌なことなんかじゃないんだよ。確かに大人は大変だ。父さんなんかも、良い歳してこんな絵ばっかり描いてるから、馬鹿にされることも沢山ある。国に税金を納めなきゃいけないしね。そういう時、父さんは大人の顔になってじっと耐えるんだ。じーっと、石みたいに我慢強くね。

 でもね、作業場に入って、筆を持てば、僕はいつだって子供になるんだ。陸と何も変わらない、ね。

 それに、この少年が飛び立った先にある場所にもきっと、新しい出会いがあるはずだしね。ほら、少年は全然ひとりぼっちなんかじゃないだろ?

 


   *  



 説明を聞いた未羽が、目を輝かせてこちらを見つめてくる。

「陸さんのお父さん、立派な人です! わたし、陸さんのお父さん、尊敬します!」

 あまりにも笑顔でじぃっと見つめられて、言われたので、僕は思わず目を逸らしてしまう。顔が少し熱い気がする。


 この子のこういう表情を、横目でずっと見ていたい気持ちに駆られる。 

 例え、未羽が何者であったとしてもーー 

 

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