祝祭の雨 1
僕は、古代機械を問題なく回収した。その間、未羽は、さっきまでの騒ぎっぷりが嘘のように静かになったので、作業はとても捗った。
そして、僕らは無事、海上へと浮遊していく。時間にして数時間だけど、凄く長い間の潜水艇の中にいたような気がする。
帰路の中、未羽は自分が知っている海中の世界を瞳を輝かせて語ってくれた。
見渡す限りの群青色の海水が、キラキラと瞬く景色。沢山の渡り鳥が飛び交い、海中には、多種多様な生き物たちがところ狭しと泳ぎ回る景色。
海辺には、砂浜といわれる場所があって、人々はそこで遊泳をしたりしたり、水際でスポーツをしたりして遊ぶ。そんな世界を。
未羽が海中に期待したものは、多分ずっと昔に失われてしまった、花虫が生態系を破壊する以前の海だった。
未羽はなんで、そんな景色を知っているのだろう。
ずっと物語を見続けてきたーー。そう言っていたけど、そんなことってあり得るんだろうか。
僕は、この時には、もう殆ど、未羽がずっと遠い過去から来たということに疑いを持っていなかったように思う。
そしてこの時、彼女の為にしてあげたい事が、僕の中でいくつか閃いていたーー
*
僕らが無事海から上がると、潜水する前の快晴が嘘のように曇り空になっていて、小雨がぱらぱらと降っていた。
祝祭の雨だーー
「んふぅー……こりゃあ、結構降るか。店じまいだな」
と親方が港の方角へ舵を切って、呟いた。
「なんだよ親方。いいじゃねえか。久しぶりの雨だぜ。よーっし。今日は飲むぞーっ」
マナさんは大きく伸びをする。当たり前だけど、雨の日は休業になる。
「マナさんはそんなこといって、いつでも飲んでばかりじゃないですか」
そう。この人の給料の殆どは酒代に消えている。
「お前もつき合うんだよ」
そう言うと、まるで同性の親友かのように肩を組んできて、ニヤリと笑う。
面倒な上司だなぁ。
「はいはい……ちょっとだけですからね」
そんな中、未羽は雨が振っている上空と、少し浮かれた様子の僕らを交互に見て聞いた。
「なんでみんな、雨でそんなに喜んでいるのですか?」
未羽は珍しく、僕らよりも冷静だった。
「雨水は貴重なんだよ。飲み水に使えるし、貯水池に水が沢山溜まれば、一日に使える水の量も増えるからね」
「はぁ。そういうものなのですか」
本当に、どうしたんだろう。これほどまでに興味を示さないのは珍しい。
「……雨がそんなに珍しいものじゃなかったとか……かな」
そう誰に言うわけでもなく、僕は呟いた。
「なにかいいました?」
「いや、別にいいんだ。でも雨の日は、港も、街も活気があるからさ。なにかいい発見があるかもよ」
「発見……」
「美味しいものとかね。海からすこし離れたところに、果樹園があって、そこの店主さんが、雨になると果物とお酒を港にサービスして多めに売ってくれたりとかもするし」
僕がそういった途端に、未羽の目が輝き出す。
「さぁ! 港はまだですか!」
そう意気込んで言うと、雨水と海水で濡れた華鳥の表面を、平手で何度も勢いよく叩いていた。
*
「わぁーー」
まだ日が暮れる前だというのに、街では、沢山の花虫駆除班の人達が、既に杯を交わしていたーー
僕らにとって雨水は貴重だ。ちゃんと濾過すれば飲み水として使えるし、生活用水のすべてを、山の貯水池や渓流から持ってくるわけにもいかない。それに雨が降れば、貯水池に水も溜まるから、水不足の心配もなくなる。作物に水までやれて、いいことだらけだ。
だから、雨の日にはこうして、突発的に祭りが始まるのが、この港町の風習のひとつだった。
雨はどんどん強くなっているけど、みんなはそんなことを気にするどころか、待ってましたとばかりに騒ぎ、猛っている。木樽のジョッキに多少の雨水が入っても、誰も飲むのを止めない。
大きな酒樽の中身は、もう半分くらいだ。
「凄い! 凄い!」
未羽は僕らよりも数歩先を、くるくると楽しそうに身体を回したり、両手を羽のように伸ばしたりして、はしゃいでいる。手に持っているのは、鮮やかな橙色のオレンジだ。
祭りの熱狂に浮かれて風邪を引かなければいいけど。
僕らが街を歩いていくと、通路沿いの屋台から、鱒の薫製の豊かな香りが、雨の匂いに混じって漂ってくる。
「なんだ! 魚、いるじゃないですか!」
そういうと、未羽は屋根に向かって走りだした。混凝土の地面は滑りやすくなっていて、未羽は思わず転びそうになる。
「危ないよ!」
子供のようにはしゃぐ未羽を戒める僕は、父親にでもなった気分だった。
「はーい! おばさん、私にもひとつ下さいな!」
「って、あいつ金持ってんのか」
雨で濡れたレザージャケットを脱いで、ノースリーブ姿になったマナさんも、周りの男達と同じように麦酒を片手に鳥肉を頬張っている。
その横には親方がいる。ただ、親方は下戸で一切お酒が飲めないので、オレンジにしゃぶりつくことでその悲しさを紛らわしている。
「僕、払ってきます。すいませんーー」
鱒屋のおばさんが僕に気付いて、人の良さそうな笑みを浮かべて話しかけてくる。
「おや!高崎のぼうやじゃないか」
おばさんは僕が小さな頃から、雨の日限定で屋台をやっている。鱒の漁師の奥さんで、普段は漁の手伝いをしているらしい。
「こんにちは、おばさん。この子、連れなので、これで……」
僕は小銭にポケットから取りだそうとする。
「まぁまぁーーぼうやもお年頃になったわねぇ。女の子と二人で」
「あの、その『ぼうや』っていうの、恥ずかしいんでいい加減止めて下さい……そして別に二人ではないのですが……」
「いいわ。おばさんサービスしちゃう。お代、いらないから、いっぱい食べて精付けてね」
そう言って、押しつけるように鱒の薫製が刺された串を数本、僕に渡してきた。
「わぁ、おばさん、ありがとうございます!」
未羽は薫製の事で頭がいっぱいだったのか、おばさんの下世話な冗談は聞き流していたようで、溌剌と頭を下げた。
そして僕の手に握られた数本の串を奪い取る。
「二人にも渡してきますね!」
といって、この光景を遠目から眺めていた、マナさんと親方のところへ向かった。
「あの、ほんとうにいいんですか?」
僕はおばさんにもう一度聞く。
「いいのよ。若い二人楽しんで」
もう何を言っても聞いてくれそうなおばさんだったので、僕らはこの場を離れた。
雨の日の祭りは、まだ始まったばかりだーー




