鳥から見た海の中 2
視界には花虫のポリプと、時々漂ってくるゴミ以外は一切、何もない。
海底は花虫がべっとりと付着している。それらは、所狭しと並び、枝分かれして、隣の触手同士で絡みあっているので、視界はやたらと悪い。
投光器でくまなく周りを照らさなければ、丸みを帯びたこの潜水艇でも、さっきのように、また花虫がすぐ絡みついてしまいそうだ。
サルベージ用潜水艇『華鳥』はようやく海底までたどり着いた。あとは、昨日海の中に隠した古代機械を回収するだけだ。この程度の花虫の量なら、マナさんと比べてまだまだ操縦が下手な僕でも、問題なく回収することが可能だと思う。
ただ……
(う……なんか変な汗で身体がベトベトになってるな……気持ち悪い……)
耐圧穀内の密閉された空間で、未羽と密着した状態は、女の子になれていない僕にとって、拷問でしかなかった。相変わらず彼女は、僕の膝の上でモゾモゾと忙しなく動き回っていて、落ち着きがない。
「駄目だ……集中、集中」
そう。今は仕事中だ。
海中は、人が遊び半分で来るような場所じゃない。この耐圧穀内を満たしている酸素が無くなれば、僕らはたちまち窒息死してしまうんだ。だらだらしてちゃいけない。作業はきっちりやらなくちゃ。
僕は深呼吸をしてから、親指でこめかみを強めに押す。目に疲れが溜まっていたのか、とても気持ちいい。
「どうしました? おなかすきました?」
それを見た未羽は、一応気遣ってくれているつもりなのか、非常食の乾パンの入った缶を僕の向けて差してそう言った。カラカラと音がするところから想像するに、中身は殆ど食べてしまったようだ。
「……お願いだから、おとなしくしていてくれ…」
「えぇー、おいしいのに……」
そう言うと、対して味もしないだろう乾パンの残りを、自分の口に放り投げた。
*
深度が深くなってからは、投光器の光とソナーを駆使してゆっくりと潜水してきたけど、本番はここからだ。ソナーで周囲の障害物を確認する。古代機械らしきものをソナーの音波が捉える
「よし、十メートル先か……」
前方に、直径三十センチはありそうな大きめ花虫が、枝分かれして視界を遮っている。この先に古代機械がありそうだ。
「むぅう…つまんないです」
さっきから、話を流しすぎたからなのか、未羽が急に拗ねはじめた。
「くふぅー」
と変な唸り声が聞こえる。もしかして、親方の真似をしているつもりなんだろうか。あまり似ていない。
さっきから冷たくあしらっていたからすねてしまったんだろうか。僕は少しだけ罪悪感を感じて未羽に話しかけた。
「もう、海底だけど、どうかした?」
未羽は、一瞬だけ難しそうな顔をした。彼女のこんな顔を見たのは初めてだった。そして頬を膨らませると、いつもの子供のような表情に戻って、こう言った。
「海の中、つまんないです。さっきから、景色が全く変わりません」
「海中なんてこんなもんだよ」
君は一体、海に何を期待していたんだろう。それが僕にはわからなかった。
「そう!それがおかしいのです!」
何がおかしいっていうんだ。
「おかしいもなにもないと思うけど……『JP』の近海はどこもこんな感じだよ」
と、僕は事実を伝えた。
「これは、わたしの知っている海ではありません!」
ーーわたしの知っている海ーー
未羽は昨日、床下倉庫の中で語ってくれた
ーーずっと物語を見続けていたけど、実際に体験した記憶はない、と。
君は物語の中でも海の中にいたことがあるんだ。現実にも君は、この海の底に沈んでいた、棺のような古代機械の中で、眠りについていたように。
「……あのさ」
「なんですか?」
「そのさ、"わたしの知っている海”について、教えてくれないかな」
物語を見続ける。これはどういう事なんだろう。この、食べるのが好きで、ちょっと好奇心旺盛だけど、どこにでもいそうな普通の女の子は、あの狭くて薬の臭いがする箱の中で、一体どれくらいの間、そうやって眠り続けてきたのだろう。君はその中で、どんな物語を見続けていたというのだろう。
さっきの不機嫌な表情とは打って変わった、太陽のような微笑みをたたえて、君はこう言った。
「いいですよ」
その表情は、父さんがいなくなってから、どうにかしてお金を稼いで、必死に大人のフリをしている僕には、とても眩しくてーー
未羽は両腕を大きく手を広げて言った。
「ここから見える景色とは、全然違うんですから!」
「……でも、その前に、古代機械の回収、かな」
前方に見えてきた物体を確認して、僕は回収の準備の為にコンソールパネルを操作した。




