少女の行方
「ん……父さん」
油絵の匂いがしたような気がして僕は目を覚ました。父さんの作業場から漂ってくる匂い。今はいない、父さん。
ーー何か、懐かしい夢を見ていたような……。
僕は、壁に飾ってある父さんの絵を、横目で見る。絵の中では少年が宇宙船に乗り込もうとしていて、それを見守るのは大勢の大人達。
「駄目だ駄目だ……!」
いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。今日は未羽が入っていた、古代機械の回収、それからいつも通りの業務もあるんだ。昨日の事もあるし、気を引き締めていかないと。
「……っよしっ!」
と僕は頬を二回叩くと、起きあがって支度をはじめた。
*
マナさんの自宅まで来た僕は、扉をかなり強めにノックする。港までの通り道に、あの人の家はある。
「起きてますかー? 仕事に行きますよー!」
僕は声を張り上げる。そうでもしないとマナさんは起きない。やたらと朝が弱い人なのだ。
「マナさーん!」
扉がゆっくりと開くと、腫れぼったい目の、マナさんが顔をのぞかせる。
「あー……、先に行っててくれ」
「そういって、二度寝した事が何回ありました?」
「二度寝はすばらしいな」
マナさんはそういって、得意げに親指を立てる。
「はい。はい。二度寝の素晴らしさを語る前に、早く顔を洗って支度をしてきてくださいね」
「なんだ、陸も一緒に二度寝するんじゃないのか。同じベットで。あたかも、二人で情熱的な夜を過ごしたかのように……!」
「もう。なんですか、それ。もうそろそろ、親方も港に来る時間ですよ」
「ちぇっ、ノリ悪いなー……」
そう言ってマナさんが台所に顔を洗いに向かう。
あれ、未羽はどこだろう。僕は扉から顔をのぞかせる。
基本的に私生活がズボラなマナさんだけど、部屋は意外と汚れていない。というより、物が少ないので、あまり汚れる心配がない。酒も外でばかり飲んでいるから、家は完全に寝るだけの場所になっているみたいだ。
「おう、どうした」
顔を洗い、適当に髪を梳いただけでマナさんが戻ってきた。服は元々着ていたノースリーブに薄いレザーのジャケットを羽織っただけだ。下もどうやらジーンズのまま寝ていたみたいだし。
「未羽はどこにいったんです?」
「ああ、あいつならソファに寝かせて……」
「客人をもてなす気、ゼロですね……」
マナさんは室内を見渡す。
「あれーー」
「あのガキ、いないぞーー」
*
「くそっ!あいつ、どこに行きやがったんだ」
マナさんの自宅周辺を探したが、結局未羽は見つからなかったーー
僕は、最悪の事態を想像してしまう。親方が昨日言っていた「過激派」の連中ーー
彼らに未羽は連れて行かれてしまったのでは、と。僕の額から冷や汗が流れる。
「マナさん、何か手がかりはありませんか? 昨日未羽が何か言っていたとか。もしくは、帰り道などに、怪しい人を見た、とか」
「いや、特にねえな……とりあえずーー」
マナさんの日焼けした顔に色素の薄いグレーの瞳が、真っ正面から近づいてくる。一瞬ドキッとするがーー
「痛っ!」
額にデコピンを喰らった
「落ち着け。顔が真っ青だぞ。お前の考えている事は何となくわかるけど、まだそうと決まったわけじゃねぇ」
額がヒリヒリと痛い。昨日から、僕は何回マナさんに暴力を振るわれたっけ……。
「そう……ですよね。一人で船に向かったのかもしれないですし。まずは港へ向かいましょう」
僕らは、親方にもこの事を伝える為に港に向かった。
*
『CS』の港に入るには、結構手間がかかる。
高い防波堤には竹と荒縄で組まれた梯子があって、そこから向こう側の港に降りれるようになっている。これは、津波などで、花虫が陸地に入り込まないようにする為の配慮だ。なので、僕らは、出社、退社の度に、このやたらと不安定な梯子を二十メートル近く上り下りしなければならない。
そして、船を陸送させたい時や、港に入れ込む場合だけ、開閉する大きなゲートがある。ここは滅多に開くことはない。なので、メンテナンスを容易にする為に、簡易式のフローティングドッグが港内に設けられているのが、『CS』の港の主な特徴だ。
港へ降りると、僕らの船『田紳丸』以外にも花虫駆除の作業船がコンテナヤード付近に何台か泊まっていた。宿舎の人たちや轟木さんも、きっとどこかで作業中だろう。
「親方、おはようございます」「ちーす。親方」
親方が、甲板の上で、葉巻を美味しそうに吸っている。
「んふぅー……ようやくきたか、お前ら」
「あの、親方。未羽は来ていないですか?」
「いや、来てないと思うぞ。嬢ちゃんがどうかしたか?」
「実は、マナさんの家から、未羽がいなくなってしまって……」
それを聞いた瞬間、親方の口があんぐりと広がる。
数秒の沈黙の後。
「……なんだって!? やはり過激派が……!」
さっきの僕も相当焦っていたが、親方はもっと酷い動揺っぷりだった。相変わらず頼りにならないなぁ……いい人なんだけど。
マナさんもあきれたのか、今回はツッコミさえしないで、いつのまにか船内に入っていった。
「僕、轟木さん達がなにか知らないか、聞いてきますね」
そう親方に告げると、花虫駆除班が作業しているコンテナヤードの方へと向かった。
*
コンテナヤードには、今日も所狭しと大量のコンテナが詰み上がっている。
中身は、全て花虫だ。
これは、以前、轟木さんが教えてくれた事だ。このコンテナは地区の至る所にある廃棄場へ持ち込まれ、そこでかなりの高温で加熱することで、やっと処理されるらしい。
なぜそこまで、やらなくてはいけないのか。轟木さんから話を聞いた時はわからなかったけど、その後、親方から更に詳しい話を聞いた。
どうやら、海が花虫に汚染されすぎてしまうと、いつかは雨水にさえ汚染水が混じってしまう可能性があるらしい。
花虫が放出する有害な植物プランクトンは、致死量の毒が含まれているわけではない。だから、多少なら人が飲んでも全く問題ない。それに、海水が水蒸気になる時点で、他の水蒸気と混ざり合い、プランクトンの数は必然的に減ることになる。
でも、もしプランクトンの濃度が今の何倍にもなったら、そのときは雨水にも影響が出てくる可能性があるらしい。
飲む分には、簡易ろ過機を使えばいいけど、それよりも作物に大きな被害が出る、と親方は言っていた。
花虫の放出するプランクトンは、作物を奇形にしたり、ぶよぶよにしてしまう。
そして、汚染されていない高地の湖や渓流もいつか……。
つまり、花虫の処理はこれだけコンテナが積まれている今でも、足りないくらいなんだ。
僕は、コンテナの隙間をくぐり抜けて、轟木さんを探す。
轟木さんは、一旦船から戻ってきたのか、陸地で、網に入った花虫をコンテナに入れ込んでいた。こちらに気づくと、やたらと真っ白で整った歯を、ニカっと出してから、
「おーーぅ! どうしたーーっ?」
と、大声をだして、こちらへ手を振ってきた。ただこの距離では僕の声は届きそうにないので、僕も同じように手を降ると轟木さんに近づいていく。
「あの、轟木さん。ここまで来る道のりか、この港で、女の子を見ませんでしたか? こう、長い黒髪で瞳が大きな、十四、五才くらいの子なんですけど」
「おいおい。仕事中までその妄想を持ち込んじまうのかよ。まったくお前って奴は、相当たまってるな?」
「いや。本気で困ってるんですよ。何か心当たりがあれば、教えてくれませんか?」
「んー……」と唸り声をあげて、と轟木さんが訝しげな表情をしながら僕を見る。
「確かに、今までお前がそんなに深刻そうな表情をしているのは見たことないな。オーケーオーケー。そこまで言うならみんなに聞いてみよう」
轟木さんは一呼吸置くと、
「おぉーーい!!!みんなちょっと集まってくれるかーー!!!」
と港全域に響きわたるような声で叫んだ。鼓膜に響きすぎて中耳炎になりそうだ。そしてまた一呼吸置いてから、
「「「うぃーーっす!!」」」
と、全方向から一斉に聞こえてきて、もはや僕の鼓膜は破裂寸前だった。
ものすごい勢いで、三十人前後の男達が近づいてくる。みんなやたらと黒くて筋肉質だ。
「「「陸さん。ちぃーーっす!」」」
僕は、いつからか花虫駆除班の人達に「さん」付けされている。轟木さんと仲がいいからだろうか。
ただ、あまりにもうるさくて限界だ。
「すいません……僕もう……ほんとに鼓膜が」
「おまえらーー! 黒髪の女の子をこの辺りで見なかったかーー?」
「「「見てませーーっん!」」」
どんどん意識が薄れていくーー
意識を失う寸前、誰かが僕の肩を揺すった。
「おい! 起きろ」
そこにはいたのは、マナさんだった。
「あのガキが見つかったぞーー」




