父との思い出2
陸と和秀は絵画展の奥へ、奥へと、歩みを進めていく。
陸は、もう先ほどのような退屈そうな表情をしていない。飾られた絵をじーっと見つめては、
「……この人を描いたのは柔らかそうな人で、こっちは怖そうな人」
などと、作者を想像して遊んでいる。
「……陸。別に作品がその人の性格を表している訳ではないからね」
と、和秀は注意する。和秀は言いたかったのはそういうことではないのだ。
「え、お父さんそう言ったよ?えっと、こっちは緑色が多いからきっとおとなしい人だね」
「……まぁ、いいかな」
この子なりに楽しめているんであれば、と和秀は思った。
「あっ」
奥に気になる絵を見つけたのだろうか、それに向かって一目散に駆け出した。
「お父さんの絵だ!」
陸は五メートル程先にある和秀の絵を見つけたのだ。
「陸、こらーー」
「わぁ」
ーーそこには、他の絵画とは趣の違う絵が飾られていた。
それは、和秀が生み出した、空想の世界ーー
その絵の中では、大きな爬虫類が轟々と大地を揺らしながら駆け回る。見たこともない大きさの猛禽類が、気球のカゴのようなものに、沢山の人々を乗せ、そしてそれと競い合うかのように、蒸気飛行機が大空を飛び交う。
それを見上げる群衆は、人の体型をしているものの、首から上は馬や羊の顔になっていたり、やたら身体が小さくて顔と目が大きい人がいたりとバラエティーに富んでいた。
隣に飾ってある絵はさらに独特だった。
人が増えすぎてしまったのだろうか、地上には溢れかえるほどの人、人、人。更に、地下にも都市があって、そこでは絢爛とした衣装を来た女性達。タキシードの男。ーーパーティが開かれているのだろう。人々は等身が低くデフォルメされており、表情がやたらと豊かだ。
和秀は空想世界を描く画家だった。普段は少年科学雑誌に連載を持っている。
こういった場には縁のなかった和秀だが、今回はオーナーの計らいで、こうして絵画展に出展することになった。
「やっぱり、お父さんの絵が一番だね!」
「そうか。そうか。でもーー」
陸の口をふさぐ。
「あまり大きな声を出しちゃ駄目だよ」
周りのほとんどの人が、父の絵を見てはしゃいでいる陸を見ている。微笑ましく思っている者と、怪訝そうな顔でこちらを見る者が半々くらいだ。
「すいません。お騒がせして」
和秀は周りに謝罪をいれる。そんな和秀の姿を見てーー
「ごめんなさい……」
と謝る素直な陸に、関心した者と興味を失ったものが、また半々、といったところだった。
*
「さあ、宿泊所に戻ろうか」
「そうだね、お父さん、僕おなかぺこぺこだよ……」
「きっと、美味しいものが沢山でるよ」
ひと通り見終えた二人は、絵画展を後にしようとしていた。順路沿いに行くと、また入り口の所まで戻れる造りになっている。
入口が見え始めた頃、陸は、ある絵画を見つけた。
ーーそれは、光も当たらずにひっそりと展示されていた。
「あれ、変わった絵だね」
他の絵画と比べて、明らかに古い時代に描かれたものなのが、人目でわかる。紙が黄ばんでいて、かなり状態が悪い。保管状況も良くなかったのだろう。
陸は、何故かこの絵に惹かれるものがあった。
「気に入ったのかい」
『棺の少女』という題名がつけられているそれは、その名の通り棺の中に、ひとりの女の子がすっぽりと収まっている姿が、柔らかいタッチで描かれている。その、やたらと色素が薄い肌と茶髪が印象的な少女は、なにかに祈りを捧げるように胸の辺りで指が組まれていて、周りには白いユリの花が添えられていた。
「なんで、この子はこの箱の中に入っているの?」
「そうだな。陸は、なんでだと思う?」
和秀は質問に質問で返す。陸には棺の意味がわからない。
「んー……この子、悲しそうな顔をしているね。なにか、つらい事があったから、この中でじっとしているのかな」
「面白いね。陸には悲しそうに見えるのか」
「うん。そうじゃなきゃ、こんな箱の中に、入らないでしょ?」
まったく、子供の発想には驚かされるな、と和秀は思う。
「この子が、もし現実にもここで、悲しそうな顔をしていたら陸はどうするかな」
「そんなの、決まってるよーー」
陸はニカっと笑うと、両手を大きく広げた。
ーーここから連れ出して、一緒に遊ぶんだ。それと、お父さんの絵を見せてあげたいな。きっと、この子も元気になるよーー




