地下3階 10部屋(その11)
「ズズズズズ……色々とやることが多いのはわかるけどさ、正式オープンまで残り一カ月を切ったいま、できることって限られていると思うんだけど?」
インスタントの焼きそば(DP:15.一食で4000カロリーの超大盛り)を豪快に啜りながら、トワが苦言を呈する。
仮にも美少女様が、口の周りをソースと青のりで汚しまくって、口いっぱいにモノを頬張りながらしゃべくるとははしたないにも程があるが、こいつに関しては耐乏生活の反動と思えばギリギリ許容できなくもない。
そもそもうちのダンジョンに所属している魔物娘たちは――、
・《水の神霊》☆☆☆☆☆デルフィーナ(傲岸不遜のデレなしツンデレ)
・《ヴイーヴル》☆☆☆☆☆☆☆メリュジーヌ(宝石と漫画とゲームをこよなく愛するオタクドラゴン)
・《アラクネ》☆☆☆☆☆シノ(腹黒蜘蛛女)
・《下級吸血鬼》☆☆☆☆レギィ(忠義一辺倒のポンコツ)
そして目の前にいる元ダンジョンマスターで、現在は俺の配下であるトワ。
・《雪姫》☆番外永遠・久遠
という、見てくれはいいが基本中身が残念な珍獣枠でしかない(他にもゴーレムとか《小精霊》とかもいるが、こいつらはいざとなれば使い潰すことが前提であるので――復活させるよりも新しく召喚したほうが安上がりなため――さほど思い入れはない)。
いずれも個性が強く、なおかつ次代や境遇が違うせいか、いまいち会話が噛み合わなく部分もあり、その点同郷人であるトワなら、基本的な価値観を共有できるかと期待していた。だがしかし――。
「そういえば、トワさんこころなしか太りましたね」
ペットボトルの紅茶(DP:2×2=4)を片手に、俺と同じコンビニのサンドウィッチ(DP:6×2=12)をチマチマと食べながら、俺が内心で思っていたことを、ずばり直球で口に出すヤミ。
そーなんだよな。こいつ出合った当時は逆境に耐え、「教皇庁を潰す!」「オフィウクス許すまじ!」と復讐を糧にハングリー精神に燃えていたんだけど、ここ数カ月の衣食住が安定したぬるま湯みたいな生活にどっぷり漬かったせいか、心なしか満ち足りた風情で、最近はフィーナやシノも交えて、やれ「シャ〇ルとディ〇ールの化粧品が欲しい」とか「スキンケア用にオ〇ビスは必須!」とか、バカみたいにDPを消費する嗜好品を要求するようになった。
『衣食足りて礼節を知る』というが、うちの女性陣は『衣食足りて贅沢を知る』ってところだよなぁ。
とりわけトワは、気のせいかここ二カ月くらいは、復讐の「ふ」の字も口に出していない。怨讐の代わりに心と体にどっぷりと贅肉が付いたような……。
「――うっ……ズズズズズズっ!」
カップ焼きそばを啜りながら、目を泳がせるトワ。
当然自覚はあったのだろうが、現実から目を背けまくっている女である(現在進行形)。
「まあ、もともと栄養失調気味で痩せぎすに痩せていたから、いまぐらいが丁度いいんじゃないのか」
「そ、そーよ! 適度な脂肪分がないと女は魅力的じゃないし!」
女性相手にこの手の話題で後ろからさらに撃つと、一生恨まれるのがわかっているので適当に俺はフォローに回ると、我が意を得たりとばかり胸を張るトワだが、悲しいかな明らかに皮下脂肪は胸を迂回して二の腕や腹回りへと蓄えられているのだった。
『そうなのですか?』
『そういうことにしておけ』
ヤミからの念話での問いかけに、「深くツッコむな」という含みを持たせた答えを返す。
「あら? モンスターが一匹に……周囲を囲むようにしてニンゲンが三、いえ、四人近づいてくるわね」
残りの焼きそばを一気に掻っ込んだトワが、『崑崙ダンジョン』がある方角をプラスチックのフォークで指す。
「モンスター? 魔物じゃなくてモンスターの方なのか?」
「ええ、この反応は多分ね。冒険者グループが、追い立ててきたんだと思うけど」
「ほう。なら現地人の戦闘を間近で見られるチャンスってことだな」
俺もサンドイッチを一気に平らげて、ヤミの分のゴミと合わせてイベントリにしまい込み、そのまま『ゴミ箱』へと入れて削除する。
それに合わせてヤミが奥義書形態になって、俺の懐へと入り込む。
ヤミの格好はどう見ても場違いであるので、人目のある所では人化しないようにしている。同じくフィーナやリュジュも浮世離れした格好に言動なので、迂闊に連れ歩けないので今回の現地視察には連れてこなかったわけである。
レギィは見た目に関しては美女であること以外に問題はなく、本人も、
「御屋形様の身辺は私が一命にかえてもお守りいたします!」
とはりきっていたのだが、
「いや、日中歩けないと意味ないし。それとも俺に昔のゲームみたいに棺桶引き摺りながら町まで歩けというのか?」
「…………(汗)」
ものの見事に意気込みが空回りしていた。
あとシノがいないと、この連中が何をやるのか、念のために半月分くらい余分に置いておいた食料を無計画に貪らないとも限らないので、お目付け役として置いてきたというわけである。
同じくこの世界には存在しないプラ製の容器やフォークをイベントリに捨て、トワは代わりにこの世界では一般的である鋳鉄製の剣を取り出した。
「ま、念のためだけどね。このままだと巻き込まれる可能性が高いからこうしておかないと……ま、現地人のことなら任せておいて!」
そう豪語するトワの口の周りには、この世界にないソースや青のりがべったりと張り付いていた。




