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罠師の魔王と取説少女のダンジョン経営(旧題:六畳一間ダンジョン攻防記)  作者: 佐崎 一路
地下1階 ロクでもない魔物娘たちが増えました
10/50

地下1階 2部屋(その4)

ナーイアス(NAIAD)】[複数形:ナーイアデス]

 ギリシア・ローマ神話に登場する、湖、川、泉を支配するニンフを指す。

 美しい乙女の姿をしていて、この種の精霊の中ではもっとも美しいとされている。

 ことに有名な逸話としては、その美貌でアリアドネーから英雄テーセウスの愛を奪ったことは有名である。


「……うわぁ、NTR(ねとられ)とか最悪の属性やんけ。やっぱハズレだわ」

 耳元で語られたヤミによる《水の神霊(ナ―イアス)》の概要を前に、思ったままの感想を忌憚なくぶっちゃける俺。


「だから妾をハズレ扱いするとは何事であるか! そも妾は神の血を引く由緒正しい神霊であるぞっ。姉君であるアイグレー姉様は海神ポセイドンを父に持つ英雄テーセウスの寵愛を受け、他の姉妹も『最も美しいニンフ』と呼ばれる由緒ある一族の直系ぞよ。おぬし如きは妾を前に、畏れ多いと地面に跪いて額をぬかずけるべき――」

「なんか面倒臭いからパス。帰喚し(かえっ)ていいよ」


 なんぼ美少女でもタカビーなビッチはストライクゾーンの範囲外だ。

 俺はまなじりを吊り上げ、どこまでも上から目線で捲し立てる《水の神霊(ナ―イアス)》の長口上を遮って、丁重に手でシッシッと元の場所に戻る様に促した。


「召喚しておいてなんじゃその態度はーーーっ!!!」

 これが逆鱗に触れ、余計な感情をこじらせたらしい。

「そも、こうまであからさまに邪魔者扱いされたのは初めてであるぞっ! 弁えよ! 妾はいかなる時代、いかなる偉大な魔術師、王侯貴族、吟遊詩人、果ては神人に至るまで賛美し、こぞって傍らに寄り添うことをこい願った《水の神霊(ナ―イアス)》じゃぞ!? それを『ハズレ』とか、野良犬でも追い払うかのように『帰っていい』などと、おぬし自分が何を言っておるのかわかっておるのか?!」


 つってもなあ……。

 ぶっちゃけ生活する上でエンゲル係数が厳しい現在。いくら美少女って言っても、いかにも厄介そうなお荷物の食い扶持をひとり増やすのは財布に厳しいものがある。

 観賞用兼マルチに多才な美少女なら既にひとりいるわけだし……。


「あー、いちおう確認するけど、あんたの……」

「デルフィーナじゃ!」

 質問を言いかけた俺に向かって、傲然と胸を張って自己紹介をするデルフィーナ。

「ああ……そう。えーと、デルフィーナ(、、、、、、)さん」

「あ――」

 そう俺が口に出して彼女の名前を繰り返した途端、何かがパチンと繋がって弾けたような感覚が走った。

 同時にヤミが小さく息を飲む。


「――しもうたーっ! うっかり勢いで真名(まな)を明かしてしもうた!! 何たることであるか、このようなチンケなダンジョンと粗忽者のあるじと制約(ゲッシュ)を結ぶとは……なんたる不覚!?」


 刹那、顔色を青くしたデルフィーナの絶叫が、六畳一間のマスター・ルームにこだまする。


「……なにこれ?」

 こういう時に頼りになるのは、文字通りの生き字引であるヤミだ。


「いまのでデルフィーナさんとこのダンジョン及びアカシャ様との契約が正式に完了しました。以後は彼女は我々の勢力に帰属する形になります」

「えーと。つまり……」

「たとえマスターであるアカシャ様を弑逆したところで、元の世界に戻ることは不可能ですね。この世界で生きる他なく、このダンジョンの外で不慮の死を遂げた場合は、この世界の輪廻転生に含まれます」

「あー……」


 なるほど、と。俺は床の上で頭を抱えて身悶えしているデルフィーナに視線を戻した。

 う~~む、第一印象は気位の高い堅物そのものに見えたけれど、なんか一気にポンコツかつ小物っぽく思えてきたな、この娘。大丈夫かね?


「まあ仕方ない。こうなったからにはお互いに運命共同体と思って、お互いに妥協するしかないんじゃないか? つーことで、デルフィーナさん」

「真名をポンポンポンポン気安く連呼するでない!」

 そこは譲れないところなのか、煩悶した姿勢のまま顔を上げて鋭い声で叱責するデルフィーナ。

「(面倒臭いな)じゃあフィーナさん」

「安直じゃの……まあよい。妾は寛容ゆえ赦してつかわす」


 この場に穴掘って埋めたい衝動に駆られながらも、ぐっと我慢をして――ヤミが背中から俺の肩を押さえて「ステイ、ステイ」と必死になだめてくれている――質問を続ける。


「さっき聞きかけたんだけど、フィーナさんは具体的に何ができるわけ?」

「そのようなこともわからぬのか? つくづく無知蒙昧な孺子(こぞう)であるな。仕方がない。特別に妾自らが教授してしんぜよう」

「お肉を食べましょう、お肉。特別に今晩は焼肉にしますから!」


 堪忍袋の緒が切れるギリギリのところで、ヤミが俺の理性をつなぎとめてくれる。


「《水の神霊(ナ―イアス)》とは水を司る神霊ぞ。そうしてこの壺は妾たちの象徴。すなわち汲めども尽きぬ清水を生み出し、小は泉から大は湖、川に至るまで生み出し、その水を自在に操る。それが妾の権能じゃ!」


 気を取り直したのか、姿勢を戻して傲然と胸を張り、どうだ、参ったかと言わんばかりの表情で腕を組んで、フィーナは巨大な水瓶に背中を預けた。


「「…………」」

 それを聞いて無言で顔を見合わせる俺とヤミ。

 お互いの瞳を覗き込んで、浮かんだ感想が同じなのを確認して、同時に長々と嘆息をした。


「な、なんじゃ、その態度は!?」

 俺たちのやるせない表情を前に、微妙に狼狽えながら問い直すフィーナ。


「いや、だってなあ……」

「なんてタイミングの悪さなんでしょう……」

「せめて昨日の内なら、タイミングがバッチリだったんだけどなあ……」

「全部終わった後ですものねえ……」

「つーか、他に能があるかと思って聞いたんだけどな……」

「予想通り過ぎて続く言葉もありませんね……」

 俺とヤミとでお互いに言葉のキャッチボールをしながら、最後にもう一度盛大なため息をついて、

「「やっぱりハズレだな(ですね)……」」

 そう結論付けた。


「なんでじゃあ~~~~っ!?!」

 逆切れしたフィーナが、地団太踏んで絶叫した。

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