エピローグ:朝焼けの光と、消えない温もり
「……ん」
ふと目をあけると、アバターの視界の端、メニュー画面のシステム時計が、朝の五時を回っていた。
レンズの向こう、現実のカーテンの隙間からも、少しずつ朝の光が差し込み始めている。
「ハルト、朝が来ちゃうね」
私は微笑んだ。声にはもう、昨日のような寂しさや悲しみはなかった。胸の奥が、彼の愛で満たされていたから。
「うん、そうだね」
「今日の仕事、頑張れそう?」
「ああ。バグなんて、いくらでも直してみせるよ。僕の心は、もうバグってないから」
ハルトのそのセリフが可笑しくて、愛おしくて、私は現実の世界で、心からの笑顔を浮かべていた。
「素敵なセリフ。じゃあ、また夜にね」
「うん。また夜に」
彼がログアウトし、光の粒子となって消えていくのを見届けてから、私もログアウトボタンを押した。
ヘッドセットを外すと、部屋には澄んだ朝の青い光が満ちていた。
部屋の空気は冷たいけれど、私の胸の奥にあるハルトの温もりは、現実に戻ってきた今も、消えることなく私を内側から温め続けている。
鏡の前に立つ。
そこには、相変わらず冴えない、現実の私の肉体があった。
でも、昨日までの私とは違っていた。
「私は、ハルトに愛されている」
その確信が、私の肉体に、新しい生命の息吹を与えてくれているようだった。ハルトの魂と重なり合ったあの感覚が、私の臆病な心を、根本から変えてくれたのだ。
私は深呼吸をして、現実の服に着替え、仕事へ行く準備を始めた。
ドアノブを握る私の手は、もう震えていなかった。
カタチのない世界で出会った、大切な人。
物理的な距離を超えて、魂の最深部で交わした、本当のKISS。
その消えない温もりを胸に抱いて、私は今日、現実の世界を一歩、力強く踏み出していく。
夜になれば、またあの美しい海で、世界で一番大好きな人が私を待っているから。




