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黒き翼


 闇。水晶が黒き輝きを放つ。青みがかった綺麗な透明が一瞬にして黒に染まる。それでいて輝きは一切失っていない。あぁ、この色こそ素晴らしい。求めていた色だ。

 儀式はまだ終わっていない。口角が上がるのを必死で堪えた。こんなところで中座はされたくない。神官の口から確かに宣言されぬ限りは儀式は無効になるのだ。


「……黒。闇の力が、……ネロあなたには宿っています」


 これでいい。これでいいのだ。ネロ・プリズマンは満足そうに何度も頷いた。




 トルーネ大陸の外れにある小さな島バドラ島。緑豊かなこの島に唯一ある村でネロは生まれ育った。澄んだ空気と綺麗な水、青々とした草木の数々。正直いつまでだってこの場所で過ごしていたいほど素敵なのである。

 だがいつまでもそうやって過ごす訳にはいかなかった。村には学校がない。才能ある子どもを埋もれさせないため。そんな理由で村を出ねばならないのだ。


 あと2年もすればお前は大陸の学校へ行く。村の長老からそう言われたのはネロが10歳を迎えた時である。その日ネロは泣いて夜を明かした。

 見かねた母がネロにとある本を渡した。とある魔物について書かれたおとぎ話だったがそれをネロはとても気に入った。そして強く思ったのだ。翼を手に入れるならばあの色が良いと。




 バドラ島は大陸から少し離れたところにある。島の海岸は穏やかなものだが、大陸が近づくにつれ海は荒れる。まるで分断するかのように海流が存在しているのだ。海が通れないのなら空を飛ぶまで。それ故にバドラ島で最初に教わる魔法は飛行魔法である。要するに翼を手に入れるのだ。


「……念願がかなった?」

「もちろんさ。……願ってこそいたが、まさか闇の力が本当に手に入るなんて!」

「それを望んでるのはあんたくらいなもんだがね」


 マーサ・バーガンディは呆れた表情である。幼馴染である彼女だが彼女でもネロの念願を最後まで理解できていない。まさかネロが翼の色が黒いからというだけで闇の力を望んだなんてかけらも思っていないのだ。


「マーサは?」

「私? 私は火属性よ。ほら翼が赤いでしょう?」


 得意気にマーサは後ろを向くと赤い翼を見せた。鮮やかな赤い色はマーサの長い髪の色によく合っている。飛行魔法で生まれる翼は使用者の魔力の属性に由来する。マーサは火属性の魔力を持つため翼が赤いのだ。

 そしてそれはネロも同じである。ネロは闇属性。黒き力が宿っている。ネロの黒い髪ならばきっと黒い翼がよく映えるはずである。少なくともあのおとぎ話ではそうであった。そう思うとニヤけた表情が隠せないのだ。


「あら、あそこにいるのはエレクじゃないかしら?」

「……お、確かに。あの感じだともうすぐ儀式なのかな?」


 マーサの言う方を見てみると確かに輝く金色のマッシュヘアの男の姿が見える。エレク・ハルトマン。同じくネロの幼馴染である。ネロにとって小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた大事な友だちだ。


「……不安そうだな」

「何の属性になるか不安なんじゃない? そう変な属性にはならないと思うけど」


 エレクは恐る恐る水晶に手を伸ばす。青く綺麗な透明が鮮やかな黄色に染まった。決まりである。エレクの属性は雷属性だ。神官の宣言にペコリと頭を下げてエレクがこちらに歩いてきた。顔にべったりついていた不安はもう消えていた。


「エレクは雷属性ね」

「あら見てたの? なんだか恥ずかしいな」

「恥ずかしいことあるかよ。それに雷ならよく似合うんじゃない?」


 そんなネロの声にエレクはぽかんとした表情。似合うがどこにかかっているのか分からないのだ。だがやがて結論がついたようだ。エレクは小さく頷いた。


「……あぁ、翼の話かい?」

「それ以外に何があるのさ」

「翼の色なんて何色でも良かったからなぁ。気にしたこともなかったや。……うん、確かに鮮やかだね」


 エレクは静かに翼を出した。身の丈ほどの大きな翼が現れる。鮮やかな黄色。確かによく似合っていた。そしてそれを見てネロは確信したのである。混じり気のない鮮やかな色な自分の翼はさぞかし格好いいに違いない。

 ネロは得意気に胸を張ると、背中に魔力をこめた。飛行魔法は最も習得が簡単な魔法のひとつである。やり方は儀式の前に聞いた。発動自体に特別な条件はない。なにせ呪文すらいらないのだ。必要なことはただひとつ。背中に翼を想像すること。それだけでいいのだ。最早目で見る必要もない。格好いい漆黒の翼がそこにあるのだ。


「へぇ、……闇属性なのか」

「そう、闇属性。やはり俺には漆黒の翼がよく似合う」

「……漆黒、……ねぇ」


 どこか歯切れが悪い。おかしい。闇属性なのだとしたら翼は真っ黒なはずである。ネロの翼はあの水晶のように黒く輝いているはずだ。ネロは恐る恐る目を開けた。あぁ、よかった。黒い翼の上部分は赤く縁取られていてとても格好良い。……ん? 赤?


「……なんで? え? 俺間違えたのか?」


 ネロは焦る。漆黒の翼を確信していたのだ。無理もない。そんな様子を見てマーサは肩をすくめ、エレクは震わせた。


「飛行魔法に間違う要素なんてないわよ。あんたの翼は漆黒ではない。それだけ」

「赤ってことは火属性でしょ。微妙に家系の影響を受けたのかな」

「……マジ?」


 高かったテンションが微妙に下がっていくのをネロは感じていた。いやこれは間違いなのかもしれない。諦めきれないネロは一度翼を引っ込めるともう一度出した。そしてため息をつく。どうやら運命を受け入れるしかないようだ。不本意にも赤く縁取られた翼をネロは苦笑いで受け入れたのである。


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