第4夜 無知の知
「つまりですね、村崎さん」
遠野は姿勢を正した。
「村崎さんがこれからとるべき行動は、疑わしいと思われる女の子たちをガンガン口説くことだと思うんです。ちょっとずつ攻略しながら、その子たちとの会話の中で真犯人の尻尾を掴んでいけばいいんですよ。もちろん、あんまり大っぴらにやっちゃうと、犯人も、犯人じゃない子も刺激しちゃうので、ある程度こっそりやらないとではありますけどね」
「簡単に言ってくれるなぁ」
そんな器用なことが出来るのならば、とっくに恋人の一人や二人作れているはずだ。
あるいは 出来ないからこそ、こんな面倒なことになっているとも言える。
きっと遠野は女の子を口説く大変さというものを知らないのだろう。モテない男子がただ女子と話すだけでもありったけの勇気を費やしているということをこいつは考えたこともないんじゃなかろうか。
……いやまぁ、僕も知っているかと聞かれれば答えは沈黙にはなってしまうのだけれど。
誰かを口説いた経験があるわけでもないし。
でも、少なくとも知らないことは知っている。
無知の知だ。
「うぅん」
「おや、不満ですか」
「不満というか、どうにも釈然としないというか。仮にその作戦が首尾よく運んだとして、結局僕が声をかける人数を増やせば増やすほど犯人にとっては隠れ蓑が増えるってことだろ。それって犯人の思う壺じゃねーか」
「んー、結局のところ何を最優先にするかってことだと思うんですよ。貞操帯を外すことを第一目標にするのなら手当たり次第作戦が最適解だと思いますけど、村崎さんは犯人を特定したい派ですか?」
「そりゃ、な。今回作戦がうまくいったとしても、ここで犯人を特定できなけりゃまた何かの拍子にそいつが暴走しないとも限らないわけじゃん? 要は僕の股間は何某かに掴まれたままの状況が続くわけよ。犯人の正体を掴めない限り僕の股間に平穏は訪れない」
「そうですねぇ。そこに関しては作戦を練らないといけないでしょうけれど、いずれにしても女の子への声掛け自体は必要かと」
「それはわかってるよ。わかっているんだけれど……好きでもない女の子を口説くってのもどうも気乗りしないんだよな。そんなギャルゲーみたいな感覚で攻略とか言っちまっていいものなのかよ」
「相変わらず真面目ですねぇ。ギャルゲーだと思うから罪悪感を覚えるんじゃないですか? 他の――たとえば人狼ゲームあたりだと考えればいいんですよ。発言の語尾を捉えて犯人の影を踏んでいく、そのために疑わしい人たちと言葉を交わすというのは何ら悪いことじゃないでしょう?」
「それは口説く側の理屈でしかないだろうが。全くの無実で口説かれた女の子がそれを本気にして僕のことを好きになっちゃったらどうするんだよ」
「ほう、その可能性をしっかり追及するんですねぇ」
こいつ、嫌な言い方しやがる。
「うるせぇよ。可能性はゼロじゃないだろうが。ゼロじゃない限りは無限に等しいんだよ」
「あは、冗談ですって。それはまぁ犯人を見つけた後にきちんと事情を説明するしかないでしょうね。というか、別に最後まで口説ききらずとも犯人を特定できさえすればいいわけですし、女の子を自分に惚れさせるほどガチで口説く必要はないと思うんですけれど」
遠野は妙に冷めたような口調でそこまで言い切ると、タブレットの画面を落とし、僕の顔を見やる。
「ま、悩むのもいいですけどね。折角なら村崎さんもこの状況を楽しんじゃえばいいと思うんですよ。無事解決した暁には酒の肴くらいにはなりそうでしょう?」
「お前、折角って言葉の意味知ってるか?」
「語源は諸説あるようですが、中国の故事から由来した角を折るくらい大変な作業という意味が一般的ですね」
「確信犯だよこいつ」
「確信犯というのも意味合いが現代ナイズされてしまっていて、正確に言えば誤用ですけどね」
「言葉警察うぜぇ」
「誤用改めである」
「うるせぇよエセ新撰組」
「ま、要するにあんまり神妙になっても仕方ないので、多少ゲーム感覚で割り切った方が精神衛生上いいってことですよ。幸い、生死には影響ないわけですし」
「自分の意志に関係なく貞操帯を装着される経験してから同じことを言ってみろテメェ」
「そう言えば貞操帯って見たことないんですけど、着け心地ってどうなんです? トイレの時とか不便じゃありません?」
「あぁ、んー……そりゃ普段と比べたら不便だけれど、今のところ何とかなりそう――な気はする。幸いシリコン素材で痛みとか痒みとかは特にないし、小便も問題なくできるよ」
「ふぅん、そうなんですか」
「あぁ、朝もいっぱい出た」
「その報告は要らないです」
上手いこと作られていて、小便の時に装置自体に引っ掛けてしまうこともなさそうだった。
取り外すことはもちろんできないのだけれど、所々、隙間のある構造になっているため工夫をすれば内側も洗うことも出来そうで、辛うじて清潔感が保たれるのは救いだ。
まぁ、工夫しないといけない状況がまずもっておかしいんだけれどね?
やはり問題となるのは処理行為の類が出来ないことだろう。
下世話な話で大変申し訳ないのだが、健康男児たるもの、時にはそうした行為に及びたくなる気分にもなる。
しかし装着された貞操帯は出口の部分が極端に狭くなっていて、海綿体の膨張を許さない構造となっている。
それを目的として作られたものなので当たり前と言えば当たり前なのだが、もしも劣情を催して股間を膨らませようものなら締め付けられるような痛みが襲い掛かってくる仕様になっており、これにより朝の生理現象すら許されない。
正直これがなかなかにハードで、装着されてからまだ半日程度しか経過していないが既に十分すぎるほどにウンザリしていた。
「まぁ、いいじゃないですか。自分の推測が正しければ犯人を見つけるのにそこまで時間はかからないでしょうし、しばしの禁欲修行だと思って我慢しましょうよ」
「他人事だと思って気軽に言ってくれるなぁ。その修行で卍解でも修得できるならいいけどよ」
「実際他人事ですしね。でもま、村崎さんには色々と恩がありますし、微力ながら自分も犯人捜し、手伝いますよ」
遠野はタブレットの表面を指の腹でトンとはじいた。
遠野の指に反応して画面がピカリと点灯する。
「女の子へのアプローチ方法とかそこらへんであれば多少は力になれるかと。少なくとも村崎さんよりはそこらへん慣れてる自信はありますよ」
冗談めかしてような表情の遠野。
言い方はともかく、他人に相談しづらい内容だけに遠野の助力は率直に言ってありがたい。
容疑者を絞る目星がついたとはいえ、ここから先、独力で進めていくのには不安満載だし、特に女の子とどうコミュニケーションをとっていくべきか、僕自身にその解も知識も蓄積されていない。
遠野のスキルとノウハウを借りられるのならば、それは願ってもない話だ。
僕は素直に頭を下げる。
「ありがとう、遠野。恩に着る。この礼は必ず返すよ」
「別にお礼だなんて気にしなくていいですよ。これまで通り、ドミトリーとしてこの家とタブレットを自由に使わせてもらえるなら自分はそれで。ただしジュースとお菓子は常に完備するようお願いします」
「そこまでしたら十分すぎるほどにお礼だろうが」
「それに――自分も少し怒っているんですよ。敬愛する大先輩にこんなことをやってくれた不届き者をのさばらせておくわけにはいきません」
「お前、そんな殊勝なタイプだったっけか」
「当たり前じゃないですか。何を言っているんですか村崎さん。不肖、この遠野の名に懸けて――悪い狼さんを見つけて差し上げましょう」
そう、漫画のような台詞を決めて――目の前の女、遠野沙月は薄く笑った。
*
そんなわけで、僕は遠野の力も借りて犯人捜しを始めることと相成った。
これでもありふれた、どこにでもいる大学生のつもりだったのだが、わずか一日でこうも激変するとは人生何があるかわからんもんだね。
ちなみに遠野は犯人ではない――そう考えている。
それは遠野がそんなことをするわけがないという色んな意味での信頼であり、同時に彼女自身のアリバイやラブラブ中の恋人の存在を根拠にした推理でもある。
これまでに遠野から聞いた断片的な話を繋ぎ合わせると、遠野にはメイちゃんという現在高校二年生の彼氏がいるらしい。
俺が人生最大の悩みを打ち明けた後にも「そんなことより自分とメイちゃんの写真、いっぱい撮ってきたんで自慢してもいいですか?」と呆気なく一蹴して、目を輝かせながらスマホ画面をこちらに押し付けてきた。なんでもこの日の朝までメイちゃんとやらと北海道旅行をしていたらしい。スマホには、可愛らしい浴衣を着た遠野と、爽やかフェイスで甚平を完璧に着こなすイケメン男子のツーショットが映し出されていた。毎年恒例の花火大会に、前年に引き続き参加してきたのだという。俺が苦しんでいる時にイチャコラしていたのだと思うと腹立たしいことこの上ないが、しかし同時にこれが遠野が犯人ではない証左にもなっているのであった。
ちなみに、容姿の話で言えば、実のところ遠野はかなり可愛い。
そんな女の子に家に入り浸られるというのはなかなかに精神力が試される状況ではあるのだが、それでも彼氏がいる女の子であるという事実が僕の中で抑止力となって、遠野に対する邪念をかき消してくれている。そもそも彼氏持ちの女子が男の家に何度も訪れるというのは倫理的にどうかとも思うが、遠野はまるっきり問題だとは思っていない様子だ。
いや、だとしても家に連れ込むなよという意見は御尤もなのだが、そもそもとして僕の方から遠野を自宅に招いたことはない。
いつだって勝手に我が家に来て、知らぬ間に帰っているのだ。
遠野としては大学近くの漫画喫茶くらいに思っているのだろう。
僕が遠野と気が置けない関係性を築けているのは、僕が鉄壁の理性を備えているためであることを、遠野はもっと理解すべきだし、感謝すべきだとも思う。いやマジで。
遠野は遠野で、「村崎さんって自分に手を出そうとしないですよね。根性なしさんなんですか?」なんてことを茶化すように言ってくるが、冗談じゃねぇ。
彼氏持ちの女の子に手を出そうとするほど節操ない人間じゃないつもりだし、高校生と揉めたくもない。
とまぁ、そんな感じで、アリバイ面や動機など諸々勘案しても、遠野が犯人である可能性はないと考えていい。僕はそう結論付ける。安楽椅子探偵が実は犯人でした、なんてのは使い古されたチープなトリックだし、もはや驚きもないしな。
そうなってくると、有力候補として挙げられるのはやはりバイト先のメンバーだろう。
バイト仲間は言うまでもなく、装着された日に飲み会を開いていたことを考えれば最も犯行は容易と言える。
バイトの飲み会自体はバイト仲間全員に知らされていたし、飲み会終わりにバイト先から程近い我が家で二次会を開くのもよくある話だったから、仮に飲み会に参加していなかったとしても犯行は可能だろう、というのが遠野の推理だった。
そうは言っても飲み会に全く来ないメンバーや僕とシフトがあまり被らないメンバーの優先順位は低いと考える。
犯人が本当に僕のことを好きなのだとするならば、大学の講義に合わせてほとんど固定されている僕のシフトに被せてきてもおかしくないだろうと僕らは考えた。
つまり――僕とシフトが重複し、僕とそこそこ接点があり、飲み会での僕の様子を知っており、かつ現在彼氏がいないと思われる女の子がターゲットだ。
そうして僕らは容疑者のアタリをつけていく。
ファーストターゲットは――矢口美花莉。




