虚構の補題③
「で、まあ。魔法で吹っ飛ばしたんだけど」
「ああ……それがご飯の前に言ってたむかーってなったって話の経緯ね」
「そう!でも問題はこれからなんだよ!」
ボクはボクの顔をした魔女……エックス’をやっつけた。エックス’はボクの魔法の一撃で蒸発してしまったが、彼女が寝そべって街を圧し潰した巨大な痕跡は残ってしまっている。
ふと今の状況を客観的に考える。エックス’は消えたように見えるが、代わりにエックス’と同じ顔をした同じだけ巨大な巨人が、要するにボクが宙に浮く格好でそこにいる。
これは見ようによっては単に立ち上がっただけには見えないだろうか。それは地上の人たちにとっては酷く恐ろしい光景ではないだろうか。
ボクは恐る恐る後ろを振り返ってみた。たまたま視界に止まった避難民の一団は、ボクと目が合った瞬間に悲鳴を上げて、転んだり前の人を押しのけたりしながら逃げ出す。
「ま、待って待って!違うって!違う違う!ボクはさっき街を襲っていたのとは別人で……」
しかしボクの弁明は通らなかった。
追加戦力として投入された戦闘機なり戦車なりがボクに砲撃をしてくる。今のボクは身長50kmくらいある。当てない方が難しいくらい巨大な的になってしまっている。
「うわあっ。やめっ。やめてって」
身体中で爆炎が起こる。下手に動くと戦闘機を叩き潰してしまうから、身動きさえ取れない。
人類の必死の抵抗を受けながら、ボクには考えていたことがあった。
(これって過去を変えてしまったことになるのかな。過去を変えたことになる?どうなるんだろう?)
……まだそうと決まったわけではない。その気になれば辻褄合わせは可能だ。
リインが魔女になるまで暴れればいい。そしてリインが魔女になったところで更に巨大化し、惑星rと太陽を破壊すればいいのである。
これで過去から現在への因果が成立することになる。
一瞬想像をして、心の中でそれはないなと結論をつける。ボクは誰かを殺めるために虚数空間に来たのではない。
胸の辺りで大きな爆発が起きた。チャンスだ。
「うわー。やーらーれーたー」
「は?」という声が聞こえた。まあボクも不自然だと思うよ。でもこんなのいつまでも続けていられないもの。
「くそー。こんな危ない星にいられるかー。逃げろー」
とにかくなんでもいい。過去を変えてしまった。もうそれでいい。リインは納得しないかもしれないけれど、ボクが納得できるからそれでいいということにする。
風の魔法で戦闘機たちをボクの周囲から遠ざける。風の魔法は出力を限界まで落として、戦闘機を破壊することのないようにする。それから安全を確認したところで、ボクは空へと飛び上がった。雲を突き抜けて大気圏を抜けて宇宙空間にまで。
そこまで行ったところで再度巨大化し、世界Rを脱出する。更に大きくなりながら虚数空間から抜け出した。
あれ以上あそこにいたら人類が全ての兵器を持ち出した挙句、その攻撃全部が無為に終わって、ボクが何もしていないのに白旗を挙げるまで続いていたことだろう。適当なところで終わらせるのは大事である。
「で、これが戦利品」
公平に見せたのはコンビニのくじ引きで貰った肉まんヒーローのキーホルダーである。見れば見るほどに一体これはどこに需要があって誰をターゲットに作られたか謎であり、それがちょっと面白い。
「肉まんの話はいいよ。それで?その後は」
「えー……。ちぇ。現実に帰ってきた後は、過去を変えたせいでどんな影響が出るのか確認しようと思ったんだよ」
100年前に壊されるはずの惑星rを守ってしまった。きっと多大な影響が出ていることだろう。その責任を取らされるかな。嫌だな。ボクはそんな風にうんざり思いながら元の時間軸へと戻ったのだ。
そこでボクが惑星rの観測を行う。
そして、ボクはボクのやったことが無意味であったと思い知ることになる。
「惑星rはやっぱりなかったんだ」
「でもエックスが守ったんだろ……?」
「うん。でも無くなってた。流石にビックリしたよ」
公平が腕を組んで首を傾げる。
「それは……その百年の間に星が太陽と一緒に爆発したとか」
「それもちょっと考えたけどさ。だからもう一回虚数空間に戻ったんだよね」
ボクはエックス’を倒したはずの時から少し後の時間に戻った。ここから時間を加速させて、惑星rに何が起こったのかを確かめるためである。そこには見知った顔をした巨人がいて、人類を蹂躙していた。
「え」
「エックス‘だよ」
ボクがアイツを倒したという事実が無くなっている。
補足すると過去に来たはずのボクの痕跡も消えていた。ボクが肉まんを食べていた公園に行ってみたけれど、確かに捨てたはずの包み紙がゴミ箱の中になくなっていたのである。
過去改変の事実はおろか、ボクが虚数空間上の世界Rに行った事すらなかったことになっている。
流石に意味が分からなかった。
取り敢えず後ろで起こっているエックス‘による破壊が鬱陶しかったので、ボクはもう一回彼女をやっつけることにした。
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「なんでまた戦ってるんだよ!」
「だってボクの顔で暴れてるんだよ!ムカつくでしょ!」
「今ムカつく相手叩きのめしてる場合じゃなかったでしょうが!」
呆れたように公平が言うので、ボクは笑ってごまかした。
はぐらかされたと思ったのか、公平は手元のお茶を一口飲んで一息つくと、話を変えてくる。
「……ったく。まあ状況は分かったよ。過去を変えたはずなのに何の変化も起きなかったってわけだ」
「要約するとそういうことになるね」
「ふうん……。で?その後どうしたの?」
「普通にまた軍隊から攻撃されたから逃げてきた」
言うと公平が顔を下に向けて「くっ」と噴き出した。一体全体何がおかしいというのだ。キミのお嫁さんが銃火器で攻撃されているというのに。相手がボクじゃなかったら悲惨な話だぞ。まあ相手がボクだから大した話にはなっていないのだけれど……。
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「……結局二回やって二回ともエックス‘をやっつけて帰ってきたと」
「だって。見てるとすごく嫌な気分なんだもん」
アイツを放置して何をするのか見届けるとかボクには絶対無理!精神衛生上よくないもん。ああいう目障りなやつはさっさとやっつけてすっきりするに限るのだ。おかげでボクはそれなりに疲れたけれど精神的には却って安定していると言っていい。
「いや、でもさ。過去を変えたんだろ?虚数空間上とはいっても惑星rを守ったなら、それに繋がっている現実世界でも惑星rがないとおかしいんじゃないか」
「そうなんだよねえ。平気で因果律が歪んじゃってるんだよねえこれ。困ったなあ」
実を言うと既にボクは心の中で白旗を挙げている。だって意味わかんないんだもん。理解しようとする方が馬鹿らしいというか。
一方の公平は腕を組みながらああでもないこうでもないと悩んでいる。諦めが悪いのは公平のいいところだ。
「ああそうだ」と呟いて、魔法で目の前の空間上に例の数式を書いてみる。
V:={W:ℝ→ℂ;∃tw∈ℝ for ∀W , st if t≧tw⇒W(t)∈ℝ and t<tw⇒W(t)∈ℂ/ℝ}
宙に浮かぶ数式。
この数式は、ボクたちの世界に於ける世界五分前仮説の正しいモデルである。この数式が謎解きの鍵を握っているかもしれない。次元の数は棚上げするとして基礎的な考え方はこの数式をベースに考察出来るはずだ。
ただボクたちはまだ入り口に立っただけである。そもそボクの目的はリインとの和解だ。数式や世界の秘密を解き明かすことではない。過去を変えたことによる改変が起こらなかった謎が解けたところで、意味があるのかどうかは分からない。
……ただ、ボクはそういう無駄かもしれないことに本気で向き合っている公平の姿に、何かを期待してしまった。
公平が謎を解いてくれることを、ではない。
こんなに真剣に向き合った謎が無意味なわけがないという期待だ。
だからボクもこの数式に挑戦したい。いやいっそ、もっとたくさんの人を巻き込んでしまいたい。
「それならさ、公平」
「え?」
「あの人たちの知恵も借りてみない?」
「ああ……あいつら?」
一言で言い表すならば変人の集まり。けれど頭脳面は、学生としては最高峰と言ってもいい人たちである。




