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90話:迫る反乱軍

 王領の反乱民と反乱を起こした軍の一部は、やはり合流した。

 現在も、反乱軍となって破竹の勢いで王都に迫っている。


「はぁ…………、失礼しました。反逆ですか」

「良い、溜め息を吐きたくなる気持ちはわかる。まだ陛下の退位に尻込みする者がいたので、進言をさせたのだがな」


 旅の用意をするお父さまが、城で新王が放った王家への忠誠さえも断ち切る言葉を告げた。


「そうした者は事を荒立てることを好まないのは知っていた。だから反乱軍を許し、訴えに耳を傾け度量の広さを示すようにと進言することはわかっていたのだ」

「それは…………少々機を逸した進言ですね」


 言うなら王領での反乱の時に言うべきであり、軍と合流した今、もはや勢いに乗るばかりで遅すぎた。

 ここで許しても王家の弱腰を謗られるだけなので、却下は当然。


 ただ、そこでの新王の返答があまりに進言した者の機微を無視したものだった。


「今すべきは籠城の備え。そして最低限の兵数で王都を守る根競べの準備です」

「陛下は今すぐに諸侯の兵を王都へ参集させよとおせられた」

「地方の守りは?」

「何も」


 言及がない。つまり考えていない。

 その上で諸侯の家族領民を犠牲にしてでも自分だけを守れと命じたのだ。

 今現在王都近くの領地は、兵糧のない反乱軍に荒らされているというのに。


 お父さまが命令とは言わないのは、そんな馬鹿な発言を誰も取り合わなかった結果だろう。


「わしらは付近の領地の救援、もしくは領地での軍備を整えることを理由に王都より出る」

「その言い訳が通ったのですか?」

「…………妻子を置いて行くことが条件であった」


 離反を恐れて新王は人質を取ったのだろう。


「それもまた機を逸したご命令ですね」


 我が家のように荒れることを予見して、すでに夫人や継嗣を領地に送った家もあれば、侯爵周辺のように早い内から王都を引き払っている者もいるというのに。


 人質に取った妻子を拘束しないのであれば、お父さまたちは弟君を奉戴して堂々と戻ってくればいい。

 王都内に身内を置いておくということは、戻れば王都の門は内側から開かれるのだから。


「反乱軍になったお蔭で、良いこともありますね。軍の者であるなら並んだ諸侯の軍旗を間違えないでしょう」


 もし反乱軍が兵糧尽きても解散しなかった場合、王都と合わせて弟君を奉戴したお父さまたちに挟まれることになる。

 軍事関係者ならその危険性もわかることだろう。


 無法な農民の集まりよりも御しやすくなると私は思っている。


「旦那さま、馬車のご用意が整いました」

「すぐ行く、イレーヌ」

「お見送りできませんことをご容赦ください」

「トリスタンが来るまでは無茶をするな」

「いえ、この後すぐに教会へ参ります。教会の協力者より、区長が王都外への逃亡を声高に訴えているとの知らせが」

「今さらか。いや、今なら確かに安全に王都からは出られるが」

「どうやら反乱軍が王都に到達するまでにシヴィルを教会へ呼び出せないと睨んでのことのようです」


 今度はお父さまが溜め息を漏らした。


「この状況下で他所へやるのも面倒だ。排除する者は王都に固まっていてもらわなければ」

「承知しております」


 私はなんとしても区長を王都に足止めしなければならない。

 反乱を理由に新王を追い落としシヴィルも道連れにする。

 その際には性格的に聖女に相応しくないシヴィルを容認した区長も追い落とす。


 反乱時、王都にはいなかったからシヴィルの無能を知らなかったなんて逃げ道は作らせないわよ。


「さて、私たちも行きましょうか」


 お父さまが部屋を出た後、従僕に声をかけて私も出かける。


 白を基調とした外出着は、前立てやスカートの裾に暖色の花柄を刺繍してある。

 深紅のチョーカーと手袋、同じ色の布で飾った帽子と派手に装って教会へ向かった。


「…………今日は誰もいないのね」


 乗りつけていつもなら顔見知りの修道女がいるはずだけれど、今は誰もいない。


 反乱の噂は王都にも届いており、街の中も人々が足早に動いている。

 聖堂を覗いてみるけれど少数熱心に祈る者のみ。

 もはや聖女がいないと知られたここに救いを求めに足を運ぶのはこの程度。


 私は修道院のほうに足を向けた。


「これは、公爵令嬢!」

「なんですって!?」


 区長に近い年嵩の修道女が声を上げると、区長が慌ただしい足音と共に出て来た。


「イレーヌさん! すぐに聖女の御坐所へ入りなさい!」

「お断りします。それをすべきはわたくしではございません」

「口答えをしない!」


 叱責されて乱暴に腕を掴まれる。

 さすがにこれは許容できないので、私は扇子で区長の手を打った。


「分というものを弁えなさい。公爵家の私に何を強要できる気でいるのです?」

「な、な、な…………!? なんと傲慢なことでしょう!? この非常時に身分をかさに着て暴力を振るうなど!」

「突然掴みかかって来たのはそちらです。その非常時にまだここにいらっしゃったことに驚きを禁じえませんけれど」


 暗に逃げようとしていたことを知っていると告げると、途端に区長は赤くなる。

 この非常時に保身に走る恥知らずな行為に対して思うところはあるようだ。


 けれどそこで黙らないのが区長だった。


「甘い対応をしていれば調子に乗って! こちらも対応させてもらいますよ!? いつまでも聖女を秘匿するなど反逆行為です! このことを城へと上げます、いいのですか!?」

「どうぞ」


 即座に答えたら区長は唖然とした。


 何を今さら。

 我が家がラシェルを匿ってると新王が疑わないとでも?

 すでに兄を使って国内における我が家に関係のある場所は調べ尽されている。

 その上でラシェルがいないために新王側も我が家に文句を言っては父に冤罪だと怒られ返しているというのに。


 本当にラシェルを国外に出すという思い切った決断を早めにしておいて良かった。


「…………脅しだと思っているのでしたら後悔しますよ! 今すぐ心を入れ替えて国に尽くすため聖女の御坐所へ入りなさい!」

「心を入れ替えるのは君だ、区長!」


 思わぬ怒りの声に私も驚いて区長と一緒に横手を見る。


 そこには怒りに震える司教がいた。

 普段の温和さを思えばその見たことのない表情に私も怯んでしまう。


「この非常時に中央教会を捨てるなどと無恥な発言をしておいて、北からの侵攻をいち早く悟って対処した公爵令嬢を脅すなど、もはや看過なりませんぞ!」

「何をおっしゃるのです、私は!」

「言い訳無用! すぐに部屋に戻って聖書の書き取りを行いなさい! 聖書全てを写すまで部屋から出ることを禁じる! これは中央教会司教命令である!」

「そんな!?」


 内容は叱られた子供が罰則を与えられるようなぬるいもの。

 けれど中央教会最高権力からの命令となれば区長は逆らえない。

 逆らえば今まで執着して来た区長という座を失いかねない理由になるのだから。


 区長は今、私を相手にすることも王都から逃げることもできず、ただ司教に命令の撤回を修道院からお願いするしかなくなったのだった。


毎日更新

次回:非常時の人間性

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