パトリック3
王城の私室として陛下からあてがわれた部屋に入ると、すぐさまカロリーヌが立ち上がる。
不安なのかシヴィルも姉の近くにいた。
「あぁ、あなた。お疲れですね。どうぞこちらへ。お心の内をお聞かせくださいな」
「あぁ、おかしなことばかりだ。全く道理が通らん」
「反乱軍のことでしょうか? 陛下への不満を騒ぎ立てているとか」
「その時点で不遜、不敬。だというのに、父の横暴で難儀する俺たちをこうして迎え入れてくださった慈悲深い陛下を、よりによって国を乱す元凶などと…………!」
話す間に、カロリーヌは飲み物を用意する。
俺は疲れのままソファに身を投げ出した。
もはや公爵家の屋敷を出たため、俺は父からの謹慎に囚われず陛下のお側で共に対応に当たっている。
だが暴虐な反乱軍によって次々に入る被害の報せに、動かせる兵もなく。
国を守るため国境方面に差し向けたことで、国の要である国王の守りは酷く手薄になっている。
陛下以上に国のために必要な方はいないのだから、事態は逼迫していると言えた。
「全兵力を王城に集めて陛下をお守りせよと命じれば、他の守りが薄くなるなどと貴族が邪魔をする。陛下以上に守るべきものなどないのにおかしいだろう!?」
「まぁ…………」
カロリーヌのちょっと気のない返事は、飲み物を運ぶことに集中しているせいか?
もしかしたら、反乱軍も貴族もどれほど不遜な物言いだったかわからないせいかもしれない。
「奴らは陛下の苦労を何もわかっていない。国を守るためにあれだけ苦慮していらっしゃるのに、それが無駄で有害なことであっただと!? ふざけるな! 貴族の保有する兵を陛下の指揮下に入れることの何が問題だ! それを拒否することこそ叛意ありと疑われかねない愚行ではないか!」
「そのような方々をお相手になさって、あなたもお疲れですわね。どうぞ、紅茶に少々ブランデーを入れました」
おぉ、やはりカロリーヌは気が利く妻だ。
俺は喉を通る酒精の気持ちい良さに浸り、萎えていた気力が蘇るような気持ちで息を吐いた。
「…………しかも陛下をお助けしようとしない大臣どもと一緒になっている父だ。この国難とも言える事態において、何故公爵家が陛下の指示を叩き返す? 何故他の公爵家も揃ってお守りしようと動かない?」
「否定するだけでは逆臣の謗りを受けましょう。公爵さまはこの危難においてどうなさるおつもりなのですか?」
「どうもこうも…………。陛下は諸侯の兵を王都に参集させよといち早くお命じになった。しかし父はそれを無視して王都を出たのだ」
「まぁ、それは…………。すでに王都を…………」
さすがに政治に疎い女であるカロリーヌにも、この事態のまずさがわかるようだ。
兵を集めるなどとは言い訳で、狙われる陛下を置いて逃げ出したことに他ならない。
「陛下は、公爵さまのご出立をお許しになったのですか?」
「いや、言い訳は用意してあった。父もそこまで耄碌してない。まず領地で兵を纏めるために公爵である自らが赴くと。そして王都周辺の領地を守り、反乱軍の動きを牽制するそうだ。だが何故王都ではなく王都周辺の領主を助けるために動くというのだ。陛下をお守りするために兵を動かすべきだろう」
俺はカップに残った紅茶を飲みほして、疲弊した陛下の前では押さえていた胸の内を吐き出す。
すると、カロリーヌは確認するように聞いて来た。
「それはつまり、陛下にご自身の兵を委ねることはないということですわね?」
「そのとおりだ。なんと不遜な。あれが父であることが恥ずかしい。国の危機に自らの権威を保持しようなどと浅慮を恥ずかしげもなく…………!」
「ですが、それでは王都を守ることさえ怠ることになるのでは? 王都の外で兵力を振るうことを陛下は許されたのでしょう?」
「心配するなカロリーヌ。そこは俺たちも抜かりはない。王都にいる親類と家財の移動を禁じた。公爵家には父の気に入りのイレーヌも残っている。王都に反乱軍が攻め入るのを座してみることはしないさ」
「そう、ですわね」
カロリーヌ考え込みつつ、俺に次の紅茶を用意し始める。
「なんでよ? 反乱なんて起こしてなんの意味があるの? 馬鹿みたい…………!」
それまで黙っていたシヴィルが声を上げた。
「やっぱりすぐに反乱起こした王領の農民を始末しておけば良かったのよ! なんでしなかったの、義兄さん!?」
「それは陛下も残念なことだろう。思えばあれも父が邪魔をしたのだったな」
ここのところ父は訳がわからない。
どうして嫡子の俺をここまで冷遇する?
イレーヌ可愛さに嫡子をその子供にするなどとまで耄碌していた。
立派な嫡子である俺がいるというのに、そんな理屈を曲げる真似をしてはそれこそ公爵家の権威が揺らぐだろうに。
「もしやあの婚約がどうのというのも耄碌した末の…………」
「どうしました、あなた?」
「いや、イレーヌに求婚が殺到しているなどと、父が言っていてな」
「まさか、ありえない!」
シヴィルは俺と同じ思いらしく声を裏返らせた。
「だが求婚のためだという手紙は大量に会ったのを見たんだ」
「では、聖女さまに関することでは? 以前の聖女さまは公爵家が後見ですもの。その友人として周囲に権威をアピールしていた彼女に、問い合わせの手紙が送られても不思議はありません」
なるほど、カロリーヌの言うとおりだ。
あんな時代の公爵を敬うこともできない傲岸不遜な奴に、好き好んで求婚する者などいるものか。
この四年そんな浮いた話など…………うん? そう言えばトリスタンと一緒になって何か言っていた気もする。
まぁ、大した話じゃないだろう。
どうせ俺を貶めるために適当なことを言ったのだ。
全く、嫡子であり兄である俺を何処まで舐める気なのだか。
「いや、だがそうなると本当に父は…………。これはいけない、屋敷にいるイレーヌが好きにされてしまう! 判断力の落ちた父をイレーヌは操っていたのだ!」
「まぁ、そうなりますと、今回公爵さまが王都を出られたのも策略では?」
カロリーヌが驚いた様子で飛んでもない可能性を提示した。
するとシヴィルも手を打って危険性を指摘する。
「あ! 公爵家の財産を今なら誰の目もなくイレーヌが好きにできるじゃない!」
「それはさすがに財務の者が、いや、元から俺に対して使用人たちも様子がおかしかった。もしやそちらにもイレーヌの魔の手が?」
疑えば怪しいことばかりだ。
もしやイレーヌが継嗣である俺を馬鹿にし続けていたのは、これほどに手を回していた自信の裏返しだったのか?
「イレーヌは自分だけならいくらでも守れるんだもの! お金になる物抱え込んで結界を張るだけでいいんだわ!」
シヴィルの言うとおりなら王都を出ないのも納得だ。
「陛下が心砕いて俺と父の仲を繋ぎ直そうとしてくださったのに。なのに公爵家の者であるにもかかわらず不和を撒くとは、おのれイレーヌ!」
本当に性格が悪い!
どうしてあんな風に育った!?
「聖女の素養があるだけで全く心根の醜い!」
「義兄さん、どうするの? 公爵家をイレーヌに取られるなんてもったいないわ!」
シヴィルが妙な言い回しをするが言いたいことはわかる。
誉れ高き公爵家をイレーヌなどに好きにさせるわけにはいかない。
「そう言えば、反乱と聖女はあまりよろしくない組み合わせね」
「誰にだっていい組み合わせなわけないでしょ、カロリーヌ」
顔を顰めるシヴィルにカロリーヌいつもと変わらない笑みで話し出す。
「何かで読んだのだけれど、他国にいた聖女が救国のために民衆を率いて立ち上がったそうなの。国土を大きく回復した聖女だったけれど、侵略した国に囚われ、反乱を起こした罪人として殺されたとあったような」
「そんな話が?」
確かに聖女は南にある教会の総本山が決めることがある。
ヴァレンシア王国のようにその素養を持つ者が一定数生まれることのほうが稀だ。
「囚われ、拷問の末に、生きたまま焼き殺されて見世物にされたそうなの」
「な、なんで、今、そんな話…………」
「そうだぞ。聖女であるシヴィルを怖がらせて何が言いたい?」
睨むように聞くとカロリーヌは困った様子で下を向いて肩を震わせた。
「私も怖いのです。もし、反乱軍が押し入って、私の可愛い妹を…………あぁ!」
言いかけてカロリーヌが耐えられないように言葉を途切れさせた。
もし反乱軍が王都の門を破り王城まで押し入ったとしたら?
そして過去には聖女であるにもかかわらず無残に殺された例があるように、信心なき輩だったとしたら?
「まさか、反乱軍がシヴィルを狙うと?」
「なんでよ!? 私は聖女なんだから、陛下とは違うじゃない!」
シヴィルが甲高い声で叫ぶ。
「いや、シヴィルは聖女であり陛下の婚約者だろう? なら、十分反乱などを起こした暴虐の徒の狙いにな…………」
「嫌よ! なんで私なの!? 私殺されなきゃいけないことなんてしてないじゃない!」
「シヴィル、落ち着いて。今はどうにかして反乱軍を鎮圧しなくてはいけないのよ。そう、軍だったのなら王都に関係者がいるかもしれないわね」
カロリーヌが宥めようとかたりかけ、そんなことを言った。
「だったらすぐに反乱なんてしてる馬鹿の家族でも友人でも引き摺って来て! そいつらを盾にして止めたら、全員殺せばいいじゃない!」
あまりの過激さに俺は言葉に詰まったが、カロリーヌは刺激しないよう優しく聞かせる。
「怖いのはわかるわ、シヴィル。反乱なんて悪逆は許せないわね、陛下のご心痛もどれだけのものか。早く治めたい気持ちはわかるわ」
なるほど、そんな思いからの過激な発言か。
「陛下のためにシヴィルは決断ができるんだな。これは俺も見習わなければ」
「えぇ、あなた。今この時が分水嶺なのかもしれません」
カロリーヌがとつとつと語る。
「陛下のためにも、私たちのためにも、今こそあなたは公爵として立つべきなのでは?」
「ど、どうやって? 父は王都を離れているだけだ」
「イレーヌに奪われてしまうなら少々強引でも。そこは陛下とお話になればきっとご理解いただけるはずだと思います」
「…………うぅむ、確かに一理ある。それに父ももう陛下への敬意のなさは明白だ」
俺が迷う間にカロリーヌはシヴィルへも語りかける。
「こういう時こそ王室の者同士で手を取り合うべきではないかしら。皇太后さまにお縋りすれば、きっと未来の王妃をお守りくださるはずよ」
「そ、そうね! 私は未来の王妃なのよ、こんなところで終わらないわ!」
返事をするシヴィルにカロリーヌはいつものように優しく微笑んでいた。




