ニコラ3
まずい流れだ。
公爵家でも持て余しているらしいイレーヌの婚約を整えて、公爵に恩を売るはずが何故こんなことに?
「これではパトリックの廃嫡を思いとどまらせることができない」
公爵が恩に着ないといけないはずがイレーヌめ、私に恥をかかせるとは。
パトリックに傲岸不遜な妹がいることは聞いていた。
シヴィルにも底意地の悪い相手だと知らされていた。
なのに私が手を打ち間違えたとでもいうのか?
「何故だ? 何故三方丸く収まる話なのにイレーヌはあんな波風を立てる必要があるというんだ…………!」
「陛下…………その、お返事のほうは?」
手紙を読み上げていた臣下が控えめに指示を請う。
だがあまりに的外れな問いに、私はついきつい物言いになってしまった。
「返事など伯爵は求めていないのがわからないのか? これは意思表明の手紙ではない! 国王である私に対しての抗議文だ!」
「し、失礼いたしました!」
手紙を持ってきた男爵家の三男が顔色を失くす。
元から持ってきた時点であまり良い顔色ではなかったのが。
私は婚約話の一端を担うその男爵家の三男に目を向けた。
「どういうことだ? 伯爵家継嗣としての話は内定状態ではなかったのか? ここにはそのような話は聞いたこともないと伯爵から、妄言とまで称して書き送られているぞ?」
「…………それが、父も…………は、伯爵家に呼ばれて、から、イレーヌ嬢の身分を、聞いたと、申しており…………」
「つまり?」
はっきり言え。
どうしてこうも私の周りは察しが悪い?
私の気持ちを汲んで発言できるのはシヴィルとパトリックしかいないのか?
手紙を読み上げた臣下も、まるで置物のように口を閉じて壁際に寄っている。
「公爵家から、物言いがあったそうなのです。…………伯爵家から、父も、切られるのではないかと、私に、修道院行きを命じ、ました」
言ってから、顔色の悪い男爵家の三男は叫ぶように私に懇願した。
「陛下! どうか父を、いえ! 伯爵を説き伏せてください! 私は陛下にお仕えしているのです! どうして修道院などでわびしく暮らさねばいけないのです!? それほどの罪を犯したとでもいうのですか!?」
「いや、それは…………」
貴族的な通念から言えば犯罪に近い。
臣下が王族に求婚するなどあり得ないのだから。
けれどそれをお膳立てした形になっているのが私だ。
イレーヌが王族籍を持っているなど知らなかった。
女にも継承権が発生しているなど、そんな我が国ではありえないのだから知らなくてもいいことではある。
だが知らなかったでは済まされないし、ここで公爵と対立するようなことをすればパトリックの廃嫡を取り下げさせることもできなくなるだろう。
「行き違いがあったのだ。そう、これはまだ行き違いを認識していない故の伯爵家の拙速。それにそなたの父も当てられたのだろう。ここは行き違いを説明しなければならないが、私は今伯爵から拒否された。ここで無理に介入すればこじれる。まずはそなたが家に戻り男爵へ。そして男爵から伯爵へと行き違いがあったことを納得させよ。そうすれば私のほうから伯爵の拙速を許すこともできる」
言っていて、私は綻びのない論理に頷く。
そうだ、これは行き違いによる伯爵の拙速でしかない。
そしてそれに対処しなければならないのはこの男爵家の三男だ。
私ではない。
国王が動くのは最後であり、私まで拙速に出ては解決するものも解決しない。
「時間をかけては行き違いが決定的なものになる。すぐに家に戻って男爵に説明を行え。これは命令であり、そなたを思うからこその解決策だ」
「え、ですが…………それは…………」
「早くしろ」
男爵家の三男は目をこれ以上ないほど開いて唇を震わせている。
何をしているのだか。
これ以上の解決策はないのだから、そうして立っているだけ時間が過ぎるだけだろうに。
「さて、この件はこれで解決だ。そうなると拙速で無礼を働いた伯爵についても、今はどうでも、いや、どうすることもない。今後、伯爵家に対して仕事を任せることはないだけの話だ。何せ、国王である私に勘違いで喧嘩を売るような貴族なのだからな」
問題として残るは、パトリックがいずれ継ぐことになる公爵家だ。
パトリックがいるからこそ無碍にはしないでいてやっているというのに。
その嫡子を廃嫡するなどとは、公爵も老いたものだ。
娘可愛さにいいように扱われているのだろうか?
となると、いっそ耄碌したとして、さっさとパトリックに代替わりさせるよう整えたほうが早いかもしれない。
そのためにはまずうるさい老害たちを黙らせる革新的な行政能力を見せつけなければ。
「それで、先日出した法案はどうなった?」
私が仕事に戻ると男爵家の三男は出て行った。
あとは本人次第だ。
しっかり説明をしてくればいい。
「陛下、そちらよりまずこの軍の再配置についてご検討いただきたく」
「またそれか」
全く、法案を考える暇さえない。
侯爵の嫌がらせだろうが、軍が全く私の言うことを聞かないとは嘆かわしい。
どいつもこいつも自らの裁量権を手放そうとせず文句ばかり。
兵の数を国内で均等に分けることの何が問題だ。
状況が違う、知啓が違う、供給が違うと一つ命じれば最低三つは文句が出る。
どうして私の正しさを受け入れないのか。
「そしてまたこれか。結界の緩みは何故だ? 中央教会は何をしている? 兵を動かすのにも国の負担なのだぞ? いつまでも国境にばかり兵を集中させるわけにはいかないのだぞ」
だからすべて報告させて無駄を省くようにしているが、結界の緩みのせいで派兵要請ばかりで削る箇所がない。
どころか要請は増える一方でそのために再配置をしてもやはり文句ばかりが上がって来る。
とは言え中央教会は国の管轄外の組織だ。
命令して区長はともかく司教が聞くかどうか。
下手に司教を叱責して、教会総本山に駆けこまれても面倒だ。
国王の結婚式に格の高い宗教者を派遣しないなどという嫌がらせの可能性がある。
「何故我が国のことであるのに王が悩まなければならない? 全く世の中道理の通らないことが多すぎる」
頭が痛い話だ。
歴代の国王でもこれほど国のために悩める王は私だけではないか?
「やはり中央教会が握る聖女関連の権利は国が、王が管理すべきだろう。そうすればシヴィルに意地悪されることもなく、聖女の務めを果たすことができるはず」
「陛下、僭越ながらおたずねしてもよろしいでしょうか? 聖女さまは、一体なぜ中央教会を疎まれるので?」
この臣下は最近側に上がるようになった者だ。
国王に直言を許される側近だというのに、入れ替わりが激しい。
やれやれ、根気のない者が多くて困るな。
この者は確か子爵家の次男で、子爵は見所があり賭場でも馬が合うので側に置いている。
息子をぜひ使ってくれというので採用したが父親に似ず少々気回しが足りないな。
「シヴィルは可哀想に中央教会で倒れたのだ。何をしたか知らないが区長の不手際らしい。シヴィルが泣いて私に訴えた。あの怯えようは普通ではない。だから中央教会に改善を命じ、改善がみられるまでシヴィルを遣わさないと宣言した」
「そ…………れは…………」
子爵次男が震え上がる。
それはそうだろう。
まさか聖女に罠を仕かけるとは区長の不心得は神をも恐れないものだ。
信心深く敬虔な私が怒りを以て聖女を保護するのも当たり前というもの。
あの者を区長の座から降ろすことも考えたが、やろうと動いてみれば思ったより難しかったのだ。
それこそ教会が国の管轄にないためで、命令を出しても実行する役職がなく、法がない。
故に未だ区長は中央教会から恥知らずにもシヴィルを呼びつける手紙を出していると聞く。
「それでは、結界の異常は…………聖女さまの?」
「そう、聖女を害する中央教会のせいだ。そろそろ心を入れ替えていい頃だろうが。貴族たちも何故か中央教会の怠慢を看過している。こちらが手を出さずとも、あの公爵夫人辺りが動くと思っていたのだがな」
存外あの公爵夫人は教会権力に弱いのか?
偉ぶっていてもその程度の人間か。
「で、では、結界が消えることも?」
あまりの奇想天外な言葉に私は驚いて子爵次男を見た。
「ありえない。何百年も守って来た結界が? まさか」
こいつ大丈夫か?
それとも相当な悲観論者なのか?
聖女の御坐所に入らないだけで聖女はいるのだ。
そしてその期間も半年程度で、国の根幹がそんな短期間で揺らぐものか。
「しかし魔物の被害報告は増える一方ではありませんか」
「呪物のことなどもあり警戒が強められている分見つかる数が多いだけだ。現に死者の数は平年から逸脱していない」
やれやれ、こんなことで冷静になれないとは。
数こそ多いが討伐されているし、怪我人はいても死者はごくわずかだというのに。
そう言えば軍を握っていた侯爵のほうからも魔物の報告はあるな。
「侯爵周辺には武辺の者が討伐を行っているのだったか。それらが領地に帰ったことで兵を送っていないが対処できている。となれば、貴族の兵を軍に合わせれば人手の不足も解消できるな」
どれくらいかはわからないけれど、少なくとも侯爵周辺は足りている。
ならば国内で足りない場所へ派兵すれば解決するのではないか?
それこそ助け合い、国の運営というものだ。
「よし、貴族の兵を徴収するための法案を作成せよ」
「そんな!?」
「なんだ? 今の軍の逼迫を解消する対案があるなら言え」
「…………いえ、ございません」
子爵次男は黙る。
対案もなく否定するだけなど誰にでもできるのだぞ。
それは大臣たちにも言えることだが、あちらは対案こそないが私の案を否定する屁理屈だけはいくらでも出て来るのだからたちが悪い。
「へ、陛下、少々、気分が悪く。その、今日のところは下がらせて、いただければ」
「うん? すごい汗だな。あぁ、もうよい。今日は下がれ」
そう命じて退出子爵次男は、二度と城に上がることはなく、子爵も息子の療養を理由に王都を後にしたため賭場で会うこともなかった。




