85話:結婚強制
四阿から新王の怒声が響く。
「ぶ、侮辱だ! すぐに撤回しろ!」
正面から国王としての器量のなさを指摘されての怒りだけれど、ロジェはその程度の叫び声には無反応だった。
「俺はただ、他国の王家に頼らなきゃ立ち行かないと言われた気がしたので」
「誰が新参の上に分を弁えない王家などに!」
「じゃ、そこのが心得違いにも勝手に喋ってたってことでいいんだな?」
シヴィルをぞんざいに指差すロジェの無礼な態度に新王はさらに激高する。
「そんなはずがないだろう! 私の心を唯一理解し癒してくれるシヴィルに対する侮辱を撤回しろと言っているのだ!」
「つまり、全面的に発言を肯定すると。ならやっぱり国の手綱牽けないと泣きついたんじゃないか」
「どうしてそうなる!?」
「わからないなら、言われるほどお勉強できるわけでもないんだな」
「出て行け! 今すぐ私の目の前から失せろ!」
「それを決めるのは主催者で、他人の家に来て挨拶一つまともにできない人間の台詞じゃないな」
「ふざけるな! 何さまのつもりだ!? お前などこの場で手討ちに…………!」
「陛下!」
さすがにエルミーヌさまが止めに入った。
他国の王子を国王が手討ちなど宣戦布告でしかない。
周囲の貴族が息を飲む中、ロジェだけは好戦的に笑っている。
「陛下、そのお振る舞いは王たる者の品位を貶めるのではございませんか?」
アンナさまも私の側から離れて四阿へ行き、ことの収束のため口を挟む。
「もちろんボルボーの殿下の口性のなさは眉を顰めるところではございますけれど。元はと言えばそちらのシヴィルさんが軽率な発言をなさったため」
ロジェはアンナさまに睨まれても動じない。
逆に矛先を向けられたシヴィルは、弱々しいふりをして新王を盾にするように退く。
一人であるはずのロジェが一番余裕の態度だ。
「私はただ陛下を思って…………! なのに、酷い…………。私を悪者にするなんて」
「そうだ! シヴィルは何も悪くない!」
新王の発言にアンナさまとエルミーヌさまが同時に扇子で口元を隠す。
たぶん溜め息を堪えられなかったのでしょう。
エルミーヌさまが気を取り直すように扇子で手を打つ。
「では、ここで一つ陛下に王たる規範をお示しになっていただいたらどうかしら?」
「まぁ、何か考えがあるの?」
アンナさまが視線を向けると、エルミーヌさまは目で頷く。
気づく様子の新王の反応から、事前に何かやると言っていたようだ。
確かにただ参加だけではエルミーヌさま主催の集まりで中心にはなれない。
なのにやって来たと言うことは、参加して目立つ目算でもあったのか。
「いいだろう。王たる者が臣下をどう導くかを見せてやる。皆よく聞け!」
新王は四阿の外に向かって声を上げる。
シヴィルは周りを見て退くけれど、何故か私に目を向けた。
今まで一度もこちらを見なかったのに、嘲笑する色が濃い視線は絶対碌でもないことを考えている。
「私の輔弼となるべき公爵家に騒動がある。これは由々しき事態だ。私もこの問題の解決のため労を惜しまずにいるが公爵の態度が頑なである」
新王の声に四阿周辺がざわつく。
私も顔が引きつってしまい、慌てて扇子で隠した。
あんたが変な横やり入れてくるせいでしょうが! 余計なことせずにいなさいよ!
なんて言えれば早いけれど。
「公爵の頑迷な態度を和らげる方策として、ここに公爵令嬢イレーヌの結婚を命じる!」
「はぁ!?」
思わず声を上げるけれど、私の声は四阿の内外から起こった声にかき消された。
さすがにロジェも余裕を取り落として私を見る。
もちろん首を横に振って知らないと訴えた。
というかこれはもう壁の花とか言ってる場合ではない。
私は慌てて四阿のほうへ向かった。
「この男爵子息がイレーヌの夫となる!」
何故か鼻高々な新王が一人の取り巻きを四阿に上げる。
長身の弟よりも高い身長が印象的な男爵子息。
理知的な雰囲気があるものの、同時に野心的な色が特徴の少ない顔にありありと浮かんでいた。
酷く悪くもないけれど特に印象に残る感じもない。見目良い者が多い貴族の中では確実に下位。
そんな相手を私に押しつける理由は何かしら?
見るからに醜男を押しつけれるならシヴィルの嫌がらせとしてありそうだけれど。
そんなことを考えながら歩み寄る内に冷静になる。
「この慶事によって公爵の憂いを払い、臣下たる者への王の施しのさまを知らしめる! イレーヌ、こちらへきて愛を誓え!」
「お断りいたします」
はっきり断ったら二度見された。
シヴィルはここぞとばかりに声を上げる。
「陛下の下命に背くなんて! 反逆では!?」
「法を曲げる命令は命令として機能しません。ですので、お断りいたします」
「な、なんだと!? 王が臣下の婚姻を許すことの何が法を曲げると言うんだ!?」
私の言葉で気づく人は気づく。
アンナさまとエルミーヌさまも気づいて冷静になったようだ。
ロジェもそう言えば言ったことがあるので遅れて気づく様子。
他国の王子も気づくのに、何故国王がわからないのかしら?
それこそ臣下の何もわかっていないという証明でしかないというのに。
「我が国は貴賤結婚を禁止しております。その男爵子息の方は王家の者ですか?」
「へ…………? 何を言っている。貴様がいつ王族になった」
あまりにも無恥な新王の言葉に頭が痛くなる。
王家は臣下と結婚できないのがこの国の法だ。
だからこそ聖女は別という規定があるし、だからこそ我が家からかつて王妃が出たというのに。
まさかこの国に王族が自分の身内しかいないとでも?
「我が家は小なりと言えど国を継承しております。つまりヴァルシア王国公爵家であると同時に、他国の王家です。その私を、この国の貴族と貴賤結婚せよとお命じになる。それは命令として破綻しておりますので、お断りいたします」
説明する私の声に、周囲は静まり返る。
皆、新王の返答待ちだ。
四阿に上げられた長身の男爵子息もだんまりで私さえ見ない。
本来なら臣下の血縁関係や継承記録を網羅した専門の文官が王の側にはいる。
そして王はその専門官に下問して婚姻を斡旋するものだ。
けれど先王から引き継いだ専門官を遠ざけて新王の周辺には誰もいない。
だからこういう間違いが起こってしまったのだろう。
「全く、横やりは困る」
何も言えない新王にロジェが声を上げた。
軽やかに四阿を出て私のほうへとやってくる。
そのまま歌劇でしか見たことのない仕草で片膝をついて手を差し伸べた。
「赤きアマリリス姫、我が愛を受け入れてはいただけませんか?」
「殿下、ボルボーの陛下がお許しになったとはいえ、まだ我が父の許諾を得ない内はお答えするわけには参りませんの」
致し方なく乗る私の答えに、エルミーヌさまの招待客がさっきまでの沈黙が嘘のように沸く。
もう! まさかこんな所で外堀を埋められるとは思わなかったわ!
新王のせいで!
そして碌でもない嫌がらせに入れ知恵しただろうシヴィルのせいで!
覚えてないさいよ!
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