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84話:ロジェの見限り

 なんでしょう、この噛み合わない感じは。


 ロジェは反乱されるぞと言って、新王はロジェの冗談が理解できなかったことを嗤われたと思い込んだ。

 そしてシヴィルは新王が可哀想?


 どうしてそうなったの?


「陛下は常々国のためにお心を痛めているというのに! 誰も、私以外誰も! わかってくれないなんて!」


 悲劇ぶって泣き真似を入れつつ、自分だけを持ち上げる。


 正直、四阿の周りにいる取り巻きも微妙な顔をしていた。

 シヴィルの言葉は取り巻きさえ下げる意味合いなのだから。


「臣下は数に頼って陛下の批判ばかり! 寄り添おうと努める者は私だけで誰も陛下の孤独を思いやってはくださらない!」


 では四阿の周りの取り巻きはなんだというの?

 数に頼ろうとしているのは新王も同じでしょう。


 そして上手く行かないのは求心力のなさでしかないし、その求心力の低下を招いている一端はシヴィルの存在だ。


「国を思って激務に耐えてらっしゃる陛下の姿も知らず、誰にも感謝されない背中を見て、私は何度枕を濡らしたことか!」


 激務になったのは勝手に国軍を抱え込んだからで、さらには自分への報告を必須とするなどという自らの首を絞める命令を出したせいだ。


 本来なら適切な人物に命じてやるべきことで、他人を使えないなんて王の資質として拙すぎる。


「そんな中、体もお辛いのに臣下の集まりには顔を出して労っていらっしゃるの! なのに子爵夫人は一言の礼もないなんて! いえ、重鎮たちは地位に胡坐をかいて陛下への尊崇の思いを忘れているとさえ言われているわ!」


 単に国王主催の集まりが失敗続きであるため、他人の催しに乗り込んでいるだけでしょう。それにその失敗も新王の配慮のなさに起因している。

 慣例どおりにすれば形だけは整うのに、また勝手に手を入れるから不満が出るのよ。

 もちろんこの出てくる不満にシヴィルの服装や招待客への選り好みが含まれる。


「どれだけ頑張っても陛下のお働きは褒められないなんて間違ってる!」


 頑張りが間違ってるのよ。


 その上結果も出ないのでは褒められるはずがない。

 それどころか各方面に負荷をかけているというのに、その自覚もないから怨まれる。


「孤独な玉座で誰にも認められないまま、それでも身を粉にして国に尽していらっしゃる陛下を労わる言葉が今まで一言もないないなんて間違っているでしょう?」


 だからこの集まりはロジェの祝勝会であって、新王を褒めたたえる集まりではない。


 しかも我が国に侵入した敵を排除したのだから、本来労わられるべきは他国のために働いたロジェだ。


「私だけが陛下に寄り添うこの寂しさをどうしてわかってくれないの…………?」


 なんて言いつつ自分に酔っているのは遠目からでもわかる。

 あまりに陶酔してぶるものだから、エルミーヌさまが恥ずかしさで横を向いているじゃない。

 さっきまで楽しそうに騒いでいた正規の招待客さえ白けてしまっている。


 そんな空気の中、新王だけは立ち上がって、シヴィルに感に堪えないような目を向けた。


「同じ王家の人間であるなら、殿下も不心得な臣下に思うところがおありでしょう? そのようなお話は王家の者でなければできませんもの」


 新王の反応に調子づいたシヴィルは、ロジェの手を握ってまた妙なことを言う。


 どうやらシヴィル的にはロジェを味方にしたいようだ。

 それによって強者のエルミーヌさまを孤立させる、なんてできるわけもないことを考えているのかもしれない。


「破廉恥…………」


 アンナさまが低く呟いた。

 厳格な公爵夫人としては、未婚の男女は手を握るのも駄目らしい。


 エルミーヌさまは横を向いたまま動かない。いえ、あれは笑いを堪えているのかしら?

 肩が小刻みに揺れているわ。


「臣下に問題があれば自分で言います。ひとまず手を放していただけますか」

「い、いえ、殿下の臣下ではなくこの国の不心得な臣下に対してですね」

「あぁ、そう言えば今日もすごいドレスを着てますね。手を放してください」

「ぶふっ」


 あ、エルミーヌさまが吹いた。


 けれど新王からはシヴィルが邪魔でエルミーヌさまが見えない。

 シヴィルはドレスを話題にされ、なんともわかりやすく釣られるようだ。


「やっぱり王家の気高い方ならわかります? この歴史の醸す素晴らしさ!」


 そしてロジェの手を離さないシヴィルが語り出す。


 ロジェとしては力尽くで手を払うのは簡単でしょう。

 だからこそ逆に振り払うのは紳士的にアウトだ。


「あの、手を…………」

「このドレスの歴史的な価値がわかるのはやはり歴史を知る方ですわ!」


 今度は私の隣でアンナさまが噴き出した。

 まぁ、珍しいこと。


「あれ、明らかにあの舞踏会の時のあなたの真似ではないの?」

「いえ、全然違います。気のせいです」


 アンナさま、やめてください。

 本当に同じにしないでください。

 あんな何も考えてない相手と一緒にしないで。


「金糸を織り込んだロータスピンクの厳かなこのドレスは、皇太后さまが先王陛下から初めて贈られた物で…………」


 一方的に話すシヴィルはロジェの反応なんて見てさえいない。


「このブロンズ色のリボンの重厚さがまさに歴史を物語っていますでしょう? 白いレースを引き立てるために、黒い立て襟を加えましたの。リボンと同色のこの造花は皇太后さまのお言葉を受けていますのよ。前立ての金ボタンも年代物で…………」


 正直シヴィルの趣味じゃないと思ったら、皇太后さまの意向が反映されているようだ。


「あぁ、あの時の。レースが増えてフリルが減っているのね。気づかなかった」

「アンナさまもご覧になったことが?」

「えぇ、皇太后さまが着る分には派手なほうだったけれど、こうしてシヴィルさんが着ているのを見ると地味に思えますわね」


 確かに物はいいのでしょうけれど、全体的にアースカラーで地味だ。

 良く言えば落ち着いている。ただ似合っているかと言えば振る舞いに合っていないと言うしかない。


「歴史ある王家を尊重できない者たちの心得違いを正すべく、皇太后さまが私に送ってくださったの!」


 なんだかんだ言ってその部分はあからさまに鼻息が荒くなった。

 どうやらシヴィルが言いたいのはこれらしい。

 皇太后が新王とシヴィルの結婚を認めたという証としてドレスを贈ったと。


 私がひっそり溜め息を吐くと、ロジェが口元だけを笑ませて答えた。


「歴史なんて王家を守る盾にしては薄く脆いと知らないようだ」

「え?」


 ロジェは話すことに夢中で緩んでいたシヴィルから手を戻す。


「だいたいそんなもの、過去を語るためにあるものじゃない。今の努力が後に語られて歴史になるんだ。口を開けて餌が来るのを待つだけの家鴨あひるが行きつくのは夕食の皿だけだろ」


 今までの紳士の範疇に収まっていた態度を捨てて、ロジェは冷めた目でシヴィルを見た。


 どうやら皇太后の後ろ盾は完全に見限る切っ掛けになったようだ。

 同時にそれは我が国に対してボルボー王国への脅威はないと見なしたことになる。


「恥ずかしげもなく自国の手綱が引けないなんて言うもんじゃない。なぁ、陛下?」


 ロジェの挑発に新王は簡単に乗って顔を赤くした。


毎日更新

次回:結婚強制

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