7話:弟来訪
王太子の即位は葬儀の後、日を置いて行われる予定だ。
葬儀の準備と同時に、多くの人間が忙しく動いていた中、渦中の人物であるはずの王太子がやらかしたという大問題があっても。
葬儀から即位の流れに変更はない。
「聖女追放に婚約破棄、その全てが独断となれば盛り立てようという気も失せますね」
ラシェルを見送った後、王都の屋敷で私を待っていたのは領地から呼び出した弟のトリスタンだった。
ことの顛末を聞いた後の感想が不敬な一言だけれど、概ね同意だ。
兄も弟も私と似ていない。
瞳の色こそ三人同じだけれど、顔つきはそれぞれ。
特にこの弟のトリスタンは長身でブルネットの優しげな風貌であり、ちょっと気の強さが隠せない私の顔とは対照的だ。
これは腹違いでお互いに母親似だったため。
「ただ、僕が呼び出された理由はわかりました。領地のほうで備えをしておきましょう」
顔こそ優しげだけれど、言っていることはすでに王太子の退位を見据えた反乱への準備。
性格的には見た目どおり大人しい公爵夫人より、苛烈なところもあるお父さまに似たのだろう。
「どういう退位の仕方をお父さまたちが迫るにしても情勢は荒れるわ」
「えぇ、備蓄と守りに使える領民への武器拡充などやることは多いですね」
「年数をかけて説得などとできないことが問題よね」
「それができれば即位前に退位を睨む必要もありませんからね」
意見を言い合った後、お互い無言でコーヒーを飲む。
カップを置くのを待ってトリスタンが口火を切った。
「イレーヌの見立てでは、聖女の結界はどれくらいもちそうなんですか?」
「正直、シヴィルの力では現状維持が精一杯よ」
「初代聖女の張った結界を維持することが今の聖女の務めでしょう? それさえ危ぶむ程度の能力なんですか?」
どうやら認識自体が領地住まいの弟とはずれているようだ。
いや、王都の中、王城の中でも現状を正しく認識している者は少ないかもしれない。
「そうね、王都の教会に出入りしていなければ知らなくて当然ね。…………実はすでに初代聖女の結界には綻びが生じているの」
話の危険性にトリスタンは口を引き結ぶ。
もう二百年も前の術だ。
未だに機能していることを褒めるべきかもしれない。
「すぐさま結界が消えることはないわ。けれどその綻びを修復する作業中だったの」
だから聖女の結界を支える柱である聖遺物を、安置場所である聖遺物教会から移動させていた。
本当にラシェルが持ち出してくれて助かったのだ。
綻んでいるとは言え柱のあるなしは結界維持への影響が大きい。
「民に不安を与えないために上層部だけで対処をするのはわかります。ですがそれ、王太子が知らないなんて」
「あるわけないでしょ」
私の即答にトリスタンはなんとも言えない、喉に何か引っかかった顔をする。
「聖女の結界に綻びがあると知っていて聖女を追放したんですか? なんです、あの方自殺願望でもあったんですか?」
「正直ラシェルへの劣等感から聖女を軽んじる発言はあったの。そこに自信過剰なシヴィルが付け込んだのだと思うわ」
「問題は、そんな馬鹿な思い込みを止めない周囲の馬鹿もですか」
辛辣だけれど、その馬鹿の中に私たちの長兄がいることを忘れてはいけない。
「それと、シヴィルはそこまで聖女の能力は低くないわ。ただじっと結界に力を注ぐための素養がないだけで。うーん、全体で見れば能力は高いほう。けれど能力の高い者の中で見ると下位に位置すると言うか」
「では、誰がやっても結界は現状維持がせいぜいだと?」
「そうね、けれど問題は他にあるのよ。聖女の交代には常に結界の揺らぎが記録されている。今回もそれがあるでしょうから、その揺らぎを耐える忍耐がシヴィルにあるかどうかなの」
「聖女の能力を見出されて一応の教育は受けたのですからそれくらい」
トリスタンの楽観に私は首を横に振る。
「シヴィルは辛いこと、きついことからは見苦しく逃げ出すタイプよ」
「それは…………」
「さらに言うなら、現状はシヴィルが教会に籠って常に結界維持に全力を注がなければ綻びが広がる危険性もあるの」
「綻びが広がるとどうなります?」
「まず魔物の流入が増えるわ。そして奇形の魔物が国内で目撃されることになる」
私は以前、結界に綻びがあることを知って調べた。
聖女交代後に報告された揺らぎと呼ばれる異変、それが年々増えているのだと。
「歴史に残る流行り病。あれも先代の聖女が交代した後のことだったわ。たぶん、揺らいですぐに異変があるわけではない。種のようなものが発芽するまでに時間がかかる」
「それまでに退位をと言うところですか」
「えぇ、きっと異変があった時負担が増えればシヴィルは逃げ出す。そうなればあちらも聖女追放の過誤を認めないわけにはいかないわ」
私の想定にトリスタンは溜め息を吐く。
その仕草はお父さまに似ていた。
「なんでそんなのに王太子が引っかかったんですか?」
「側近に姻戚の誰かさんがいたからでしょう?」
「あの人そこまで頭悪かったですか? 継嗣に据える分にはほどほどの能力くらい持っていたと思ったんですが?」
「うふふ、男って女で変わるそうよ?」
微笑みかけるとトリスタンは視線を逸らして黙る。
「す、すみません」
「あら、あなたが謝ることなんてないわ。婚約者がいるのに他所で女を作ってその相手と結婚するのだと騒ぎ立てた何処かの馬鹿に謝ってほしいものね」
兄のパトリックの妻がシヴィルの実姉。
正攻法では我が家に嫁げないような家格の令嬢だった。
「シヴィルは姉の玉の輿を羨んで自分も…………あぁ、もしかしたらパトリックという成功例がいたから王太子殿下も婚約破棄さえすれば婚約者を変えられるとでも思ったのかしら?」
「いや、それはどうでしょう?」
「あのお兄さまのことだから、浮気に酔った王太子の背中を押して同病相憐れむことをしてそうではない?」
反論しようとしたトリスタンは動きを止める。
そのまま悩ましげに首を捻り、目を瞑り、腕を組んで、一言を絞り出した。
「…………しそう」
「でしょう?」
だからこそラシェルには申し訳なさすぎる。
「僕が領地での備えを担当するのはわかりました。それで、お父さまは退位のみを考えられているのですか?」
「いいえ。結界維持に支障が出た時には、シヴィルの聖女としての不能を理由に攻めていくおつもりよ」
「自分の判断が間違いだったと認めさせ、王位を継続させるのですか」
「えぇ、実際問題魔物の増減よりも北からの侵略のほうが問題ですもの」
我が国を狙う北の王国、いえ、北の王国からすれば南に位置する国全てが欲望の的。
最近では東の隣国が北の侵攻を受け被害を出している。
「敵を寄せ付けない結界に綻びがあると知れれば死活問題だもの。さらに頻繁な王位の変遷があれば付け入る隙を作るだけでしょう」
「それで目を覚ましてくれればいいですね。一番はその可能性に気づいて自ら判断することでしょうが」
「すでにシヴィルを城に連れ込んでいる王太子殿下では無理そうね」
私はカップの中のコーヒーを飲んで話を変える。
「あなた、いつまでこちらにいるの?」
「明日にはもう領地に戻りますよ。取る物もとりあえず馬を飛ばしましたからね。一度戻らないと葬儀にも参列できない」
次に会うのは国王の葬儀。
参列を許されるのは貴族家の当主とその継嗣のみ。ただし正式な場の外には夫人とその子供たちが葬列を見送る。
「イレーヌこそこの後は?」
「まずはシヴィルの様子を探って、その後は教会へ事実確認ね」
ラシェルの避難が順調に行ったとは言え、まだまだ気が重くなる案件ばかりだった。
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