8話:区長の言い訳
王都の中心部には、王族の住まう宮殿から川を隔てた場所に、尖塔のそびえる教会がある。
白い石材で造られた荘厳な建物は、城とはまた違った厳粛な趣があった。
私はそこに公爵家の馬車で乗り付ける。
修道女では着ない赤いドレス姿で。
「ラシェルに会いに来たのだけれど?」
あえて正面から入って、常駐している修道女へ声をかけた。
観光地でもあるので正面から行けば必ず誰かいいるのだ。
私の顔を知っている修道女はこちらの身分を質すことなく、慌てて待つように言うと教会の奥へと姿を消す。
そして通されたのは、修道女の住まいでも聖女の御坐所でもない。
区長の執務室だ。
「私はラシェルへの面会をお願いしたはずですが? ラシェルは何処に?」
「挨拶もなく、さらには随分と空々しいことをおっしゃって、まぁ」
鼻眼鏡を取って区長が呆れたように眉間を険しくする。
その目には敵意にも近い色があった。
これはいつも顔を合わせる時に見る感情なので気にしません。
修道女の間でも噂だもの。
区長は自分よりも高い家の出の自分より若い女が嫌いなのだと。
「挨拶が必要だと言うのならここまで足を運んだことで済んだことになりましょう。では、私は修道院のほうへ」
立ち去ろうとする私に、区長は叱りつけるように机を叩く。
見ると椅子を指していた。
公爵令嬢への態度ではないわね。
そちらがその気なら、私も椅子にはつかず居丈高に応じましょう。
「空々しいとおっしゃいましたがいったい何がおかしかったのでしょう? ラシェルの後見である公爵家の者が聖女へ面会を求めることになんの疑義が?」
「普段にもまして攻撃的なその物言いこそ、語るに落ちると言うものでしてよ」
どうやっても上から来るなんて。
これだけ公爵家の者として来ていることを示しているのにあえて私個人を相手にするスタンスを崩さないおつもりかしら?
「聖女の身を預かるこの中央教会からなんの報せも説明もない状況で、いったい何を語れと?」
痛いところを突かれた区長は、口をすぼめる。
私が来るまで公爵家にラシェルを聖女から追放したとの報せはなし。
ラシェルを公国へ向かわせる手はずに三日。
送り出して弟と話したのが四日目。
父と会うため一泊した弟を領地へ送り出したのが五日で、同じ年頃の令嬢たちからシヴィルの情報を収集して昨日は終わった。
そして今日、七日目にして私が動いてここにいる。
「空々しいではありませんか、ラシェルが何処にいるなどあなたが一番よく知っているはずです」
もちろん。
けれど教会の動きを見るに私がラシェルを保護したことを掴んではいないはず。
ここは白を切らせてもらいましょう。
「私が知っているのは、王都の門をラシェルが、たった一人、馬車も拾わず出たことだけです」
「え!? 公爵家へ保護を求めたのではないのですか!?」
追放された聖女であるラシェルが、教会を出ては実家に帰る当てもないことを区長は把握しているでしょう。
そんなラシェルが頼るのは後見であり友人である私のいる公爵家。
そう思い込むのは自然なことではあるわ。
けれど思い込んで確かめようともしないのは怠慢以外の何ものでもないじゃない。
ましてや後見である公爵家に正式な言い訳もなく今まで黙っていたなどと、どういう了見だとこちらが聞きたいものだ。
「せ、聖女はいったい何処へ行ったのですか!?」
「それを、何故、私に、聞くのですか? ここは何処だと?」
今さら慌てる区長に、私は一言一言を丁寧に聞かせる。
いっそ嫌みったらしくなったけれど、もう嫌みを言ってやろうという気持ちになっていたので問題ない。
よくもまぁ、そんな体たらくで私を前に上から来たものね。
公爵令嬢などの身分を排しても、私は無実で追放されたラシェルの友人だというのに。
「この国には大枠三つの教会がありますわね? 初代聖女の聖遺物を管理する聖遺物教会」
話しながら歩いて指を一本立てる。
ざっと区長の机の上を見ると、どうやら書きかけの手紙が広げられていた。
手紙?
まさか我が家への言い訳を今日まで考えていたの?
その上直接言うのではなく手紙で済まそうと?
舐めてるのかしら。
「聖女の結界保持と浄化を旨とし、施療院を広く運営する守護教会」
数は多く民にも近しいのが守護教会。
聖遺物教会よりも知名度は高く、王都以外で教会と言えば守護教会を指す。
「そして、聖女を奉戴し各教会を統括することでこの国の安寧に寄与することを旨とする中央教会。聖女の選出と教育、聖女の務めを果たすべく存在する教会の修道院長でもあるあなたが、私に、聖女の居場所を聞くのですか?」
区長は修道院長を兼任している。
そして区長の上には司教がいる。
けれど聖女関連全般の実務を掌握する区長のほうが発言権は強い。
そんな区長は口が裂けても聖女の居場所を知らないなどとは言えないでしょう。
そのせいで区長の口はさらにすぼまる。
とはいえ、黙られても困るからこれくらいにしておかなければ。
「もちろん、ラシェルが出奔したと知り、その理由は調べました」
言い訳してみろと水を向けると、区長は気を取り直したようですまし顔になった。
「わたくしは神に仕える身であると共に、王国民でもあるのです。王命には逆らえません」
よく恥ずかしげもなく言えること。
今まで散々権力に屈しないとぶっていたのはなんだったのかしらね。
私の無言の非難に気づいて区長はさらに言い訳を続けた。
「また王太子殿下と聖女は婚約者同士でした。男女の仲も絡む世俗的な事案に教会が積極介入をするわけには参りません」
「ラシェルが王太子殿下の婚約者となったのは、聖女という地位ありきであるというのに?」
思わず鼻で笑うと、言い訳にもならないことを自覚くらいはしていたのか、区長は歯噛みして私を睨んだ。
なのでここは笑顔であえて言ってあげましょう。
「聖女となった者は平民であっても王族と結婚できる。これは聖女という国防に深く関わる人物を繋ぎ止める一つの手であります。これを世俗的な男女の仲と片づけるなど、ほほ、区長には縁遠いお話でしたかしら?」
もちろん生家の支援が乏しいラシェルは、その聖女の才能と相まって聖女選出と共に王太子との婚約が決定した。
売られるよりは求められて嫁ぐほうがいいとラシェルも受け入れての婚約だ。
「王命には逆らえないと言いますが、まだあの方は王太子殿下です。まして喪中の今、婚約破棄などという凶事をはねつける理由はいくらもあったと思いますが?」
命令が合法であっても抗う手はあったのよ。
だいたいお父さまが調べた限り聖女の追放には期限が区切られていないという穴がある。
なら命令を受け入れた態でラシェルをかくまうこともできたはずでしょう。
私は区長をもう一度正面から見つめた。
「王太子殿下がいらしてから間をおかずラシェルは王都の門をくぐっています。貴方はその時、いったい何をしていたのです?」
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