72話:司教との面会
私は中央教会で、聖遺物教会の修道士との面会を終えた司教を呼び出した。
ラシェルの後見である公爵家としてという、この名目に司教は逆らえない。
それは良かったのだけれど。
「何故区長がこの場におられるのでしょう?」
「修道院で生活していた者のことであるならば院長である私がいてなんの不都合が?」
司教に聞いたのに区長が答えたわ。
それにしても随分と喧嘩腰ね。
「司教さま?」
「その、はい、区長のおっしゃるとおりで。わたくしでは例の処遇について、その、疎いところがありますから」
完全に区長に押し負けているけれど、元からこういう人。
そもそも区長より若く、この司教が中央教会に赴任した時には区長がすでにいた。
地道に守護教会で実績を積んで、欲得など関係ない人望で中央教会の司教として推された、本来こうあるべき司教なのだけれど。
権勢欲もないために区長がのさばった結果が今だ。
貴族や権勢に近い者からすると、毒にも薬にもならない人と言える。
「ラシェルについては区長にと、さようですか。そうそう、先ほど珍しいお客さまをお見かけしました」
区長はラシェル関係で同席と言質を取ったからこそ、私は別の話題を振った。
「聖遺物教会の修道士の方がいらしておられたそうですね」
「本当に白々しい」
区長はいない者として目も向けない私に、司教は困っている。
私を訪ねて聖遺物教会の修道士がやって来たことくらい調べがつく。
同時にこのタイミングで私が面会を押し込んだことも想像にかたくない。
けれど無視だ。
「教会騎士団の派遣を要請されたとか」
「は、はい。由々しき事態であるとして、派遣をいたしますことに」
司教は守護教会にいた経験からその辺りはわかっている。
派遣はすぐに応じられたと聖遺物教会の修道士からも事前に聞いた。
「教会の中に騎士の方がいらっしゃるから何ごとかと思いましたわ」
「それは、お恥ずかしい」
「恥じ入るのならば礼儀を弁えない団長たちです! 身なりも整えず突然押し入ってくるなんて!」
恐縮する司教に区長が文句を言う。
思わず笑うと区長に睨まれた。
顛末を知っているのに話を振ったとばれたのだろう。
給仕をした者から聖遺物教会の派遣要請が漏れたのだ。
すると司教と聖遺物教会の修道士の面会の場に四人の騎士団長が乱入したと、件の修道士が苦笑いで教えてくれた。
「歴史ある騎士団であるというのに、まるでおもちゃを取り合う子供のように我も我もと押しかけて。国境に近いとは言え即座の危機などないのですから、騎士団一つが順に聖遺物教会を巡れば済む話でしょう」
区長は不満らしいけれど、司教は困りながらも意見を口にする。
「しかし、区長。周辺の守護教会のほうも騎士団は回ってくれると言うのです。一つ派遣して間に合わせるにはあまりに広範囲となりましょう」
「そんな表面上のことに惑わされて。いいですか、司教さま。あれはこの魔物の増加を機に、武勲を飾ろうと逸っているに過ぎないのです」
区長の一方的な言葉に司教は黙ってしまう。けれどその目には飲み込めない思いがあった。
騎士団長は名誉職で、国の戦争に関わることのない教会騎士団は形骸化の流れにある。
区長の言葉は一面において正しい。けれど、献身という教会に務めるものの美徳を否定することにもなる。
「まぁ、そうでしたの? 私はてっきり、何かこの中央教会を離れたい理由でもおありなのかと思ってしまいましたわ」
私の言葉に司教が苦渋の表情になると、対照的に区長は憤怒の表情になった。
中央教会に即座に乗り込んで来られる騎士団長ならラシェル追放の顛末は知っている。
そして思うところもあるだろう。
聖遺物教会の要請に応えようと名乗りを上げた騎士団長たちはそうした人物だ。
「それで、いったい幾つの騎士団が派遣されることに?」
へそを曲げた区長は答えないけれど、私は最初から司教にしか話しかけていない。
「三つの騎士団が派遣されます」
「よろしいですわね。昨今の情勢に不安を抱える民衆も、きっと雄々しく神の威光を纏った騎士団の姿に勇気づけられることでしょう」
私の肯定に司教はほっとする。
やはりこの方は中央に籠っているのは向いていない。
ラシェルと賦役をしていた時もこんな感じだった。
区長に押されながら意見を言っても封殺され、それでも何かしなくてはと動くのだ。
けれど悲しいかなここではその努力も区長に潰されてばかり。
思えば区長に難癖をつけられる私を庇おうとしたのはこの方くらい。
まぁ、庇うどころか司教に阿ったと私が罵倒されることになってしまったけれど。
「さて、それでは本題に参りましょうか」
気を抜いていた司教がびくっとし、区長は居直るように顎を上げる。
あなたはお呼びではないけれど、来るとは思っていたわよ。
「まずは私が聞き及んだことの顛末について事実確認を」
私はラシェルから聞いた王太子の乱入から区長がへたれるまでを確認する。
「その後、ラシェルは連れ出されそうになるのを自らの足で出られると言って、本当にただ一人ここを出て行くことになったとか。その際、誰一人ラシェルを引き留める者はいなかった。そうですね?」
「正式な命令が下った中、それに反することなどできますか」
開き直ってる…………。
自分が区長の座を盾に取られて退いたことさえ悪びれないとは。
「つまり、中央教会はすでにラシェルを聖女とはみなさないということですね」
「いいえ。そのようなことはありえません。今の世でラシェル以上に聖女の素養を持つ者はいないのですから」
本当にみみっちいわね。ここにきてラシェルを手放す気がないなんて。
追い出したと認めたようなものなのに。
それから益のない話が続いた。
区長が話すばかりで司教は恐縮したように小さなくなったまま。
「簡潔に申しますと、王命がない限り、この件について中央教会はなんら関与しないと?」
「えぇ、国に関わることですから」
「どうしてそこで恥ずかしげもなく」
「なんですって?」
あらいけない、本音が。
「いいえ。わたくしが中央教会というものを過信しすぎていたようですわ。いちいち国の命令がなれば動けない独立組織とは言えない存在だったとは。まるで子供の遣い、あら、言いすぎてしまいましたね」
笑顔で本音を言い直すと、聞いた区長は肩を震わせた。
言い逃れの恰好の盾に王命を利用しているのだから否定できるわけがない。
王命でラシェルを追放し、王命でシヴィルを聖女の御坐所に入れ、王命で聖女の御坐所を荒らし、各教会への発布や注意喚起もまた王命があって動くと今言ったのは区長だ。
否定しては言い逃れに使えないから私を睨むだけだなんて。
「申し訳ない」
突然司教が私に謝罪した。
恥じ入る思いはあるけれど、こちらはこちらで王命に関われるような縁故を築いてこなかったので本当に何もできない方。
「中央教会の意思はわかりました。それではわたくし、この後も予定がありますので失礼させていただきます」
中央教会のトップが私に謝るなどとという司教の弱気を、区長が叱り始める。
そんな内輪もめには興味がないので、私は適当な理由をつけて退席することにした。
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