73話:先代の聖女
教会を後にした私は馬車を走らせて目的地からは遠回りをした。
「手土産が必要ね。その間に先触れを」
応諾の返事をいただいて向かった先で待っていたのは、想定外の人物だった。
「これは、エルミーヌさま…………」
「ちょうど私も来ていたのよ、イレーヌ。急な訪問だなんて何か楽しいことがあったのでしょう?」
「エルミーヌ、まずはイレーヌを座らせますよ」
部屋の主人であるアンナさまが私を手招く。
私が訪ねたのは公爵夫人アンナさま。そこには先客の子爵夫人エルミーヌさまがいた。
「イレーヌ、あなたを訪ねて聖遺物教会の修道士がやって来たとは聞いています」
「そう言えば、聖女が聖遺物を借り受けていたはずよね。そこのところどうなってるの?」
アンナさまは遮るように聞くエルミーヌさまを睨むけれど、気になるのか私には答えるように頷いて見せる。
「実は、ラシェルが…………」
私は聖遺物をすでに返還していることを告げた。
途端にエルミーヌさまは絹の手袋に覆われた手で拍手を送る。
「やるじゃない。お人形みたいなだけかと思ったら」
「あの子は芯の強い聖女たる素養を備えているわ」
社交界の華であるエルミーヌさまは直接ラシェルを知らない。
公の場で側近くに見たことくらいはあるだろうけれど、そうした場でラシェルは静かに控えていることが多かった。
「聖遺物教会は、今回の件でラシェルを擁する公爵家に頼ったのね」
「はい、そうなります」
「わたくしのほうにも当代聖女が役目を放棄したのではないかと噂が入っております」
「かといって真実を流布したところであの区長は無傷なんだものね」
私は促されるままに、聖遺物教会の者が私に会うため来た理由、そして中央教会へ騎士団派遣の要請に向かった経緯を話す。
そして今日の面会の様子も全てお伝えした。
「相変わらずあの区長は…………」
アンナさまは苦々しげに呟く。
教会関係に疎いエルミーヌさまはある種他人ごとの態で聞いていた。
「そこまででしゃばることを許すなんて、司教が弱いのも相当じゃない。けど、それは想定内なのよね、イレーヌ?」
「はい、元から長くあそこにいる区長の押しの強さに司教さまは抵抗できない方でしたから、そこは想定の内です」
「そう言えば、聖女さまの選定も二代に渡ってあの区長が最終的に押し通したと聞いた気がするわね」
エルミーヌさまの言葉に、当事者でもあるアンナさまは一度頷く。
「えぇ、先代の聖女さまは区長に推されて聖女になりましてよ。といっても現れた対抗馬と言えばわたくしですから、押し通すと言うほどの強権ではありません」
アンナさまが見出された時、先代の聖女はまだその役目を継続できる年齢だった。
「アンナさま、聖女の御坐所の特性から交代すべきかで議論になったと聞いております」
「そうでしたね。最終的に安定を重視して先代聖女さまが続投をなさることになりました」
「まぁ、アンナを聖女にするには侯爵家を説得するところからになるものね」
貴族令嬢も賦役をするけれど、家の力によっては聖女の才能があっても聖女にはならないことがある。
聖女として国を支えるより、政治の一手として婚姻を結んだほうが有益な場合だ。
「先代の聖女さまがその役目に着いた時は一つ前の聖女さまの急死なさったのも理由の一つでしたね」
「その時、一番聖女の才能が強かった若い娘を選んだと聞いたわね」
エルミーヌさまはアンナさまからか内情は漏れ聞いているようだ。
「よりによって安定した時にアンナが現われたから面倒だったとも聞いたわよ」
「えぇ、わたくしは最初から交代するより継続を押していたのだけれど、先代の急死のこともあって若いわたくしに早期に交代したほうがという声も少数ながら」
一長一短の話だからこそ押しの強い区長が目立った発言をしたのかもしれない。
「そこからなんとなく区長の声の通りがよくなった気がするわね」
「イレーヌのお友達は?」
「素直で御しやすい子よ」
「あはは、アンナにお株が回らないはずよね」
アンナさまが端的にラシェルの性格と区長の思惑を伝えると、エルミーヌさまも笑う。
能力もあるけれど、確かに区長がラシェルを推したのは御しやすいという理由もあると私も思う。
「アンナさまもラシェルを聖女にと推してくださいましたね」
「わたくしだって最も初代聖女さまに近いと言われていたのに、それを上回る者が出たのですから、当たり前です」
「ねぇ、それって聖女の資質があれば誰でもわかるの? 才能の違いって」
エルミーヌさまには聖女の素養はない。
私はアンナさまと顔を見合わせた。
「わかる者はわかるとしか。私はあまり。そうした力が備わっている者はわかりますが、その力の強弱までは」
「私の私見ですけれど、先代の聖女さまはイレーヌと同じくらいの才能でしたわね」
「じゃあ、シヴィルは?」
エルミーヌさまにアンナさまは沈黙し、考える様子を見せた。
けれどそれで私よりは下位であることは伝わったのかエルミーヌさまは皮肉げに笑う。
「あの、先ほどの話の続きになりますが、騎士団派遣についてよろしいでしょうか。四人の騎士団長が乗り込み、派遣される騎士団は三つということになったそうです」
「さすがに意見をそのまま容れるのは憚られたため、三つをというところでしょうね」
「司教にしてはわかってるじゃない。…………で、も、望み敵わなかった団長は思うところがあるでしょうね?」
アンナさまとエルミーヌさまは悪い顔で扇子を広げる。
「派遣される方々は社交期なのに準備にお忙しいことかと思われます」
「けれど行くつもりでお一人外された方はどうかしら?」
「あら、だったら私が誘ってあげましょう」
とんとんと話が進む。
私に教会騎士団への伝手はないけれどアンナさまにはある。
そしてエルミーヌさまには社交期の夜会でも茶会でも好きに歩き回れるネームバリューがある。
「父もお招きいただければ幸いです」
「社交期の今、突発的なお茶会を開くことも、夜会に招待客を一人増やすことも容易いわ」
エルミーヌさまは心強いお言葉をくださった。
これで団長との繋ぎの手配は大丈夫でしょう。
王都に残るこの団長が中央教会周辺のことをお父さまへ伝える内部の協力者になってくれればいいけれど。
「いい機会かもしれないわね。北もいつまでも静観はしないでしょう。国内での混乱は必ず起きる。ならば、身中の虫は獅子と共に排除すべきでしてよ」
アンナさまが要領を得ない話を振ると、わかっているらしいエルミーヌさまは笑顔で応じる。
「そちらもそうだけれど、その区長もついでにどうにかするべきではない? 一度押さえ込んでもきっとまた同じことをするタイプよ」
私が来る前に何か話合いをしていたようだ。
「えぇ。区長が言い逃れもできないよう、ラシェルの追放を公にすべきでしょう。これ以上聖女に対して不信感を募らせるのは下策ですもの」
「あぁ、区長が陛下の采配を全面的に推したという形を作るのね。ふふ、だったらまたイレーヌには釣り餌になってもらおうかしら」
エルミーヌさまは扇子の向こうから私に笑いかけた。
餌である私に食いつくのは新王かシヴィルか。ただパトリックはもう嫌だ。
公衆の面前ではただの兄妹喧嘩にしかならないのだもの。
ただわかるのは、どうやら私の知らないところでまだ問題が起こっているようだということだった。
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