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71話:聖遺物教会の修道士

 馬係の報せは私への来客であり、相手は聖遺物教会。


 聖遺物をラシェルの名は出さず我が家から返還してある。けれどラシェルを表す印を使ったので意図は伝わっている。その上で私を指名したそうだ。


「お時間をいただきありがとうございます。我らが敬愛する聖女のご友人」

「王都を離れていましたもので、お待たせして申し訳ございません」


 やって来たのは服装からそれなりに高位の修道士。立ち振る舞いに品があることから貴族の出かもしれない。

 ただ通り一辺倒な挨拶の間も聖遺物教会の修道士は気ぜわしげなのが見てわかる。


「現状時間とはあまりにも早く過ぎ去ってしまいます。不躾ではありますが本題を」

「いえ、お心遣いありがたい。…………実は、信徒から聖女さまへの不信感を語る声が上がっているのです」

「…………その聖女とは」

「ラシェルさまです。国からなんの発表もなく、民のほとんどは中央教会にラシェルさまがいないことさえ知らないままですから」


 修道士の真剣さは、それだけ人心の不安を重く見ている証。

 実際に見て肌で感じているのだろう。


「民の目にも魔物の数が増えていることはわかっています。結界が今までのような効果を失くしていることに気づいている者もおり、それが不審に繋がっているようです」

「では中央教会からの対応は?」


 私の問いは普通のことだ。この国の教会を纏めるのは中央教会の役割なのだから。


 信徒に不安があれば対策を打つ。もちろん結界の不調についての対策もそうだ。

 だというのに修道士の顔は暗い。


「…………何も」

「何も?」

「はい。聖遺物教会では、公爵家からの返還に際して調べました。なので、事態を把握しています。しかし、守護教会では聖職者さえも聖女さまが不在である現状を把握していないのです」

「な!? ま、待ってくださる? え? 本当に何も? 中央教会は結界の揺らぎを把握していながら、なんの注意喚起もないのですか?」


 修道士は重々しく頷く。


 予想外だ。これは予想外に悪い状況になっている。


 新王のほうにばかり目が行っていたわ。

 まさか区長がそこまで仕事を放棄してるなんて思わなかった。


「さすがに動いたほうがいいと聖遺物教会のほうで意見がまとまり。そのために私が来ました。ですが、聖女さまに何かお考えがあっては邪魔にもなりかねない。ですので、ご友人に」


 現状が何かの作戦である可能性を考慮してまず私。


 いい判断ね。

 そしてそれだけこちらを重んじてくれるのは、やはりラシェルが聖遺物を返還したからこそだわ。


「どれほど把握なされていらっしゃいますか? ラシェルが何故…………?」


 あ、これは知ってる。すごく苦い顔になってるわ。


「王太子であった方の恋情故にと。お相手も戴冠式のことや、派手に着飾っているので」


 わからないわけもない、か。

 つまり地方の教会の者でも戴冠式の様子を聞き知ることのできる縁故のある者はラシェルに異変があったことを察している。


 その上で中央教会からのお達しはなし。だからこそ邪推や不安が膨れ上がっているのだ。


「シヴィルが数える程度ですが聖女の御坐所へ入ったことはごぞんじ?」

「なんですって!? 聖女さまがいらっしゃるにもかかわらず!?」


 激高するのは宗教者であるなら普通。

 同時に聖女の御坐所の特性を知っているなら危険性もわかっている。


 区長のやり方がおかしい上に、結界を弱めるだけの悪手。

 それをここでは共通認識にしなければ。


「初めてシヴィルが聖女の御坐所に入ったと聞き様子を見に行ったところ、結界の維持を嫌がって区長と言い争う場面に出会いました」

「なんと、そんな者が聖女さまを追いやったと?」

「落ち着いて聞いてください。シヴィルは務めを厭うあまり私に聖女の務めだけを行うよう我儘を言いました。そして、区長はそれに賛同し私に聖女の御坐所へ入るよう命じました」


 修道士は絶句してしまった。

 それはそうだろう。どう考えても聖女を軽んじる行いでしかない。

 区長は聖女になる前の少女を見すぎて聖女という存在に対する畏敬の念を忘れているのかもしれなかった。


「もちろん私は断りました。そこに入るべきは聖女であると」

「当たり前です。いえ、中央教会ではそんな当たり前のことも?」

「そうかもしれません。あまりに結界維持をおざなりにしたためか、聖女の御坐所でシヴィルは意識を失い、そこから陛下のお達しで危険を除くまで中央教会にはやらないと」

「は? …………はぁ!? それをすることこそ聖女であるのに!? 聞けば聖女さまを追放すると言ったそうではないですか!? 自ら招いた現状をなんだと思っていらっしゃるのか! 聖女の務めがそんな一朝一夕で移譲できるなどと軽んじられているのか!?」


 うんうん、そのとおり。

 本当にどうなると思っていたのだか。

 上手く行くわけがないと区長でもわかったのに。


 パトリックと同じような都合のいいことしか見ないのかしら?

 だとしたら現状も甘く見ている可能性が高い。


「へ、陛下はこのまま聖女の結界を放棄するおつもりですか!?」

「それはないものと思われますが、確かに言えるのは少々聖女という存在へのご理解が浅いかと。また、区長はラシェルが聖女として怠慢であったことへの監督不行き届きで罰せられると言われて王太子であった時の陛下の行動を黙認しています」

「つまり、中央教会側から現状動くことはないと?」


 この修道士は区長が中央教会で幅を利かせていることを理解しているようだ。

 であればこちらの現状にも配慮してくれるかもしれない。


「区長の失策は明白であると同時に、ことには陛下も絡んでいるのです。今少し、時間をください」

「それは、はい。ご友人の立ち回りについても耳にしております」


 何を聞いたのかしら?

 呪物についてだとしたら耳が早いし、直接動いたのはお父さまで、派遣元は中央教会。

 私に行きつくには長い耳が必要となる。


 私は目の前の修道士の評価を一段階上げることにした。


「…………ただ、三日後に中央教会司教との面会を取りつけてしまったのです。聖女さまのことや結界のことを言うべきではないでしょうか?」


 なるほど、手回しの良さが裏目に出て、待つにしても現状面会の名目が必要になったと。


「そうですね。結界については聞かないほうが不自然。けれどそこを攻めるにはまだ準備不足でしょう。かといってなんの解決もなく時間をかけても悪戯に民心を惑わせるだけ…………。では、教会騎士団の派遣を願ってはどうでしょう」

「おぉ、国軍の不手際に嘆く民には心強いことでしょう」


 教会側にも兵がおり、国とは関係ない兵力なので新王への報告なく動ける。

 所属は中央教会なので、修道士が派遣要請に訪れても不思議はない。


「そんなに国軍のことは問題になっているのですか?」

「地域を守るのは地元の男衆ですから。やはり不満は聞きます。それに軍内部からもやりにくいと聞こえておりますね」

「どうしても動きが鈍くなってしまいますものね。軍内部でも陛下に上申される方もいらっしゃるのですけれど、なかなか」

「えぇ。ですから、呪物への対処と同時に聖女の力を持つ修道女の派遣は妙案であったと」


 頷く修道士は、ちゃんと修道女を呪物対処のみならず、守りに寄与することもわかっていた。


「…………ところで、あの呪物の出どころは?」

「まだ確定しておりません。目撃情報なども募っているのですが、そちらもなかなか」

「内であれ外であれ、由々しき事態。ことの重大さを中央教会にはわかってほしいものですな」


 そんな話をしながら、私は修道士と共通認識を確立する。

 お互いに求めることと退くところを話し合って、修道士との面会を終えた。


毎日更新

次回:司教との面会

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