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シヴィル3

 王城で私に与えられた部屋は、未来の王妃に見合う豪華な内装で飾られていた。

 家具は一級品、侍女も高位の貴族の娘で、それらすべてが私の物。


「もっと大きなピンクベリルはないの?」

「それでしたらこちらなど如何でしょう、シヴィルさま」

「そんな色の薄いのじゃないわよ! 役に立たないわね!」


 使えない宝石商に腹立ち、私は宝石を並べた机を蹴る。

 机に並べられていた宝石は絨毯の上に散らばり、名のある宝石商は這いつくばって宝石を拾うことになった。


 椅子から立った宝石商の顔には、隠しきれない屈辱の色が浮かぶ。

 けれど何も言えずに小さくなって散らばった宝石に傷がないかを確かめるしかない。


「それで王室お抱えなんてよく恥ずかしげもなく言えるわね」

「は、申し訳ございません」


 若い私が責めても、年嵩の宝石商は頭を下げるだけ。

 こうして上下をはっきりさせるのは気分がいい。

 私がニコラさまに言えば王室御用達から陥落するとわかってるのよ。


 それに比べれば、私が社交界に出る時に実家に来た宝石商なんてひどいものだった。

 いい物を見せびらかしておいて高額を吹っ掛け、買えないならとグレードを下げて見栄えのしない安物を売りつけるなんてあくどい真似をして。


「シヴィルさまのお眼鏡に叶う品を探しますので、何卒お時間をいただきたく」

「言ったわね。じゃあ、見つかるまで王室に出入り禁止よ」

「そ、そんな!」

「もう用はないわ。帰って。次に会う時には約束の物を持って来なさい」


 私は宝石商の言い訳を聞かずに追い払う。

 昔実家にやって来た宝石商を思い出してすげなくあしらえば、文句も言えずに大商人が引き下がった。

 なんだか溜飲がさがった気分だわ。


 もう実家に出入りしてた宝石商も、私に意地悪をしたと噂を流して潰してる。

 今の宝石商は本当に大きくて色の深いピンクベリルを持ってくるなら、ちょっとの気の利かなさも許してあげてもいい。


「シヴィルさま、お手紙でございます」

「あら、何処からか招待状はあるの?」

「三つございます。それと」


 侍女が言いにくそうに四つの手紙を差し出した。

 見ると、よく知る聖印が一つに押されている。


「また区長!? 捨ててと言っているでしょう!」

「い、いえ、今回は司教さまからですので」

「同じよ! 捨てて! 次持って来たらあなた首にするわよ!? いいところの貴族の娘が陛下の婚約者に逆らって王城を追い出されるなんてどういうことになるかわかっているんでしょうね!?」

「は、はい! 失礼いたしました!」


 私の言葉で侍女はすぐに引き下がる。

 そして慌てた様子で司教の手紙を持って室外へと姿を消した。

 今まで私に豪華なドレスを見せびらかすようだった高位貴族の娘が、滑稽ね。

 生まれを鼻にかけて私のように努力しないからそうなるのよ。


 それにしても全く、区長だけでもしつこいのに司教までだなんて。

 ちゃんとしないからそっちが困ってるんでしょ。

 私のせいじゃないわ。

 なのに教会に来いなんて馬鹿じゃないの?

 偉ぶるんだったら結界の維持くらい自分たちでしないさいよ。

 私は聖女で未来の王妃なんだから、私の手を煩わせないでほしいわ。


「もう! それに招待状が三つだけってどういうこと!?」


 苛立ちのまま声を上げると、侍女たちは口々に私の機嫌を取る。


「それは、シヴィルさまをお招きする格が用意できないのではないかと」

「それに最近物騒な世情でございますし。呪物のことは聞こえておいでででしょう?」

「司教さまももしかしたら聖女さまへそのことで…………あ、し、失礼しました!」


 侍女の一人が口を覆って謝る。

 司教という言葉に不快感はあるけど、確かにそうかもしれない。


 国内に呪物が見つかったというのは私も聞いている。

 ただ見つかったのは国境近くで王都には関係がないし、中央教会が修道女を派遣して呪物には対処していることも知っていた。


「確か浄化は義兄さんが継ぐ予定の公爵領でやってるのよね。どうして公爵領なの?」


 私の疑問に口を滑らせた侍女が慌てて答える。


「公爵令嬢がいらっしゃるので、結界を張っているそうです。どうやら最初に呪物を見つけたのも視察に赴いていた公爵令嬢だとか」

「はぁ? この社交期にイレーヌは領地に留まってるの?」


 馬鹿じゃないの?

 王都にいて数々の貴族と顔を合わせ、着飾り、見染められるべく努力する。

 それが未婚の令嬢の社交期の有意義な過ごし方だ。

 そんな当たり前のことすらしないから行き遅れるのよ。


 賢しらぶってても結局はその程度の奴ね、イレーヌなんて。


「ふふん、結局ラシェルみたいな鈍い子を友人にしてる時点でイレーヌもたかが知れるってものよね」


 高位貴族と言っても私と違って先が見えてない人ばかり。

 その中で生まれの身分が低いラシェルなんて、財産の使い方も知らない馬鹿だった。

 宝石だっていっぱい持ってたのに、直し込んでほとんど身に着けないなんて。

 こんなの見せつけてこその宝飾品なのに、宝の持ち腐れとはまさにラシェルのことだわ。


 聖女のための領地から一定収入もあるし、王家から予算も割かれてるのに毎年余らせてたとか言うし。

 本当に聖女としても未来の王妃としても全然駄目な奴だったわ。

 その上余らせるような財産を貴族相手じゃなく貧民相手にばらまく真似までしてたんだから。

 慈善活動とか言ってたけど本当に無駄なことしてるわ。

 そんなところで人気取りしても結局は王都を追われるんだから。

 やるべきは財力を見せつけて、貴族たちに力と素晴らしさをアピールすることだったのよ。

 この私のようにね。


「…………ふん、まぁいいいわ。それで、招待状を送ってきたのは誰?」


 家名を聞いてもぱっとしない相手だ。

 私が以前、ニコラさまを落とす前に呼ばれた相手もいる。

 けど中小貴族で集まりの程度も知れてるのに、私がわざわざ足を運ぶ価値なんてない。


「行かないわよ、そんな相手の招待。私の先鋭的なファッション見せつける必要もない木っ端なんて行くだけ無駄じゃない」


 侍女たちは何か言いたげに口を動かす。

 けど微笑み直して頷くと招待状を三つとも引いた。


「もっと公爵家とかが参加する格式高い集まりがあるはずでしょ。なんでこんなに招待状が少ないのよ!」


 これじゃ婚約者になる前と変わらない!

 もっと大勢の、発言力のある貴族の前で私のファッションリーダーとしての格の違いを見せないといけないのに。

 あのこうるさい子爵夫人に自分の時代が終わったんだと教えないと、今後の社交界での活動に支障が出るわ。


「私は国王の婚約者よ? 木っ端貴族は論外だけど、参加してあげるつもりなのに気が利かないんだから! ちょっと! あなたたちの家の集まりはどうなの?」


 私専属の侍女は、伯爵以上の家の出の者たちで構成されている。

 三女や四女という家同士でのつながりを重視した婚約なんて回ってこない者たちだ。

 王城で貰ってくれる貴公子を捜してるのだから、この侍女たちも社交期にはそれぞれ集まりに参加するはず。


 何より妙齢の令嬢がいる家は婚約者となりえる者を集めるためにも、社交期に人を集めるし、集められる招待者側になるはずだ。


「その…………い、今は先王陛下の、喪中でもありますので」

「そうです、我が家もそれで自粛をする方針でして」

「え、えぇ。それに陛下が自粛なさっているのに臣下が…………」


 死んだ人のせいなわけ?

 先王なんて見たこともない相手のせいで!?


 そう言えればいいけど、これはさすがに言うわけにはいかないわね。

 それにニコラさまが開かないのは別に自粛じゃない。

 舞踏会が不調だったから、もうやらないって怒ってしまったのよ。

 なんでこうなるの?

 もっと私の華々しいデビューを飾るはずだったのに!


「もう! こんなはずじゃなかったわ! 今は社交期なのに!」


 私が声を上げればいい暮らしをしてきた侍女たちは肩を跳ね上げる。

 睨むとすぐさまお人形のように動かなくなった。

 高位貴族でも今では私に逆らえない。

 これが私の努力の末に手に入れた地位よ。


 それなのにドレスも宝石も私のファッションセンスも、称賛と注目を集める場がないなんてあんまりよ!

 せっかくニコラさまの婚約者になったのに、これじゃ婚約した意味ないじゃない!

 私の社交界の女帝としての栄達が待ってるはずだったのに!


「それもこれもイレーヌが余計なことしたせいで!」


 舞踏会の失敗はイレーヌのせい。

 司教から不快な手紙が来たのもどうやらイレーヌのせい。

 ラシェルが見つからないのも絶対イレーヌのせい!


 やっぱりイレーヌは邪魔しかしないんだから!

 修道生活の時も私がラシェルに無駄な仕事回してるのを見つけると文句を言って邪魔して来たし。

 やったふりして誤魔化してた課題も、イレーヌが余計なこと言ったから口うるさい修道女にばれたし。


「さては自分が行き遅れだからって私を妬んで?」


 ありえる。

 そう言えば古臭いドレスを舞踏会で見せびらかした時にも、公爵家から王妃が出たとか言ってたわね。

 あれは古臭い権威をかさに着たんじゃなくて、もしかして聖女にならなくても王妃にくらいなれるっていう私への宣戦布告?


 そうよ、それなら使えないラシェルを抱え込んで隠してる理由にもなる。

 聖女をラシェルに押しつけて、自分は王妃として好きに振る舞う。

 そのためには仲の悪い義兄さんが邪魔で、だから父親の公爵と仲違いをさせてるんだわ。


「本当に嫌な女。そんなのと友達気分のラシェルも馬鹿すぎるわ。こっちだっていれば使ってやるのに」


 あぁ、本当にラシェルは使えない。

 顔だけなんだから。

 ちょっと才能あるからっていい気になってもニコラさまに捨てられる程度の女なのに。


 せいぜい下々は将来の王妃のために働くべきなのよ。

 女の頂点に手をかけた私は尊重されて当然なんだから、イレーヌもラシェルもくだらないプライドは捨てて私にすり寄ってくればまだ大勢の前で笑いものにするくらいで済ますのに。

 なのに、思ったように言うことを聞く人間は少ないし、未来の王妃に説教をする人間が多すぎる。

 本当頭にくるんだから。

 きっと全部私を妬んで邪魔をするイレーヌのせいに違いないわ。

 絶対何処かでイレーヌには痛い目見せてやるんだから!


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