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68話:北の聖女

 わざわざ中央教会から聖女の素養がある修道女を引き離したのには狙いがある。


「中央教会でこれ以上区長が結界を弱めることがないように、聖女の御坐所に入れる人数を減らしたの。それと他にする者がいないという状態からシヴィルがどう動くかの観察ね」

「どうって、押しつける奴がいないなら自分が結界維持しなきゃいけないんじゃないのか? まぁ、聖女名乗っておいて聖女って言われる一番の理由をやりたがらない時点でよくわからない相手だが」


 国外のロジェでさえ、やはり聖女と呼ばれて信仰の対象にされるのは、国を守る結界の要であるからこそという認識だ。


「まずシヴィルのあの嫌がりようでは、結界維持をするとは思えないわ」

「動かないなら動かないで聖女の資質なしと言えるってことか。だが、そんなに嫌がるって相当きついのか、結界の維持?」

「聖女の御坐所で祈りをすればいいと僕は聞いていますが。あぁ、でも国が危機に瀕して結界を破られそうになると、聖女は倒れるほど国の平和へ祈りを捧げるとも聞きますね」


 トリスタンが昔話を引き合いに出す。


「結界に異変があるとそれを維持する聖女にも負荷がかかるとは言われているわ。だから普段から結界維持をこまめに行っておく必要があるの」

「あぁ、久しぶりに使う名剣より、普段手入れを欠かさない愛剣のほうが切れはいいみたいなもんか」


 残念ながらロジェのその例え、私にはわからないわ。


「手をかけて磨いたチーズのほうが…………やめておきましょう。つまり、シヴィルが嫌がるほど辛いのは、こまめに聖女の御坐所へ行かないから、と?」

「えぇ。聖女交代で揺らぎが起きている上に、一月も行かなかったのよ。素養の高さを抜きにしても、毎日欠かさず聖女の御坐所で祈りを捧げていたラシェルと比べるほうがおかしいの」

「比べる? なんだ、あの聖女さまに比べて劣るとでも言われて怒ったのか?」

「それくらいならまだましよ、ロジェ。ただの事実ですもの。けれど、シヴィルは自分への嫌がらせのために聖女の御坐所に何か細工をされたと言っていたわ」


 きっとそれを新王にも言ったことだろう。

 そしてその後さらに時間を空けて嫌々聖女の御坐所へ行ったら倒れた。

 これ幸いと聖女の御坐所や中央教会を悪く言って、聖女としての務めを放棄する言い訳にしたのが目に浮かぶ。


「イレーヌ、最初の予想ではあの令嬢でも真面目に勤めれば結界の維持は可能とのことではなかったですか?」

「おいおい、すでにその最初って頃から事態は動いてるだろ」


 トリスタンの繰り言に、ロジェはまた指先で結界の中の呪物を叩く。


「これの影響、どれくらい出ていたと思うべきかしら?」

「それはこの呪物がいつ設置されて、いつ頃からどれくらいの影響を及ぼしていたかを精査しないことには考慮すべきではないのでは?」

「隠し場所の違いもあって錆具合がそれぞれ違うから、はっきりとは言えないな。あの聖女さまがいた頃からかもしれないし、いなくなった後からかもしれない」


 ただ元の形がわからないほど錆びついた物はない。


 魔物の発生状況を考えるに結界というより魔物に影響するような気がする。

 聖女という個人とも言い切れない相手を呪う文言は、呪物としての体裁を整えただけとも考えられた。


「影響があったとしても、倒れたのはシヴィルだけなのよね…………」


 区長の独断で聖女の御坐所に入れられた修道女のことは調べた。

 その中に変調をきたして意識を失ったという報告はない。


 修道女たちも聖女の素養の高い者を選んで聖女の御坐所に入れていたようなので、単に素養の問題、と考えられなくはないけれど。


「結局、あの自称聖女が動いた場合どうなることをイレーヌは想定してるんだ?」

「正攻法は聖女の御坐所での勤めをさせるということなのではないですか?」

「けど勤めるのは嫌だと。王妃になりたいって言うんだったら、毎日教会通いくらい安いもんだと思うんだがな」

「まぁ、他国では身分制度上ありえない厚遇ですからね。…………その厚遇部分だけをひたすら求める姿勢は一貫しているようですが」


 聖女の働きがあるからこその厚遇、特別待遇だということをシヴィルは理解していない。

 思えば歴代の聖女にも、聖女の務めを疎かにして奢侈に溺れる者はいなかった。


 やはりシヴィルが聖女としては特異例なのだろう。

 まぁ、シヴィルを聖女として歴史に記すつもりがあるならだけれど。


「さ、今は先のことより目の前の問題よ。あの鎧らしき呪物、いったい誰が作ったのかしら? トリスタン。北にこんな呪物を作れる者の名を聞いたことがある?」


 首を横に振るトリスタンは、ロジェを見る。そのロジェは私を見た。


「北も宮廷魔術師は飼ってるんだ。それに鎧自体が呪物として優秀なんだろ? 誰が呪ったかなんて重要なのか?」

「浄化をするとね、呪いの本質が見えるの」

「呪いの本質?」

「人間性と言ってもいいわ。ともかく、感じるものがあるのよ」

「何か、嫌なものを感じたのですか、イレーヌ?」


 トリスタンに言われてつい苦笑が漏れた。


「逆なの。放置しても不明瞭な呪いの言葉でも効果を発揮した確かな呪物なのに、何故か、とても簡単に浄化できてしまったのよ。…………まるで、なんの執着もないかのように」


 呪いには多かれ少なかれ強い感情が宿っているものだ。

 誰かを害すならその害したいと願う思いが、不幸を願うなら不幸の具体的なヴィジョンが。


「ここには、明確な悪意がなかった。聖女相手にも、我が国に対しても。ただ、そんなことで呪いをかけられる人間がいるなら、逆に脅威よ」


 改めてまだ黒く染まった結界を見下ろして、私は危険性を伝える。


「この呪物を作った者は、特に怨みのない相手でも強く呪えてしまうかもしれない」

「それは…………厄介極まりないですね」


 トリスタンはことの危険性を把握して考え込む。

 そこにロジェが片手を挙げて話し出した。


「これ、兄貴が手に入れた情報なんだがな。どうも北の国に若く出自の不明な魔法使いが現われたそうだ」

「現れた?」

「おう。何処で生まれたのか、どうやって城に入ったかも何も掴めなかったらしい」

「他国から子供を誘拐して来たとでも?」


 嫌そうに聞くトリスタンにロジェは肩を竦めるだけ。


 国内で該当がなければ確かに他国からと考えられる。

 また魔法使いには文字の読み書きという学識が必要であり、教育を考えるなら実績のない若者を誘拐するメリットはある。


「ただ、妙な噂が調べてる中で聞こえたらしい」


 ロジェは一度言葉を切ると私を窺うように見た。


「…………北が、自国を繁栄させる聖女を呼び出した」

「呼び出した?」


 聞き直してもロジェは両手を広げてそれ以上の情報がないことを示す。


「俺も兄貴に聞いて、兄貴もスパイが拾って来た噂でしかない。それ以上のことはわからん」

「イレーヌ、聖女って呼び出すものですか?」

「そんなの聞いたことがないわ。少なくとも私が見た文献にある我が国の聖女たちは皆、国内の出自よ」

「俺も聞いた時、何処かの宗教関係のところから呼んだのかと思ったんだが」


 ロジェも本当にそう聞いただけのようだ。


 そして話の繋がりから、若く出自が不明な魔法使いを探る中で、聖女などという言葉が出てきたのだろう。


「聖女…………? あぁ、そうか。その魔法使いが女性なのね」

「何か心当たりがあるのか、イレーヌ?」

「推測だけれど、言葉の違いで訳がおかしくなったのではないかしら? 北の国は、我が国の聖女のことを魔女と呼ぶのよ」

「なるほど。女の魔法使いという意味での魔女を、我が国の聖女に対する蔑称と混同したからおかしくなったと」


 トリスタンは納得したけれど、ロジェは他国の人間のためかいまいち腑に落ちないようだった。


毎日更新

次回:止められる馬

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