69話:止められる馬
呪物の発見と対処で当初の予定は遅れていたものの、私は領内の視察を続けた。
理由があるとは言え一度始めたこと。顔を見せていない村の者たちが不公平感を持ってしまうから続けなければいけない。
という名目で、私はやって来た修道女をとある村で出迎えた。
「まぁ、わざわざ持って来てくださらなくても。呪物封印のために派遣されたのですから」
「い、いえ。お役目ですから。このまま公爵のお屋敷まで私が、運びます」
「屋敷に置いているわけではないので、そこまで移動していただかなくとも結構ですよ」
「え…………、あの、お屋敷を裁量なさっている公爵夫人へのご挨拶を…………」
「今回の件で親類縁者とも不安が大きいようで、私よりも忙しく移動をしていますの。急なことではお時間も取れませんし、お気持ちだけ」
あれこれ理由をつけようとして公爵家の屋敷に来ようとするこの修道女は区長の腰巾着。
事前にその修道女を受け入れた領地から、頑なに我が領へ行くと言い張った、怪しいと連絡が回って来ていた。
まぁ、探りを入れる意図は察して余りあるけれど。
ラシェルの所在を確かめようとしているのでしょう。
もちろん、呪物は私が受け取ってこれ以上の長居は許しませんけど。
「どうもあの修道女は美しい娘を見なかったかと、近辺の教会に問い合わせたそうです」
領地にいた間諜の『馬』を使って探らせたところ、そんなことをしながら王都への帰途を渋っているようだ。
私はすでに呪物の回収を理由に帰途についている。
「教会の者の答えは、領主館に公爵令嬢さまがいらしてると」
「え、私?」
「はい」
そんな真面目に答えないでほしいのだけれど。
絶世の美女なんてそういない、となると美しいと聞いて私レベルということね。
「褒められたと思っておきましょう」
私の答えに『馬』は否定ではなく苦笑する。
どうやらラシェルを見たことがあるようだ。
馬車を待たせている最寄りの町まで『馬』と歩き、呪物を安置している場所へ向かう。
それから屋敷に戻ると、車止めから降りるとまず『馬』が異変に気づいた。
「お嬢さま、ボルボーの殿下が…………」
困ったように言われて見れば、ロジェが使用人に絡んでいる。
これはもしやまた我が家の内情を聞き出すつもり?
けれど近づいて違うことがわかった。
同時に特殊な訓練を受けた『馬』が困っていた理由もわかる。
「何をしているの、ロジェ? その者は私の馬係なのだけれど?」
声をかけるとロジェちょっと驚いた様子で私を見て、馬係を見て、さらに私につき従った『馬』を見た。
その目には納得の色が浮かぶ。
「呆れた。どうしてその者がそうだと気づいたのか聞いても?」
明らかにロジェは馬係が間諜であると気づいて止めていた。
そして私のつき従う者もまた間諜だと気づいたのだ。
私から見るとどちらもいっかいの使用人にしか見えないのに。
「はは、なるほど。公爵家お抱えか。どうりで全く馬脚を現さないわけだ」
ロジェ言って降参するように両手を上げて見せる。
馬係は公国へ行く前にお父さまにお願いしていた私専用の者。本当ならここへ来た理由を聞かなければいけないのだけれど。
何故ロジェが見破ったのかも知っておかなければ今後の扱いに困ってしまう。
「俺は単に見慣れてるだけだ。兄貴が子飼いにしてる奴らの腕試しで、俺たち弟の過去の失敗や今抱えてる秘密なんかを探って来いって嗾けてくるんだよ」
「え、えぇ? 兄弟相手でもそれは…………」
「だろ? さすがに二番目の兄貴のところに送られた奴が瀕死にされてからそっちには送ってないらしいけど。俺や弟のところには来るんだよ。しかもこっちが気づかないと答え合わせって言ってわざわざ兄貴が調べた内容確認しに来るんだ」
「…………仲がいいのは、わかったわ」
「いや、その度にまたかって喧嘩だ。見つけりゃ俺も叩き出す。まぁ、そんなことしてたから特有の目配りみたいなもん気づいただけだ」
これは特殊事例、とは言え気づく者は気づくということね。
『馬』の使い方は気をつけないと。
「で、怪しい奴がイレーヌ訪ねて来て、しかもここの使用人も顔と名前が一致しない。このまま入れるのどうかと思ってな」
「あら、心配してくれてなのね」
「なんだと思ったんだよ?」
「いいえ、なんでもないわ。いい勉強になりました。お礼を言うわ」
「じゃ、こいつ公国からの手紙を持って来てるらしいから、イレーヌへの手紙の内容教えてくれ」
そう言ってロジェが片手に持った手紙を振る。
従兄弟のジルの紋章があり、宛名も見えるように翻したそこにはロジェの名前があった。
そうなると私宛の手紙を書いた相手に心当たりが、というか絡んで手紙を取るまではしていたのね、ロジェ。
まったく油断ができないのだから。
「中へ入りましょう。手紙を持って来てちょうだい」
「は…………」
馬係に覇気がないのは大失態を自覚しているからかしら。
私と戻って来た『馬』は外出から戻ってもついてくる。
これは後輩の失態を前に次がないように目を光らせるつもりなんでしょう。
「俺のほうはただの恋愛相談だな。公子の猛攻が激しすぎて、体力が追いつかなくなったらしい。ジルの奴、公子と喧嘩になったらしいぞ」
誰と言わずとも、ラシェルの体力がと言うのはわかる。
けれどあの学者肌のジルが喧嘩だなんて想像できない。
「あぁ、こちらにもその顛末が書いてあるわ。叔母さまが公子を諭されて、怪我を負ったジルは治療してもらったようよ」
体力が切れていてもラシェルは無理して治療を施した。どうやら自分が喧嘩の理由になってしまったことを悔やんでいるようだ。
そしてその他にも、公国での魔物退治や盗賊退治に傷病者の手当てなど、活躍が書いてある。
「本当に色々やっているわね。これでは私も体力がもたないし、こんなの疲れるに決まっているわ」
「ジルが止めてもこれくらいしか今はできないってやるんだそうだ」
「奉仕精神は強いほうだったけれど明らかにやりすぎよ。我が国の状況が聞こえているのかもしれないわね」
「魔物が増えて結界の揺らぎが顕著って?」
聖女として務めを果たせない現状を公国の役立つことで紛らわそうとしているのだろう。
「あまり派手に動くのはよろしくないな」
「えぇ、そうね。それに派手に動く公子が近くにいるのは、女公なりの目暗ましでしょうから、公子を遠ざけるのは違うわ」
「動機はどうあれ、やる気のある奴を抑えつけてもいいことはない。ほどほどにできることをやらせるべきだな」
私はロジェに頷きながらラシェルの息抜きを考える。
「呪物の件もあるしちょうどやってほしいことがあるわ。返事を書きましょう」
「なぁ、ジルのほうはもう素直に口説けって言っちゃ駄目か?」
「駄目に決まってるでしょ」
「婿入り覚悟でって言っても?」
「駄目ね。婿を取るような家ではないし、その辺りまた面倒なのよ。いっそ、ジルが外交官にでもなってヴァルシアに家を作るほうが確かよ」
「ジルのあの性格で外交官なぁ。出家してこっちの宗派に鞍替えするほうが早くないか?」
それだと結婚も恋愛も禁止なのだけれど。
「お嬢さま、歓談中に申し訳ございません」
外出からついて来た『馬』が声を上げた。
どうやら馬係と無言の情報交換をしていたらしい。
そしてわざわざ言ってくるということはそれほどの問題が起きているということだろう。
「いいわ、話してちょうだい」
許可を出すと馬係が領地へ来た理由を話し出した。
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