64話:仕掛けられた呪物
隣の領に巣食っていた鼠の魔物の駆除を終えて。
その数四十九匹。
内、牛ほど変異種が五体。
他は犬並みとは言え、四十を超える群れだった。
「簡易ではありますが、討伐記録をお持ちいたしました」
「いや、イレーヌ嬢。わざわざありがたい。まさかこれほどの数が…………」
私が今いるのは国境近い館。
国境の砦を望む塔の上で、領主へと報告を行っていた。
領主子息は大量の死体の処理があるので、私が代行と共に視察を申し出たのだ。
「この魔物は見た目どおり繁殖力が問題になる種ですから。今回我が領へと侵入した大型は、巣が手狭になったことから迷い出たのでしょう」
「ふぅむ、普通個体が繁殖する中で時折大型が生まれていたと思うべきか。ある程度警戒網を抜けることは想定内でも、まさかそんな大型が、しかも領内で変異しているとは」
領主は重い溜め息を吐いて、考え込んでしまう。
その沈黙の内に、一緒に来たロジェが私に聞く。
「ここに来るまでに発生数を聞いたが、ちょっと考えられないくらい多いな。これは結界が揺らぐと良くあることなのか?」
「それは…………」
答えようとして、領主がロジェに目を向けたことに気づいた。
「申し遅れました。この方はボルボー王国のロジェ殿下。我が領へ視察にいらしていた折、魔物討伐にご助力をいただきました。魔物との交戦経験のない我が領の者たちを良く率いて、大型の魔物を倒していただいたのです」
「おぉ、そうでしたか! ボルボー、なるほど。足運びがただ者ではないと思いました」
領主はそう言うと説明を引き受ける。
「これくらいの数は記録を辿ればあるのですが、想定以上と言う他ない。多くは魔物が増え、そして変異が起こるという段階を経るのですが、どうも今回はそれが同時に起きていると想定したほうがいいかもしれませんな」
「鼠という魔物の性質を考慮に入れても多いと?」
私の確認に領主は一つ頷いた。
「先ほどそちらの殿下が結界の揺らぎとおっしゃった。つまり、ごぞんじなのですかな?」
「あ、すまん」
ロジェの珍しい失態に私は小さく笑う。
この領主にはこちらで把握している新王と中央教会のやらかしを伝えてある。
その上で守りを堅固にしてもらうためだ。
「ロジェ殿下とは少々事情がありまして」
詳しく語らない私に領主も深堀するような不躾な真似はしない。
元よりこの領地だけで負担を強いるわけにはいかないので、ある程度すり抜けは許容すると伝え協力関係を築いている。
同時に我が家からも人や物資を出しているので、信頼はしてくれているのだろう。
「参考までにボルボー王国での魔物対策について窺っても?」
「対策か。こちらは街から離れれば必ず出るものという認識だな。だがその分、常に数を把握して駆除費も予算として取っている。数が多い場合は懸賞金をかけて腕に覚えのある民にも駆除を担わせているから、この国とはずいぶん違う」
「ロジェ殿下は以前、熊型の魔物の討伐を行っておりました。拝見した限り、魔物との戦い方というものを熟知していると言えるでしょう」
「ほぉ」
領主の耳を傾ける姿勢には真剣さがある。
それを見て取ったロジェは、端的に領主が聞きたいだろうことを教えた。
「ボルボーでも変異はある。ただここほど急激に多種に渡ることはない」
ロジェの断言に、私も領主も渋い顔になってしまった。
正直歴史を紐解いてもなかなかない状況だ。
数が増える、変異種が目撃される、それはあったこと。
けれどその両方が同時進行の上に短期間で起こっているとなると、かつてどおりの結界の揺らぎなどとは思わないほうがいいのだろうか。
「ロジェ、もしそうした状況が国許であった場合、何か、そのような状況に陥る原因に心当たりはないかしら?」
「うーん、聖女の結界に守られたこの国特有の事象だと思ってたんだが」
私たちの表情でロジェも違うことに気づいたようだ。
考え込んだロジェは指を一本立てた。
「一つ、異常な魔物発生の報告があった時、真っ先に疑うことがある。偶発も含めて人為的に魔物が発生する場が作られることだ」
「場が?」
「そう。簡単に言うと魔法使いが失敗したとか、大量の死体の埋葬が間に合わなかったとかだな」
「はぁ、なるほど。それは聞いたことがありますな。戦場などで魔物が異常発生すると」
「そういうことだ。まずこの国以外でなら魔物が異常発生した原因を探る。ただここはなぁ…………」
ロジェは困ったように塔から見える国境を見回す。
隣国での常識はこの国には通用しない。
まず魔物がいないことのほうが普通なのだから。
「あら?」
塔から見る景色は遮る物がなく、砦の哨戒の兵が見える。
「どうした、イレーヌ?」
「む、どうやらまた魔物が現われたようですな」
哨戒の兵の動きが変わったことで領主が異変に気づいた。
けれどロジェは否定する。
「いや、イレーヌは兵が動くより早く反応した」
「…………確証が持てないわ。あそこに行ってもよろしいかしら? もしかしたら悪いことが起きているかもしれません」
私の言葉に領主すぐに手配をしてくれた。
私たちが砦に着いた時には狼型の魔物が討伐された後で、変異種であるということもない。
「気配を感じる…………」
「イレーヌ嬢、いったい何が?」
「結界を張る際、心の目で善悪を捉えろと中央教会では教えられるのです。善なるものは守り、悪なるものを拒絶しろと」
私は領主に答えながら自分の感覚に従って歩く。
先に立とうとする護衛を手で止めて、私は自分の前に結界を張った。
「先ほど魔物が現われる前、私は悪なるものの気配を感じた気がしました。そして、ここに来て確信しています。砦の近くに悪い物がある」
「悪い物? 確かに魔物の発生に関して、死や病といった不吉と言われるものの側に湧くことがあると聞くな」
ロジェは腰の剣に手をかけて応じる。
領主も私に続きながら手勢に警戒態勢を取らせた。
砦の周辺は見晴らし良く作られている。
木々は伐採され魔物が隠れないよう下草も定期的に刈られているようだ。
そんな場所に崩れた石積みがあった。
「…………これは、古井戸?」
「誰か、これについて知っている者は?」
「は! 以前はこの周辺に馬場を設けており、使っていた井戸ですがすでに枯れています」
兵が言うとおり、滑車は取り外され石積みも手入れされず崩れている。
その石積みの中を覗こうとしてふらつくと、ロジェが支えてくれた。
「イレーヌ? 顔色が悪いぞ?」
「みんな、わからないのね? ここには多分、呪物が放り込まれているわ」
「じゅ、呪物!?」
領主は大袈裟なほど声を上げた。
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