62話:魔物の異常発生
ロジェは宣言どおり牛ほどの大きな鼠の魔物退治してみせた。
調べるとやはり既存の魔物の大型。
どうやら毒はないようだ。
そんなところで領主館から増援がやって来た。
「隣の領地の領主は社交期ですが王都に行かず残っています。領主に報せを発しましたが、領主自ら国境に赴き兵の慰労をなさっているそうで不在です」
合流したトリスタンと一緒に、公爵領側の山林を捜索したものの巣は見つけられず。
猟師などの見解では独り立ちしたばかりの鼠ではないかとのことだった。
つまり確実に何処かで魔物が繁殖している。
私たちはそのまま兵を率いて隣の領地へと向かうことにした。
「お忙しいでしょうに、申し訳ないわ」
「国境を抜けられ営巣されていたんだ。知らないままよりこうして対応を協議してくれる隣人がいるだけ僥倖だろう」
「近隣とは連携を心掛けたつき合いはしていますから。わざわざ王都に膝行して告げ口するメリットもありませんし」
馬の上でロジェとトリスタンがそんなことを言う。
もし政敵であれば相手の失点として喧伝する利はある。
けれど今は足を引っ張り合うより連携して魔物に当たらなければいけないのはわかっていた。
とは言え、現状が結界の揺らぎのせいだと思えばやはり他人ごとではいられない。
「見逃してしまうほどに魔物が増えていたなんて。私も文字の上でしか理解していなかったのね」
あの新王と同じ程度では、ラシェルを国外に逃がした者として責任感が足りない。
気を抜いてはいられない。
私たちは領の境を越えて一番近い村に向かう。
村の集会場にはすでに領主の代理が兵を連れて待っていた。
「この度はご足労いただきありがとうございます。それに、高名な公爵令嬢まで…………」
「いいえ、同じ国を支える者同士。手を取り合える時には進んでせねば」
やってきていたのは領主の子息。
普段からトリスタンとは近い者同士らしくその名は聞いたことがあった。
あちらも私のことを聞いたことがあるのか、トリスタンではなくまず私に声をかけて来る。
そんな扱いにトリスタンが馬を降りつつ領主子息を横目に見た。
「鼻の下伸びてますよ」
「え? あ、その…………」
たぶん蔑ろにされた腹いせなのでしょうけれど。
領主子息は慌てた様子で鼻の下を触って確認する。
「トリスタン」
気安さからか領主子息を困らせる弟を咎めると、子息のほうが赤くなってしまった。
これは話を逸らしたほうがいいかしら。
「本日はよろしくお願いいたします。微力ながら手助けをさせていただきます」
「は、はい! 皆の者! やるぞ!」
「「「おー!」」」
士気が高い。
領主館から連れてきた兵のみならず村の手伝いの者まで声高らかに領主子息に応じる。
勢いに呑まれていると、いつの間にか私の背後に寄っていたロジェが囁いた。
「美人の効果すごいな」
振り返るとロジェは面白がる様子。
それにトリスタンは肩を竦めてみせた。
「我が公爵領でも、イレーヌが来ることを領民に伝えておくと普段よりまめに働く上に、自主的に美観まで整えようとしてくれるんですよ」
「あー、わかる。動きやすさに気を付けてるとは言えドレスだもんな。むさくるしい所に来てほしくない」
「…………それは、私が行っては無理をさせてしまうということかしら?」
もしかして歓迎されてない?
やる気になってくれるのはいいけれど負担になるのは望むところではないのだけれど。
そんなことを考えていたら、トリスタンが首を横に振る。
「たまの引き締めにもなりますから、イレーヌは今までどおりでいいですよ」
「ま、いつまでも姉に頼ってるわけにはいかないものな」
軽口を叩くロジェをトリスタンは軽く睨む。
これは数日過ごして打ち解けたと思っていいのかしら?
「ともかく私たちも捜索に加わりましょう。山に入るなら人手を別けないと」
「連れて来た分は四つに分けましょうか」
私とトリスタンがそう言い合うと、領主子息が村人たちを指す。
「近隣住民が先導を行います。二人一組、いえ、三人一組で四組回しましょう」
私たちは基本的に領主子息の指示に従う。
行動に際しての判断は我が家の者たちは我が家のほうで。
下手に連携を心がけるよりも今回は人海戦術だ。
ただそれらを統括するのは領主子息としている。
「指揮権を譲っていただきありがたい。これで我が家も面目が立つ」
子息は恥ずかしげに笑った。
魔物の繁殖気づかず他領に迷惑をかけたとなれば責められる立場だ。
それが人まで借りて尻拭いとなれば、恥でしかない。
「国境の守りに人を割いていらっしゃるのですもの。我が領が安寧を得ているのはこちらの領が負担を引き受けてくださっているからこそ。これくらいのお手伝いは当然です」
私の受け答えに領主子息いちいち頬を染める。
純朴なのでしょうけれど、これでラシェルを見てしまったらどうなるのかしら?
もしかして、ラシェルを見て倒れる民衆はこういう人物なの?
「はいはい、俺たちが山登りしてる間にそこ、抜け駆けするな」
ロジェが捜索から戻ってそんなことを言う。
指揮をする領主子息は一カ所に留まり報告を受ける。
乗馬服とは言え山歩きには向かない私も待機していた。
ロジェを押しやってトリスタンも戻る。
「それらしき穴を見つけました。確認をお願いします。あと、姉を口説くならまず父の了承を得てください」
「う…………それは」
もう、本当にロジェが余計なことを言うせいで、トリスタンが無闇に波風を立てるようなことを言うようになってしまった。
「ただお話をしていただけよ。案内してちょうだい」
今までその辺りには無関心だったトリスタンが、領主子息に近寄って何やら牽制しているようだ。
別に姉を取られるなどということはない。
そんな性格じゃないし、それで言えば兄弟で一番情が深いのはたぶんパトリックだ。
その分怨みも深いけれど。
私はトリスタンと仲はいいけれどあまり執着や強い感情を向けられた覚えはなかった。
「じゃ、山道は危ないから俺が手を」
「あなたもですからね、ロジェ」
私の手を取ろうとするロジェにも、トリスタンは牽制を向ける。
「はいはい。だったらまずは大事なお姫さま怪我させるわけにはいかないだろ。イレーヌ、ほら」
差し出された手を見て、以前もこうして手を借りたことがあることを思い出す。
あれは中央教会へ観光に行った時、馬車を降りる際のこと。
あの安定を思えば確かに手を借りたほうが安全だ。
私は厚意としてロジェの手に捕まることにした。
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