59話:兄弟仲
「それで? 実際そのカロリーヌは悪女なのか?」
ロジェが改めてそう聞いて来た。
「パトリックよりもずっと状況判断は的確よ。少なくとも日頃彼女に接していた兄の住まいの使用人たちはカロリーヌに同情的だし、男爵領を任されている代官にも細々と気遣いをしていたらしいわ」
男爵領引き上げに代官が物申したくらいには。
曰く、カロリーヌならパトリックを正しい道に導ける才覚があると。
そのカロリーヌという妻をお父さまが認めていないのだから前提からして無理なのに。
「つまり、慎ましくて気回しもできる女?」
「婚約者のある相手を篭絡させて婚前に孕んだのですから悪女は悪女ですよ」
トリスタンは何処か投げやりだ。
私は婚約解消となったけれど、トリスタンに至っては婚約者もいないまま今に至る。
私と同じであんな兄がついてくる結婚を望む女性がいないせいだ。
それでも何人かお付き合いした女性がいると言うのだから、トリスタンはもてるほうなのだろう。
「うん? 婚前の子供って、嫡出認められるのか、この国?」
「「いいえ」」
トリスタンと異口同音に答えてしまった。
弟が譲るように手を向けてくるので、私がロジェに答える。
「婚前に生まれた子供はどうやっても私生児扱いよ。そこは教会が受け入れないのはパトリックもわかっていたわ」
結婚してからの子供が夫婦の子供であるという規定は教会が定めている。
しかも我が国の教会ではなく、各国の教会を取りまとめる大本が。
これは有力貴族だろうと覆すことはできない定め。
「だからカロリーヌが出産する前、お相手の家から婚約破棄を叩きつけられた途端、大喜びでカロリーヌと結婚したのよ」
「それ、良く公爵許したな」
「許しているわけないでしょう。結婚証明書を金で買ったんですよ、あの人」
「お、おう、なるほど」
婚約破棄が決まったその日に、近場の教会に駆け込んで司祭に金を握らせ、その場で結婚の誓約を果たしてしまったのだ。
「家長を無視して勝手に結婚って、それ、よく今まで継嗣の座に居続けられたな」
「えぇ、お父さまの顔に泥を上塗りする行為ですもの」
「あの時はここにも親族郎党が押しかけて昼夜怒り狂って大変でした」
もちろんやって来たのは我が家の関係者。
その頃はもう王都にいた私とお父さまに、公爵領へは絶対来るなと手紙が来たほどだ。
「あぁ、もちろんパトリックには色々と罰を下しはしたのよ。けれどその時すでにパトリックは王太子の側近だったの。周囲との兼ね合いでいきなり継嗣を降ろすことができなかったのよ」
「一応、真面目に謝罪を続ければ継嗣として再起の目もあったんですけどね」
トリスタンが乾いた笑いを漏らす。
私も忙しさの中の小休止だったはずが、精神的に疲れてしまった。
「つまり問題はカロリーヌって妻じゃなくて、兄貴のほうなのか」
「一番の問題と言えばそうね。カロリーヌは自分がわめいても現状好転はしないことをわかってはいるのだと思うわ。だから基本的に慎ましく反省の姿勢を示しているの」
「で、それをぶち壊すのが夫と。なんだかなぁ」
ロジェが呆れると、トリスタンが遠い目をして思い出を語る。
「パトリックは元婚約者がカロリーヌの謝罪の手紙を拒否した時にも暴れましたね。もしかしたら、今も手紙を送っていることで謝罪は済んだなんて思い違ったのかも」
「ないとは言えないのがパトリックよね」
私はトリスタンと一緒に溜め息を吐いた。
視野が狭いなら広げる努力をすればいい。
考えに偏りがあるなら自覚を持つようにすればいい。
けれどしなかったのがパトリックだ。
指摘しても怒って暴れるので、何人の家庭教師がやめて行ったことか。
それでも継嗣として教え込んでお父さまは育てた。
なのにこうして結局手をかけた全てが無駄になる決断をしなければいけなくなっている。
「…………パトリックはきっと、自分が好む相手以外はどうでもいいのね」
「妹も弟も?」
ロジェの意地悪な問いに、私は否定の言葉などない。
トリスタンも肩を竦めて答えない答えに、ロジェはちょっと驚いたようだった。
きっとロジェの知る兄弟関係とは違いすぎるのだろう。
「そう言えば、あなたを継嗣にとボルボーの陛下はおっしゃったそうだけれど。それは兄君方の了承の上でなの?」
知らなかったトリスタンが驚いて私とロジェを見比べた。
「あー、一番上は色々頭が良くて手回しが早すぎたせいで、いまいち国で信用されなくてな。いっそ全部の黒幕兄貴じゃないかと言われるくらいだ」
「ボルボーの第一王子は、子飼いのスパイを抱えていると聞きますね。それらを国内に放っていることで暗殺や北の計略をいち早く潰すのだとか」
「そうそう。それに嫁さんの家と対立して相手方を潰したやり方に反感がある。王に立てる能力はあっても障害が多いのは本人もわかってる」
兄について語るロジェには対抗意識のようなものは感じられない。
あまり王位に執着しているようにも見えないけれど、継嗣となれば軋轢も生じるでしょうに。
「では二番目の兄君は? 勇猛果敢な将軍でボルボーの守りとして信奉者もいると聞いているけれど?」
聞き及んだ話を振る私に、ロジェはちょっと困ったように苦笑いを浮かべた。
「戦いにしか興味がなくてな、戦いに関しては慎重にもなるし計略のために頭も使うんだが、それ以外は全くやる気がない」
「やる気がない? あなた以上に粗雑な人物であると?」
トリスタンが嫌みを交えても、ロジェは兄を語る言葉を探して考え込むだけ。
「戦いに関して使える頭があるということは、戦における才人ということかしら?」
「あぁ、たまにいますね。一芸にのみ秀でて、その他のことは全くという人間が」
トリスタンが誰を思い浮かべたかは想像がついた。
公国伯爵家の従兄弟、ジルだろう。
頭は悪くないのに何故か不器用で、興味関心ごとには驚くほどの集中力と発想力を発揮する。
「うーん、まぁ、そんな感じか?」
「煮え切らないですね」
「全くやる気がないというところかしら?」
「そうなんだよ。その分欲もないから高潔だとかも言われるけど、本人が大抵のことは面倒くせぇで終わらせちまう。結婚だって相手選ぶのが面倒くせぇって、女同士で勝ち抜きさせて、最後まで残った女傑を嫁にしたし」
あまりのことに私もトリスタンもすぐには言葉が出なかった。
「そんな話聞いたことがないわ」
「そりゃ、勝手にやって勝手に勝ち抜いた女が嫁ですって兄貴引っ張って親父どののところ来たからな」
「来た? まさか…………第二王子は戦場を住処にしたと言われますよね?」
「おう。戦場に求婚しに行って、勝ち抜いて本人の同意得たって挨拶に来た。親父どのもあの兄貴を頷かせられる相手ならって受け入れてな」
なんだか同じ世界の話とは思えないわ。
「つまり、性格的に王位は望めないと言うか、望まない方なのね」
「それで悪評もなく、性格的に周囲と連携が取れるあなたですか? 人材の薄さをこんな所で露呈してどうするんです」
トリスタンが呆れると、ロジェは強気に笑う。
「俺を舐めてボルボーを御しやすいと乗り込んでくる奴らがいれば、兄貴たちはもろ手を挙げて俺を褒めるだろうよ」
「向こうから言い逃れできない非を犯してくれて、戦いの場を用意してくれるから?」
冗談半分で言ったのに、ロジェは頷いてしまった。
その普段どおりの軽さがいっそ警戒感を呼ぶ。
確かにこれは、ボルボーを甘く見る気にはならない。
どうやらロジェのほうの兄弟仲は悪くはないようだった。
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