58話:したり顔
ロジェが勝手に公爵領に居ついて三日。
私の来訪に合わせて客が来たり視察をしたりして、正直ロジェには客としてのもてなしは何もしていない。
全て使用人任せになっていた。
「カロリーヌってどんな人間だ?」
ひと段落して休憩しているところに、ロジェがそんなことを聞きに来た。
「何処でその名前を聞いたの? いえ、入室してすぐにそれって」
「いや、忙しそうだから手短にしようかと」
「イレーヌ、この殿下は屋敷内で客や使用人に勝手に話しかけてるんです。何度か注意はしたのですが聞きません」
私と一緒に休憩していたトリスタンがロジェを横目にこの三日の動きを教えてくれた。
私のほうにも声をかけられたと言う侍女がいたけれど、客にまで絡んでいたのは知らなかったわ。
「あら、愛らしい方ばかりを選んで声をかけているから、たんなる節操なしかと」
「なんかもういっそ、そうやって俺の動向気にしてくれてるだけ脈ありな気がしてくるな」
私は飲もうと思ったコーヒーを零しかける。
横目に睨むと、ロジェがしてやったような楽しげな笑みを浮かべていた。
からかわれたようだ。悔しい。
「どうしていきなりカロリーヌなのですか?」
無言で見つめ合う私とロジェの間を割るように、トリスタンが話題を投げる。
ロジェは口の端を持ち上げて得意げに答えた。
「俺が来た日、イレーヌが怖い顔になって言ってたの、カロリーヌっていう兄嫁のことだろ?」
パトリック、略奪という言葉から聞き込んだとしても、よくわかったものね。
公爵家を訪れた客の中には害を被った親族もいるのだから、相当上手く聞き出さないと答えなかったでしょうに。
そんなことを考えつつも、肯定をしない私にロジェは続ける。
「あの舞踏会で見た限り、大人しく謹慎なんてするたまじゃないと思ったんだ。他に何やらかしたのか気になった」
「我が家の事情に首を突っ込まないでほしいものですね。不躾にもほどがありますよ。あぁ、躾などされたことがないでしょうか?」
トリスタンの嫌味にも怯まず、ロジェは空いている椅子に座り込んだ。
「いや、ほんと。未来の公爵がこんな口悪くていいのかねぇ?」
トリスタンは予想外の返しに言葉に詰まる。
ロジェはまたしてやったりの顔だ。
「トリスタンが私の子を継嗣になんて言うからロジェが興味を持ったのよ。けれどロジェも他人の家の事情に首を突っ込むべきではないわ」
今度は私も落ち着いてコーヒーを飲みつつ、ロジェを窘めた。
「この国の国王のように?」
持ち直した私に、ロジェは試すようなことを言う。
パトリックはお父さまにより謹慎中。
それは新王にも知られた。
同時に継嗣から外す話が出ていることも王城では持ちきりらしい。
「念のため聞いとくが、ヴァルシア王国の爵位と継嗣の選定って別だよな?」
「叙勲は確かに陛下の名の下に。けれど継嗣を選ぶのはあくまで家長。継嗣となる者が慣例として親から決まった爵位を分けられるのも家長の裁量よ。すでにその爵位と土地は与えられた後なのだから、どう扱うかは王より任されているというのが慣例的な解釈ね」
ロジェに答えるのは周辺の貴族の間では一般的な通念。
ボルボー王国でも同じなのではないだろうか。
「その、イレーヌ? パトリックから男爵位を取り上げるのを止められた後のお父さまは?」
公爵領に来てから聞かなかったことをトリスタンが聞いて来た。
聞かなかったのは聞かなくてもわかるから。同時に聞けば恐ろしいからだ。
「お怒りよ。即刻男爵領から人を引き上げて、領民の転居の手配をする程度にはね」
「それはどういうことだ? 領民の転居って、男爵領を荒れ地にするつもりか?」
ロジェはお父さまの意図がわからず聞き返してくる。
けれどトリスタンはわかってしまって頭を抱えた。
「男爵領ごと爵位を返上して公爵家から引き離すつもりなんですね?」
「お、おう。剛毅だな。できるのか?」
ロジェもお父さまの意図を聞いて戦く。
「新王がパトリックを庇うために、我が公爵家の継嗣の証とも言える男爵位の移動を止めたのが始まりよ。爵位は王から下されるという理屈で、我が家に裁量権のあるはずの事柄に口を挟んだの」
どう考えても家政に対する王からの口だし。
それは権利の侵害であり家長制度の否定であり、貴族からは反発と嫌悪しか返らない失策だ。
「ここで折れれば我が家は軽んじられた状況を受け入れることになるわ。だから、爵位を理由に介入するのなら爵位を捨ててでも我が家の姿勢を貫かなきゃいけないの」
「ついでに大事に育てたものを捨てる選択をさせられたことに対するささやかな仕返しに、荒れ地になるような手段を講じて、か。それに対して物申す奴いるんじゃないか? 意地が悪すぎるとか」
どうしてそこでトリスタンを見るの、ロジェ?
トリスタンも言い返そうとしないの。
「ロジェに出会う前にも家政への介入をされたから、貴族周辺からの反応は我が家に同情的よ。同時に、次は我が身と警戒する家が増えているわ」
「まぁ、国王のほうからすれば未来の公爵が味方にいたほうがいいだろうが。だからって短絡だなぁ」
とは言え、我が家としてはプラスに働く面もある。
家政に口を出させないとは翻って、子の不始末の責任は全て親と家長に降りかかる。
けれど今回の件でお父さまはパトリックを御せない駄目親から、新王に邪魔されても身を処す気概をみせる清廉さと強さを喧伝できた。
この一件はお父さまの求心力になる。
「カロリーヌのことを聞いたのなら、兄の結婚についての騒動も聞いたのかしら?」
「あぁ、だいぶ口が重くて三日もかかった」
「…………誰が家の恥を漏らしたのか聞き出したいところですが」
私はトリスタンに向かって首を横に振る。
新興国とは言えロジェは王子だ。
強く出られる者は私たちくらいしかいない。
「責めないでいてくれるとこっちとしてもありがたい」
ロジェは肩を竦めてみせると聞き知った内容を開陳した。
「俺が聞いたのは婚約者のいる兄貴を篭絡した悪女。同時に今もその元婚約者に謝罪の手紙を送る慎ましい女。で、公爵から公爵家関連の家との接触を全て禁止され、男子を産んだ今も継嗣の妻と認められていない嫁」
「当ってはいるわね。ここにも足を運んだことはなく、それに対してカロリーヌ自身が文句を言ったことはないわ。基本的に謝罪一辺倒な対応よ」
「ただ、パトリックはそのことで父と大喧嘩。受け入れない親類とも問題を起こして、本当に謝らなければいけない本人がこの屋敷にさえ来なくなってますがね」
トリスタンは重い溜め息を吐き出した。
「あぁ、領地の視察ってそこまで公爵に見込まれてるんだと思ったが、イレーヌはあの兄貴の代わりか」
「トリスタンのほうが適役なのだけれど、いつもいるから。労いの姿勢として私が王都から来たほうが形式上、ね」
一番はお父さまだけれど王城の重鎮で王都を軽々しく離れられない。
逆に王都を離れるとなれば、現状、新王への反抗を邪推されかねなかった。
「こんな美人に労われるなら、ここの領民は役得だな」
「何を言っているの、ロジェ」
「イレーヌ、実際そういう声はあるんですよ。ラシェルを見慣れて意識が高くなっているんでしょうけど、十分鑑賞に堪える顔ですから」
自覚はしてるけれど、いえ、喜んでくれているのならいいのよ、うん。
毎日更新
次回:兄弟仲




