パトリック2
どうしてまた俺が謹慎をしなければいけないんだ?
しかも国王の舞踏会という社交界注目の中。
陛下の前で父である公爵に叱られるなど、後々まで笑われる失態だ。
「何故あそこで父が出て来る!? 親ばかにもほどがあるだろう!」
俺は手近な家具の上の小物を怒りと共に薙ぎ払った。
飾られていた工芸品のガラスが気に障る音を立てて砕け散る。
それが余計に怒りを煽るようだ。
「何が弁えない発言だ!? シヴィルは陛下の婚約者だぞ!? 未来の王妃と言ってなんの間違いがある!? 弁えがないのはそんなシヴィルを多勢で笑いものにしたイレーヌ以外にいないだろう!」
父の理不尽な叱責には、もちろん反論した。
だが聞き入れられないどころか言い渡されたのがこの謹慎。
思い出しても腹が立つ!
「誰も認めないなど、それこそ認められるか! 陛下が望まれている以上の資質などありはしない! くそ! シヴィルの生まれが低いからか!? カロリーヌと同じことで嫌がらせか!?」
俺は怒りのままテーブルも蹴り飛ばす。
カロリーヌを妻にと望んだ時には、父のみならず親族の主立った者たちが俺を囲んで説教をしてきた。
あの時にはいた親族を、そう言えばここ四年見ていない。
カロリーヌとの結婚前には母方の親族も俺に説教をして反対していたが。
「いや、今はそんなこと関係ない! あんな古着を着て来たイレーヌこそ公爵家の面汚し! 人一倍ファッションに敏感なシヴィルがそのセンスのなさを指摘するのは当たり前だろう!?」
すでに城を出された俺は、自分の屋敷に戻っている。
ここは玄関側の談話室で、怒りに任せて手近に入っただけだ。
目につくものを破壊しても、今夜受けた屈辱に対する怒りがなかなか収まらなかった。
「いつもイレーヌ、イレーヌ、イレーヌ! 何が見習えだ! 何が公爵家に相応しい振る舞いだ! 継嗣を蔑ろにする高慢なイレーヌなど家の恥じでしかないことに何故気づかない!? 継嗣である俺を何故ここまで冷遇する!?」
怒りは収まらないが、それでも叫んで暴れてさすがに疲れた。
肩で大きく息をしていると、開けっ放しだった扉に人の気配が立つ。
睨むように振り返ると悲しげな妻の顔があった。
「お労しい。あなた、どうぞこちらでおやすみになって。そこはすぐに片づけさせますから。さぁ、公爵家継嗣であるあなたには、そこは相応しくありませんわ」
「あぁ…………、あぁ、そうだな。カロリーヌ」
穏やかな声が耳に届くと、その言葉の意味が染みて、何処か傷でも負っていたような気分が癒される。
このカロリーヌの何が問題だ。
父のわからずやめ。
素晴らしい妻だと、何故認めない。
俺は寝室へ移動し、疲れのままどっかり座り込む。
するとカロリーヌはすぐに酒を用意して差し出してきた。
「お前は、そう言えば服が傷むと小言を言わないな。イレーヌも本邸の使用人も、こうして着替えもせず酒を飲むとうるさいことなかった」
「私はあなたの味方ですもの。責めることなど何もありませんわ」
酒を呷りながらカロリーヌの声を聞く。
主である者を立て、主である者の意向を汲み、主である者のために動く。
これこそ公爵家継嗣の俺に対して相応しい対応だろう。
偉そうに口応えなど立場をわきまえない行為であり、やはりイレーヌが間違っている。
「どうぞ、そのお怒りをお聞かせください。結婚の折、約束しましたでしょう? 病める時も健やかなる時もと。あなたのことはなんでも知りたいのです。私は、夫に寄り添う妻なのですから」
カロリーヌの優しさが身に染みる。
同時にどうして血の繋がった者たちにはこれがないのか不思議でならない。
助け合う心のなさが嘆かわしい。
俺に従っていれば無駄な波風など立たないものを。
継嗣である俺に口答えをするイレーヌやトリスタンこそ、やはり弁えのない驕慢さに満ちているのだ。
「すまない、俺がもっと父にガツンと言えれば。そうすればお前を連れて舞踏会にも」
「いいえ、私はお父上と争って落ち込むあなたが見たくはないのです。ですからこうして帰りを待つだけで十分。あなたが私を妻としてくれただけで満たされるのです。あなたは、私の元にこうして帰って来てくださるでしょう?」
「もちろんだ。妻の元に戻らない夫などいるものか。あぁ、だが…………、俺はそうして自ら身を引くお前の慎み深さに理解のない父が腹立たしくてたまらない」
公爵家に認められないカロリーヌは、俺の恥じにならないよう、父を刺激しないようにこうして華やかな場への参加を慎んでいるのに。
認めないなど、すでに夫婦となり子を成した俺たちへの嫌がらせでしかない。
ちょっと出会う順番が違っただけで、どうせ前の婚約者だって家同士が決めた相手だ。
互いに気持ちはなかったのだから、婚約をなかったことにしてなんの問題がある。
それなのに、家同士だからだとか不貞を許すわけにはいかないとか妙に縋るから手が出たのだ。
しかも俺を責め立てて、カロリーヌまで罵るなどあの婚約者も思えば弁えのない女だった。
「もしや、イレーヌもそうか? 己が選ばれないことに腹を立てた女の嫉妬か? だとしたらやはり公爵家の恥さらしではないか…………!」
「あなた、どうか心を鎮めて。さぁ、そちらはもうからでしょう?」
そう言ってカロリーヌは新たな酒を俺に差し出す。
欲しい物を欲しい時に用意できるなんて、本当にできた妻だ。
俺は酒を飲みながら今日の舞踏会でのイレーヌの無礼を語った。
そして父の理不尽な怒りと謹慎をまた課されたことも。
「まぁ、また謹慎…………」
口元を覆って顔を伏せるカロリーヌは、それほどショックなのだろう。
それはそうか。
俺を思うカロリーヌにとっては、あまりにひどい父の所業だ。
「カロリーヌ、大丈夫だ。心配するな。俺が公爵家を継いだ暁には…………」
慰めのためカロリーヌの肩を抱こうとした時、廊下で声が響いた。
使用人ではありえない。
そして知った声だ。
「聞いてよ! ひどいのよ!」
「「シヴィル!?」」
飛び込んできたのは義妹のシヴィルであり、突然の乱入にカロリーヌも驚いている。
しかしシヴィルはカロリーヌに狙いを定めると、すぐさま駆け寄った。
そして幼子のようにカロリーヌの膝に抱きついて泣き出す。
「もういや! なんで私ばっかり!? こんなことってないわ!」
「どうしたの、シヴィル。あぁ、泣かないで。可愛い妹」
理由を問おうとして、俺は一瞬思考が空白になる。
可愛い妹なんて存在するのか?
浮かぶのはイレーヌだが、昔から整った顔立ちでもてはやされた傲慢な妹だ。
俺よりも良くできることをこれ見よがしにやって褒められ、聖女の素養でさらに親戚もうるさく誇りだなんだと持ち上げていた。
だからあんな可愛げもなく育ったというのに。
「台無しだわ! 今までの苦労をなんだと思ってるの!? それもこれも全部イレーヌのせいよ!」
シヴィルの声に思考が戻る。
まさか俺が父に説教されている間、また懲りずにシヴィルへ嫌がらせをしたのか?
「挨拶ではうるさく言われて、知らない人たちにお説教されて! こんなの私が望んでた舞踏会じゃない! 楽しい場のはずでしょ!? 注目の的の私が褒めたたえられるはずでしょ!? なのにちょっと話しかけただけでイレーヌに馬鹿にされるし! 性格悪すぎるわ!」
「あぁ、全くだ。あんな古着引っ張り出して下品に家の権勢を見せつけるだなんて!」
「古着? そう言えば、ことはドレスについてとおっしゃっていましたね?」
どうでもいいことなので説明を省いていた部分にカロリーヌはひっかかる。
シヴィルの嘆きの理由かもしれないと言うので、俺は仕方なくドレスの元になった物について話した。
「王家と我が家の紋章が入ったマントだ。確か毎年手入れはしてたような気はするが。けれど父が使ってるのなんて見たこともない古着。なんであんなのをドレスの材料にしたのか正気を疑うと思わないか? あんな古臭いもの着ているほうが恥だろう」
「そうよね! 私のほうが綺麗だし、今時だし、褒められて当然でしょ!?」
「似合いはするからそうだろう。まぁ、イレーヌも着こなしてはいたがやはり古臭かった。あれはデザインのせいか?」
「でしょう!? イレーヌのなんて欠伸の出る古典演劇の舞台役者みたいな酷いもんだったじゃない!」
「まぁ…………それは…………」
カロリーヌは呟くと、そのまま黙ってしまう。
考え込むと口数が減るのは、物静かなカロリーヌの良いところだ。
ただ今夜はシヴィルが怒りに任せて嘆く声が耳に痛い。
「私と陛下のダンスが終わってあとは消化試合でしょ!? なのにイレーヌが悪目立ちしたの! あの無礼でセンスのないボルボーの王子と!」
聞けばボルボーの王子もまた古臭い衣装を着ていたそうだ。
けれど古い同士が踊っていたので、見世物としてはさまになっていたらしい。
そんな古臭くて逆に目新しい二人の姿に、その後の話題は陛下のファーストダンスではなくイレーヌとボルボーの王子のダンスについてとなったのだとか。
社交界の女帝と言われる子爵夫人も、イレーヌへ自ら声をかけに動いたことで注目度を上げたとシヴィルは訴える。
「陛下の威厳を見せつけるはずが、そんなことになっていたのか」
シヴィルはイレーヌにお株を奪われた屈辱で、舞踏会を途中で放棄し城を出たそうだ。
「なんてことだ。くそ! いったいいつからイレーヌは陛下を虚仮にするような企みを!?」
「…………ご年配の方には、やはり古典的なものが好まれますから」
カロリーヌはシヴィルを優しく撫でて顔を上げさせる。
「けれどシヴィル、嘆くことはないわ。あなたは陛下の婚約者なのだから。古き良きものを知る方の助けを得ればいいのよ」
「古臭い人なんて知らない! 嫌よ! 私は最先端を行くの!」
「いいえ、お近づきにならなくてはいけない方なのだから、これはいっそチャンスよ。皇太后さまにお願いなさい。そうすればきっと陛下のためにも力になってくださるはず。あなたは婚約者として正しい行いをするのだから、お偉方も文句は言えないわ」
思わぬ妙案にシヴィルは目を見開く。
「なるほど! カロリーヌの言うとおりだ、シヴィル!」
さすがは俺の妻! 俺が選んだ女性!
父の横暴もイレーヌの傲慢も、格式と権威が味方する俺たちにはダメージを与えられない。
それをわからせるにはぴったりの人選だと言えた。




