54話:舞踏会の本領
今回私が年代物のドレスを着てきた狙いは、シヴィルの資質のなさを知らしめるため。
けれど結果は公爵夫人と子爵夫人が場を攫い、パトリックが乱入してシヴィルと新王が愚を晒した。
狙い以上であるからいいし、これで局面がまた動く。
それはラシェルを取り戻すための一歩となるので結果は上々。
とは言え、なんだか消化不良ね。
「ほら、若い子がそんな顔しないの。お株を奪って悪かったけど、こんな憎まれ役やりすぎよ。矢面は私たちみたいなのでいいの」
「エルミーヌさま、まさか私を思って?」
「シヴィルさんだけならともかく、陛下にも…………となれば一度兵を向けるなどということをしでかしているのですから警戒をすべきでしてよ」
「アンナさま」
どうやら私が屋敷から王城へ連れ出された事件がまた起こることを危惧しての助力だったようだ。
「そうですね。では今日はお父さま不在を理由に早々に帰って」
「大役を果たした割りに達成感はなしか? そんなに急いで帰ることもないだろ」
「ロジェ」
いつの間にか側にいたロジェが声をかけて来た。
するとアンナさまとエルミーヌさまは自らの夫の元へと戻っていく。
「譲ってもらって悪いな」
「譲るも何も、もう今日は私の出る幕ではないわ」
「なるほど。これ以上やることないなら、俺と踊ってくれませんか? 麗しの赤きアマリリス姫?」
ウィンクと共に手を差し出すロジェは、さらに続けた。
「口説き文句は空振り続きだが、ダンスはちょっとしたもんだぜ?」
「あら、本当かしら? ふふ、そう言われると興味が湧いてしまうわね。お手並み拝見と行かせてもらいましょう」
気軽な遊びにでも誘うような含みのなさについ手を取った。
まばらな拍手を受けて新王が踊り終えた広間の中央へ、他のペアと共にロジェのエスコートで踊りに出る。
「まぁ、ご覧になって。まるで物語から抜け出してきたようなお二人」
「あちらは、ボルボーの殿下か。ほう、冴えないと聞いていたが噂は当てにならん」
古風なドレスの私をエスコートするロジェは、短いマントを羽織った古風な衣装だった。
全体が黒で、マントも金縁がある以外は表は黒。
ただ裏地の深紅が動くたびに鮮やかに映えた。
「どうしたの、その服は? まさか誂えたわけではないでしょうし」
「うちの国の正装これなんだよ。ボルボー大公時代の衣装を元にしてんだ。…………イレーヌの助言で着て来たのに、まさかもっと年季の入ったお姫さまがいるとはな」
どうやらロジェとしては勝負服のつもりで着て来たらしい。
確かに真っ黒な割に織模様は華やかでベストを飾る革の装飾には精緻な文様が打刻されている。
それなのに私のほうが目立ったらしい。
ふてくされたようなロジェの顔に笑うと、ロジェはすぐに笑み返してきた。
「なんの打ち合わせもなく誂えたように揃ったほうが、運命感じるか?」
大袈裟な言葉に面食らう内に、ダンスが始まりリードされた。
「本当に上手いのね。完全に出遅れたと思ったのに、自然と動けたわ」
「そっちこそ。まごつくかと思ったらしっかりついて来たな。何か体を動かすことやってるのか?」
「乗馬を少々ね。あぁ、そうだわ。公国へ行く前に手配しておいた新しい馬を見に行かなければいけないのだった」
「お、いいな。今度一緒に馬を走らせよう。けど、今はこっちを楽しもうぜ」
突然方向を変えたと思ったら、ロジェはマントを翻して大きく回る。
そんな動きにも対応できる呼吸をしてくれるので苦はない。
下手をすれば足を傷めそうなのに、そんな危うさを感じさせなかった。
「思ったよりそのドレスの裾重いな。回ってもほとんど広がらない」
「国王が式典で来ていたマントだもの。ダンスで映えるような造りではないの」
「そりゃ残念。じゃ、こういうステップはどうだ?」
細かなステップで右に左に揺れる。
なのに周囲で踊る人々にはぶつからず、ヒールを履いた私にも負荷は少ない。
大胆な動きと繊細なリード。
アンバランスなようでいてロジェらしさのあるダンスだ。
「ふふ、こんなリード初めてだわ。ただもう少し、ヴァルシア流にしていただかないと、私がついていけなくなりそう」
「楽しければいいだろ? すぐ帰りたくなるような集まりなら、一つくらい楽しんで後腐れなく去ればいい」
本当にロジェらしい。
出会って間もないというのに、自然とそう思えた。
ロジェが声をかけてくれなければダンスに誘ってくれるような相手もいなかっただろう。
何せ私は渦中にいた上に、こんな場で兄妹喧嘩をさせられたのだ。
思うところはどうあれ、すぐさま近づく者もいない。ロジェ以外は。
こうしてダンスを踊らないまま帰っていたら、面白くない夜だったと記憶していただろう。
「あの空気でよく私に声をかける気になったわね」
「俺以外にも声かけようとしてる奴いたからな。だったら他に摘まれる前にその香しさを独り占めしたいだろ?」
「他に?」
戯言は聞き流して、心当たりのない相手のことを問い返す。
するとロジェは身を返して、視線でダンスを見守る観衆を見るよう促した。
ダンスを踊る人々を囲む紳士淑女。
その中の一人と目が合う。
「あぁ、心配、してくれたのね。お人好しなのだから…………」
「知り合いか?」
ロジェの問いに私は頷くだけにした。
元婚約者だなんて、ダンスを踊る今言うべきではないと思ったから。
パトリックのやらかしで家同士の問題に発展し婚約を白紙にした相手だけれど、お互いに嫌い合ったわけじゃない。
けれどお互いに家を思う気持ちを優先して別れた。
婚約解消の理由がもう少し穏当なものであったなら、交友は続けただろうと思える素敵な人だったけれど。
「そんな見つめ合われると、ただならぬ関係に見えるんだが?」
視界を遮るように、ロジェはまた身を返す。
自分で話題を出しておいて、おかしなこと。
「…………すでに婚約者のいる方よ。あなたが焦る必要もなかったわね」
舞踏曲が終わって周囲からは拍手が湧く。
「それは重畳。じゃ、このまま二曲めも」
「調子乗らないの。というかいつの間に広間の中央に…………。ほら、場所を譲るわよ」
どうやらロジェのリードに任せきりの間に、一番目立つ場所にいたようだ。
そのせいか一番多くの拍手を浴びてしまっている。
「全く、あなたには驚かされるわ」
「俺とのダンスはお気に召していただけたようで」
ロジェは得意げに言いながら、私のエスコートを続けて囲いの外側へと連れ出してくれる。
言い返したいところだけれど、周囲に目を向けることを疎かにするほどダンスを楽しんでいたのは事実。
そんなことに終わってから気づく自分の鈍さに笑ってしまう。
見上げたロジェは、当たり前のように微笑み返す。
本当に、楽しみ一つできただけで今夜は良い思い出にできそうだった。
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