53話:舞踏会の策謀
今回の狙いはシヴィルが王妃には相応しくないことを誰の目にも明らかにすること。
もちろん新王の目にも明らかにして、翻意を促すという、ことの、はずだったのだけれど…………。
「新たな王が立った今にそんな古い物を持ちだして嘲弄するなど、陛下への反逆ではないのか!? シヴィルを罠にはめてほくそ笑むなど性根が腐っているぞ、イレーヌ!」
罠は合ってる。
けれど良識があればはまらない罠。
王妃となることを目指すならはまってはいけない罠なのよ、パトリック。
はまるほうが悪いし、わかってもそんなこと大声で恥ずかしげもなく言うことではない。
なのにパトリックは自分の感情を優先して場の空気を読まないのよね。
いっそわめくパトリックの子供っぽさを笑ってる人もいるというのに。
「賢しらぶるだけの悪意ある女が妹だなんて恥ずかしい!」
「パトリック、場を弁えてはいかが?」
舞踏会は兄弟喧嘩をする場所ではないでしょう。
と言うか、家の外でするものじゃないじゃない。
貴族継嗣として感情の抑制は必修事項なのに、一度熱くなると止まらないのがパトリックだ。
言ってしまえば癇癪持ち。あぁ、恥ずかしい。
「弁えるのはお前だ、イレーヌ! 未来の王妃に向かって無礼を働いた自覚がないのか!?」
パトリックの怒声に辺りが静まり返る。
あまりにも狙いどおりというか、狙い以上の言葉に私は思わず笑った。
パトリックという味方を得て元気を取り戻しているシヴィルの態度もいっそ滑稽だ。
逃げ場を失ったというのに、そのことにも気づいていない。
「ま、待て、パトリック…………」
一人、現時点での王妃発言のまずさに気づいた新王が声を潜める。
けれどその声にパトリックが口を閉じた時には、もう逃げ道を塞ぐための配置は済んでいた。
「それ以上はまかりならんぞ、パトリック」
「父上!?」
低い声でそう呼びかけたお父さまは、お怒りだ。
狙い以上とは言え道化を息子が演じるとなれば、私と同じように激しい羞恥に晒されたことだろう。
怒りを滲ませるお父さまに、パトリックはなぜ自分が叱られる雰囲気なのかわからない顔だった。
そんなパトリックの鈍さに、ちらほら同情の目が向けられる。
もちろん、継嗣がこれだという事実に対する我が家への同情だ。
本当に何故こんな大勢の前で自ら恥をかきに出て来たのかしら。
「来い、パトリック」
家族だからわかるお叱りの言葉に、パトリックは慌てた。
「何故俺が!? イレーヌこそ公爵家の者として心得違いを責められるべきでしょう!」
「黙れ。これ以上私を失望させるな。貴様が我が公爵家について語ることは許さん」
お父さまの公爵としての眼光に、力自慢のパトリックも怯む。
というか、私はお父さまの同伴者として参加しているのに。
どうして私のドレスをお父さまが許容していることに気づかないのかしら?
やはり結婚してから年々視野が狭くなっている気がするわ。
全ては私が悪いのだと被害妄想を掻き立てられているような…………私の悪口の言いすぎなのかしら?
「パトリック、行って良い」
「陛下!?」
新王が背を押すのでパトリックは目を剥く。
兄としてはお前が悪いから叱られて来いと言われたも同じ。
けれど新王としてはこの場を治める逃げ道を見つけた気持ちなのかもしれない。
「場を騒がせたことは許そう。家庭内のことは、良く家長と話し合い、互いにより良い関係を築けるよう努力すれば良い」
現状を我が家の問題として押しつけようとしている。
あまりに小賢しく無様な収拾に、アンナさまとエルミーヌさまがほぼ同時に扇子の裏で溜め息を吐いた。
人身御供として新王に差し出されたパトリックの不満顔など見もせず、お父さまは強く手を叩く。
すると打ち合わせてあったのか、宮廷楽団が舞踏曲を奏でだした。
「お時間を取らせまして申し訳ございません、陛下。今宵はこれにてご前を失礼つかまつる」
新王を名目上は立てた挨拶に、新王は鷹揚に許しを与える。
けれどこの後パトリックをお父さまがどうしようというのか、そのことに周囲の興味は移っている。
完全に場を仕切ったのはお父さまだ。
今舞踏会はその力を喧伝する一幕でしかない。
そして空気を読まないその二がいた。
「陛下、曲が流れております。参りましょう」
シヴィルは結局自分のことしか頭にないようだ。
自分が責められる流れが変わったことには気づいても、それがのちにどう帰結するかまでは考えていない。
どうして今、パトリックが叱られることになったのか、私のドレスを何故新王が否定できないのか。
「陛下、どうしたのですか?」
「いや、その、ダンスは…………」
「私と踊ってくださるとおっしゃったのに、そんな!」
今や目の前のダンスのことにしか興味がないようだ。
最初のダンスは国王とそのパートナーであり、そこで踊ることはシヴィルにとって重要なのだろう。
新王と踊ることで婚約者としての既成事実を作るために。
さすがに新王は気づいて渋っているようだ。
今の茶番が周囲にどのように映ったのか、ここでシヴィルの手を取れば顰蹙を買い求心力を決定的に失うことを。
そして周囲の反感を妥協させて結婚に持ち込む既成事実作りが、今や意味をなさなくなりかけていることにも。
「陛下ぁ…………私、今日をとても楽しみにしていましたのよ?」
「う…………あぁ、行こう」
上目づかいで胸を押しつけ甘えられて、新王は陥落してしまう。
新王ニコラの状況把握なんてやはりその程度、甘いのね。
ダンスのため新王にエスコートされたシヴィルは、一瞬勝ち誇ったように私を見た。
私じゃなく、私の近くで目を光らせる夫人方を気にしたほうがいいわよ。
「なんと愚かなこと。王たる者の責務を何一つ理解しておられない。その上、イレーヌになんのお言葉もないままなんて」
「いいじゃない。これであの王妃気取りが王妃狙いになったのだから。今後は王城の方々もあの小娘に正面から関わる名目ができたでしょ」
アンナさまとエルミーヌさまが扇子の裏で不穏に囁き合う。
今までシヴィルは自称聖女であって新王個人の客扱い。
公の立場を持たない故に、地位のある者は陛下経由でしか苦言を言えなかった。
それがパトリックの言葉で王妃を望まれた者という立場を押しつけられている。
「まだ、側近の早まった言葉だったと逃げ道はありますが」
私が懸念を口にすると、アンナさまとエルミーヌさまは淑女らしくありながら、決して退かない雰囲気を纏わせて微笑んだ。
「逃がすわけには参りません。これでようやくシヴィルさんのほうから身を引くよう持ちかけることができるのですから」
「あちらの実家への圧力もね。もう他人ごとではいさせないわ。全く、散々逃げ回ってくれちゃって。子供の不始末くらい責任持ちなさいよ」
広間の真ん中で慢心して笑うシヴィルは、いつになったら外堀を埋められたことに気づくのか。
なんだか道化を演じるつもりで意気込んでいたのに、四方から役どころを攫われた気分だった。
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