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52話:既成事実の作り方

 舞踏会が開かれる広間に響き渡る笑い声。

 まるでオペラ歌手のように広間全体を貫く。

 発生源は子爵夫人のエルミーヌさまだった。


「あらぁ、失礼。面白いお話が聞こえたもので」


 衆人環視の視線を一身に集め、一歩前に出るだけで女王の如き存在感を知らしめる。

 私も予想外の横やりだけれど、場の空気が一気に変わった。


 エルミーヌさまの姿にシヴィルは嫌そうに顔を顰める。

 アンナさまの理詰めも苦手なら、エルミーヌさまの押しと機転で変わり続ける話にも対応し切れないからだろう。


「自分が何を言っているのかすら理解できない残念さに笑いしか起きないんですもの」

「なんですって…………!?」


 あからさまな嘲笑に、意味は分からないまでもシヴィルは怒りの声を返す。

 けれど何を理解していないと言われているのかが思いつかずその後が続かない。


 そこへ騒ぎに気づいた新王が兄やそのほかの取り巻きを連れて近づいて来た。

 途端にシヴィルは新王に対して媚びた顔と動作で、困っているアピールを始める。

 あからさまだけど新王としては強気なシヴィルが自分にだけ弱さを見せるというのがつぼらしい。

 わからないけれど。


「なんの騒ぎだ。シヴィル、何があった?」

「陛下! うぅ、イレーヌが数に頼って私を責めていたところに、子爵夫人まで。こんな虐め染みたことをされるなんて、私…………!」


 あからさまな嘘だ。

 あれだけ盛大に私に言いがかりをつけておいて、新王以外からの心象なんてどうでもいいと思っているのかしら?

 というか、先日数に頼って虐め染みた対応をした子爵令嬢を前に良く言えるわね。


 そんなことを思っていると、脳筋兄のパトリックなどはわかりやすく私を睨む。

 本当にその単純さは成長しても治らないのだから困ったものね。


「一対五なんて数に頼ってか弱い令嬢を脅すばかりか、取り巻きを連れた子爵夫人まで巻き込んで、恥を知れイレーヌ!」


 私を指差して叱責するけれど、周りの白い目を少しは気にしてほしいわ。

 シヴィルと話しているより、あなたと話しているほうが私は恥ずかしいのよ、パトリック。


「あら、わたくしシヴィルさんがイレーヌのドレスを古臭い、時代遅れ、煤けていると貶している言葉を聞いて笑いをこらえきれなくなっただけですのに」


 エルミーヌさまは取り巻きには扇子を振るだけで待機を命じ、こちらへ近づきながら軽やかな口調で言う。


「本当のことを言われた程度で傷つくのならば、思い込みと決めつけ、独善的な判断でものを言うべきではないのではないかしら?」


 蕩けるような笑顔で、エルミーヌさまはシヴィルの妄動を刺す。

 一瞬笑みに目を奪われた新王も、発言内容に遅れて理解が追いついたようだ。


「うん…………? あ、子爵夫人! シヴィルに対してあまりにも無礼な物言いだぞ!? 一方的に責められたシヴィルになんの過誤があると言うんだ!」


 少なくとも一方的に私を貶した発言をしている。

 私も参戦しようとしたけれど、新王に対してエルミーヌさまは淑女然とした所作で発言を求める礼容を取った。


 突然の切り替えに新王は戦いて発言を許可する仕草を返す。


 私、完全にエルミーヌさまにお株を奪われているわね。

 皇太后が王妃時代から社交嫌いでこうした場に出なかったのは、このような方が同世代にいたせいじゃないのかしら?


「陛下であれば、あのドレスの価値をお分かりいただけると信じておりますわ」

「ドレスの価値だと?」


 エルミーヌさまが手袋で飾った手を動かして促すと、新王が私を見る。

 パトリックたち新王の取り巻きも同じようにして私のドレスに注目した。


「ふん! あんな古びた布を引っ張り出して作ったドレス、陛下の御前で着るとは! 我が公爵家の名に傷がつく!」


 パトリックは黙らっしゃい。

 元から服飾に関心ないのだからどうせ価値はわからないでしょ。


 けれど兄の言葉に物を知らない取り巻きも追従し、新王も賛同するように口を開いた。


「どうしてまたそんな古めかしい…………赤、まさか、公爵令嬢が着ているの、は…………!?」


 危なかったけれど、どうやらお勉強だけはできる新王は気づいたようだ。

 気づかなければ王室を代表する者として失格レベルな上に、私が怨まれてもおかしくないほどの恥をかくところだったけれど。


「そ、その真朱のドレス…………しかも、並んだ家紋は…………」

「はい、王家より賜りました戴冠のマントを直した物になります。何か、わたくしの衣装に問題がありましょうか?」


 真っ直ぐに見据えて私の服装に関して瑕疵があるかを問う。

 ここであると新王が言えば、この場で悪かったのはこちらと裁定が下ったことになるけれど。


「い、いや…………その…………」


 けれど私のドレスが何かを知った新王は否定できない。

 否定してしまえば自ら王家の品位と権威を貶めるだけなのだから。


「陛下? 私間違ったこと言ってません。イレーヌが陛下の御前に恥知らずな恰好で来たのでしょう?」


 本当にわかってないシヴィルが後ろから斬りつけるような言動をすると、新王もさすがに苦い顔をした。


 同時に周囲から寄せられる不信の目に気づく。

 その時、公爵夫人アンナさまが人々の間からゆっくりとした歩調で歩み出した。


 もしかしてエルミーヌさまとお二人で打ち合わせでもしていたのですか?


「シヴィルさん、王家の与えた衣服は与えた家への信頼と、王家の権威を知らしめる証。しかも戴冠の際、かつての王が着ていたマントであることは、真朱という王家が重要な儀式において着る色に現れています」


 わからないシヴィルとその他ついて行けていない新王の側近にそう説明する。

 説明しなければわからない周囲に、新王は視線を泳がせていた。


「王家にしか使えない色を与えられ、さらには公爵家の家紋と王家の家紋が並んだデザイン、これは当時の王妃がイレーヌの家から出たためでしょう」


 古いデザインはあえて当時のドレスを模したから。

 私の今日のドレスはかつて王家と近かった信頼関係を物語る姿だった。


「このドレスの何が一体問題であるのか、わたくしも聞きたいところね。シヴィルさん、もう一度このドレスについて何を言ったのか仰ってくださる?」


 あからさまな怒りの気配を纏わせるアンナさまに、シヴィルもここで同じことを繰り返す愚を悟ったように口を閉じる。

 けれど納得いかないのか新王の袖を引いて、自らを助けるよう求めているようだ。


 もちろん新王は何も言わない。

 私の服装を貶し、否定しては、今までの王家と国の貴族が築いて来た信頼関係を打ち崩すだけ。


「かつての国王がお与えになった衣服を、王の御前で相応しくないと言うのなら、かつての国王の権威を否定し、今の陛下の権威さえ否定するも同じ。本当にこんな簡単なことがわかっていなかったの?」


 エルミーヌさまは広間全体に響き渡る笑い声とは打って変わって、小鳥の囀りのような笑い声を添える。


 さすがのシヴィルも触ってはいけなかったことには気づいたようだ。

 喉に何か詰まったような顔で私を睨んでいる。


 確かに私は罠を張った。

 けれど大勢の前で無知により恥をかいたことを私のせいにしないでほしいものね。

 それがあなたの程度というものなのだから。


 これで新王もシヴィルを婚約者になどできないのだと納得してくれればいいのだけれど。


「イレーヌ! そんなもの引っ張り出してきたのははめるためだろう!? 底意地が悪い! なんて心根の醜さだ!」


 空気の読めないパトリックが、そう私を怒鳴りつけて来る。

 私はこの時ほど、この場から消えてしまいたいと思ったことはなかった。


毎日更新

次回:舞踏会の策謀

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