49話:新王のお茶会
晩餐会に続いて開かれた、新王主催の茶会の日。
王宮の一画の庭園を開場にした茶会は、噴水、刈り込み、白い石造りのバルコニーと一級品が揃っていた。
招待されているのは若い者が中心で、見るからに華やかだ。
けれど名目は他国の客をもてなすこと。
それを考えると、役付きもいないこの茶会は途端に格の低さが目についた。
「本当に俺はただのだしだな」
庭園に設置された椅子でお茶を飲んでいるとロジェがぼやきながらやって来る。
今日着ているのは黒地に銀糸が映えるコート。
いつもとは違う白いクラバットに、カーディナルレッドのズボンとカメリア色のベストを身に纏っている。
コートの色合いから一見落ちているけれど、華やかさを疎かにしない装いだ。
「ご令嬢方に囲まれて、満更でもないようでしたけれど?」
「そりゃ、男として悪い気はしない。ただ、今はイレーヌと話したい気分だ」
勝手に椅子に座って格好つけた笑みを向けて来るロジェに、私も淑女としての笑みを返す。
「何をお聞きになりたいの?」
「なんか雑だな。あの陛下のお隣から絡まれてたのは計算の内じゃないのか?」
私のやる気のなさをシヴィルに絡まれたせいだと見抜いたロジェ。
さらにはあえて増長させたことさえ推察済みらしい。
「城で茶会開けないだろうとか、そんなの当たり前なのにな。っていうか、主催は国王なんだから向こうが開いたわけでもないだろうに。いや、開くよう強請ったのか?」
「その可能性はあるわね。自分の立場を…………失礼」
いけないいけない。
こんなところで誰に聞かれるかもわからないのに。
まだ駄目よ。舞踏会のために今は我慢がまん。
「ふーん、あれだな。敵が勢いに乗ってる時ほど、転ばせた時大怪我するんだ。そういうことだろ」
的確すぎてつい笑ってしまった。
そう、盛大に痛い目を見せるためにやっているのだ。
それでも、不快にならないわけではないのが問題ね。
聖女の務めを放棄しておいて偉そうにと、言い負かしたいけれど駄目だめ。
そんなドレス見せびらかされても一つも羨ましくなんかないわよ、恥ずかしくないの? なんて言ってはいけないのよ。
「…………ふぅ、ごめんあそばせ。では話を膨らませましょうか? どなたか意中のご令嬢はおりまして?」
「うーん、それは目の前にいるんだが、話す気分じゃないならいいさ」
私が胸の内の不満を飲み込んだのに、ロジェは話を切り上げる。
こちらが驚いている間に、給仕を呼んで自分の分の飲み物を用意した。
そうされると逆に居心地が悪い。
ご令嬢に囲まれていたことを当てこすって、八つ当たりした私が恥ずかしい。
横目に見てもロジェは令嬢に囲まれて疲れたのか静かにカップを傾けるだけ。
どう話を切り出したものかしら。
そんなことを考えていたら、すでに空になったカップを手に取っていた。
すまし顔でソーサーに戻したところでロジェと目が合う。
「ぷ…………お、お代わり頼むか?」
「い、いいわよ! それで? 本題は?」
恥ずかしいところを見られた上に誤魔化そうとしたところまでばっちり見られていた。
あまりの恥ずかしさに私は思ったままを口に出す。
けれどそれが弾みになって居心地の悪さはなくなった。
「あなたは一応外交デビューなのだから、これを機に学ぶこともあるでしょう。答えて差し上げるからおっしゃい」
「かぁわいい」
私の催促に、ロジェは頬杖をついて呟く。
その声の甘さに思わず固まってしまった。
そうしてお互い見つめ合うことしばし。
そこに騒がしくかん高い声が響いてきた。
「素敵なお召しものですわね! まるで花の女神の化身のよう!」
「えぇ、なんて斬新かつ先進的なんでしょう! わたくしでは考えもつきませんわ!」
「おほほほ! これくらい私ほどになれば、当たり前よ。いつでも時代を作る女性は最先端のドレスを着るものですからね!」
姿は見えなけれど近づいて来た声はシヴィルだわ。
誉めそやされて有頂天になっている。
そんな大きな声を上げて、誰かに窘められ…………はしないわね。
そうした年齢層や地位のある方は排除された集まりなのですから。
私が溜め息を漏らすと、ロジェはちょっと気まずげに声を潜めた。
「一応聞いておくけど、あの足元の透けるドレスはこっちの流行り?」
「そんなわけないでしょ。ドレスの上に透ける軽やかな布を重ねることはするわ。けれど足が透けるデザインなんてそんな破廉恥なドレス、誰も着ないわよ」
今日のシヴィルは、チェリーピンクのサッシュベルトが目につく黒いドレス。
頭には髪が見えないくらいの花が盛られており、開いた胸元には黒いリボンと大きなピンクベリルが光っている。
そして一番問題となるのが、ピンクのスカート。
裾が短い上に透ける布を裾に使って脛まで見えていることだ。
短くても足首が見える程度が基本で、それも厳粛な貴婦人方には不評なデザインなのに。
シヴィルはさらに脛まで見えているのだ。
「まぁ、注目度は高くなるだろうけどな…………」
「あれで茶会の主役気取りなのだから頭が痛いわ」
悪目立ちとはまさにシヴィルのためにある言葉のようだ。
けれど褒められるばかりのために、行き過ぎている自覚がなく、黙っている人々の表情や空気を読もうともしない。
小言を言う年齢層の招待客を排除している上に、他国の貴族がわざわざ言うわけもない中、それで鼻高々になっている。
「陛下のほうは普通なんだけどな」
「あちらはあれできちんとした衣装係がついていますもの」
そこは王室の伝統と格式を弁えた者が役目を負っているので、シヴィルのような顰蹙を買うような恰好などしない。
新王の金糸のコートとベストは、華やかで軽やかな茶会に相応しい姿だった。
けれどシヴィルを諌めるどころか誇らしげなのだからこれもまた手に負えない。
さすがラシェルに似合わないドレスを贈っていい気になっていた感性の持ち主というしかなかった。
「ちなみにこれ、あの公爵夫人が知ったら?」
思いつきで聞いてくるロジェがいう公爵夫人とは、品格を重んじるアンナさまのことだろう。
「王宮に乗り込んで苦言を呈すでしょうね。そしてより王室と有力貴族の溝が深まるわ」
「君の狙いどおりに?」
「馬鹿なことを言わないで。これは予想以上だわ」
「だよなぁ」
ロジェは苦笑して、同情の目を私に向ける。
「服飾に興味はなくとも、感性は世間と離れていないようで良かったわ」
「あの礼服のことか? だからある物着ただけで別に似合ってたなんて自分でも言う気ないさ」
そう言ったロジェは私に囁くように声を落とす。
「この服装がイレーヌの好みなら、今後もこういう恰好するけど?」
「…………いいわ。いつもの黒いクラバットのほうが、ロジェには似合うもの」
服装としては似合うし、バランスもいいと思う。
けれどロジェらしさという点においては、違う気がしていた。
「じゃあ」
ロジェが何かを言おうとした時、不意に甲高い笑い声を貫く叱り声が上がった。
「シヴィルさん、少しは弁えなさい」
招待した若い貴族子弟の中には、私のような反感を持つ者もいる。
どうやらその一人の令嬢が、痺れを切らせて物申したようだった。
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