40話:区長あしらい
私にきわどい質問を投げかけていたロジェは、まだまだ手を緩める気はないらしい。
「聖女の急死への対応はある、聖女の交代ですぐさま結界はなくならない。じゃあ、その時代の聖女の財産はどうなるんだ?」
ラシェルが公国へと出ていることは知られていない。
そのせいもあって国内は比較的静穏だけれど、これが見せかけだけであることをロジェは知っている。
だからこそ今後起こりうる問題を想定して聞いているのでしょう。
「…………聖女の所属は中央教会なの」
「それは聞いたが…………あぁ、つまり聖女になった後の財産は全て中央教会が手にするのか」
「えぇ、聖女が形見分けを指示していない限り、王からの下賜された物だろうと、民から献上された物だろうと全て中央教会が相続するわ」
中央教会には聖女の遺産という財源がある。
だからこそ他の守護教会や聖遺物教会よりも安定した運営ができる。
「もちろん、聖女の遺産を相続した場合、それを抱え込むようなことは批判されるわ。だから、中央教会は財源の乏しい守護教会へ定額を支給しているの。その中央教会の支給に頼って運営している守護教会も少なくないわ」
「つまり、聖女さまさまなわけだ」
言い方が悪いけれど、そのとおりだ。
中央教会は歴代の聖女の存在によって支えられている。
だというのに、その聖女を追い出して挿げ替えるなんて愚かにもほどがあるわ。
中央教会が持っている領地だって元を正せば過去の聖女が下賜された土地を相続して得ているというのに。
「難しい顔してるところ悪いが、生きて聖女が交代するとどうなるんだ?」
「悪いなんて心にも思っていないのではなくて?」
私の眉間の皺が増えるようなことを聞いておいて。
ラシェルのことは知らないふりなので、私もはっきりとは言えないけれど。
正直、ラシェルが置いて行った財産はラシェルがここに戻れなければ二度と手にすることはできない。
「過去、病や怪我で存命中に聖女が交代した例がないわけではないの。けれどその際は退いた聖女が暮らして行けるだけの財産を残して全て次の聖女へ渡していたわ」
「つまり?」
「死なない限り聖女の財産は聖女の物。この国では誰であっても譲るとも言っていない資産を勝手に動かすのは泥棒よ」
「じゃあ、聖女がその地位を退いてから、財産を取り戻そうとした場合は?」
やっぱりラシェルについて聞きたいんじゃない。
「例えば、出て行った後残された物を、次の聖女に譲ったと解釈したらどうなると思う?」
「あぁ、丸々次の聖女の物だな。というか、そういう解釈がまかり通るのか?」
「ここの修道院には聖女が使うための部屋があるわ。そこには歴代の聖女が使っていた家財道具が遺してあるの」
「そしてそれを使うのは今の聖女、と。なるほど。今の聖女が総取りってのは無理な解釈じゃないわけか」
ロジェ考えながら首を傾げた。
「修道院での生活なんだろう? 財産って言える物、家財道具以外にあるのか?」
「聖女の使う物はそれなり見栄えがあるのよ。資産と考えればまとまったお金になるわ。それに、土地は動かせないからどうしても残していくことになる。他で言えば…………殿方は、美しい娘を見ると宝石で飾り立てようとなさるものでしょう?」
「ははーん、美人が言うと嫌みにすらならないな」
ロジェは私に向かってウィンクをする。
私のことじゃなくてラシェルのことよ。
「とは言え、その辺気にしてなさそうだったが」
「するわけないでしょ。身に余ると言ってほとんど着けないし、奉仕活動に重石を持って行くような子じゃないわ」
「世話になる分の補てんとでも渡しておけばいいのに」
確かに宝石類を持ち出しておけばそれはそれでラシェルの身を助けることになっただろう。
けれどもっと大事な物をラシェルは持ち出してくれた。
聖遺物はお金には代えられないけれど、人心という得難いものを引き寄せる。
思わず笑う私にロジェは考え込んだ。
「イレーヌに大きく利する何かを持ちだしたんだろうが、わからん」
「ふふ、そんな謎かけが解けない子供のような顔をすることないじゃない」
悔しそうなロジェがおかしい。
「まだまだ勉強が足りないか?」
「これは当てられたらすごいわ。私も驚いたもの」
「そう言われると当てたくなる…………が、楽しいお喋りはここまでみたいだな」
突然声の調子を変えるロジェは、聖堂とは逆の修道院に通じる通路のほうを見る。
私の耳にも聞き知った足音が近づいてくるのがわかった。
私の変化に目敏く気づくロジェは、背筋を正して澄まし顔になる。
「さて、移動しましょうか」
「イレーヌさん、お待ちなさい」
逃げようとした途端、区長が不躾に呼び止めた。
「区長、わたくしは今、殿下をご案内中であることはお聞きかと思いますが?」
私は区長の背後、馬車を降りて声をかけて来た修道女に目を向ける。
区長に私の来訪を報せたのに、そのことを言っていないとは思えない。
区長は怯まず、どころかロジェなど眼中外で私に命じた。
「すぐに聖女の御坐所へいらっしゃい」
「お断りします」
焦っている様子の区長に、すっぱりと拒絶する。
魔物被害をそれとなく耳に入るようにしてある。
それでシヴィルを引っ張り出す圧になればと思ったのに、どうしても私に手伝わせようとするのかしら?
正直神経がわからない。
私を急き立てるよりもまずやることがあるでしょう。
「な!? 国の一大事に何をふざけているのですか!?」
「一大事? でしたらどうぞ、聖女さまへ救いを求められては如何でしょう?」
「そのように言うのでしたら、聖女は何処にいるのかをいい加減お教えなさい!」
「ですから、城に聖女を自称する方がいるでしょう」
「今はふざけている時ではないのですよ!」
「えぇ、ふざけている気などありませんわ」
私と区長のやり取りに、ロジェが横を向いて口元を押さえるのが見える。
こちらとしては本当にふざけるような話ではないのよ。
新王の命令を盾に自分からは何もしようとせず、責任を逃れようとしているくせに。
どうして他人に国の一大事などを負わせようとするのかしら。
「もう一度言います、わたくしは今、ボルボー王国の殿下を、公爵家の者として案内している途中です。それを妨げる権限があなたにあるとでも?」
聖女の御坐所で何があったかは気になる。
けれどここで好奇心に負けては区長の思うつぼだ。
あとで区長の目を盗んで修道女から事情を聞かなくては。
あぁ、やることが増える。
と思っていたら、ロジェがずいぶん勿体ぶった動きで私の手を取った。
「ようやく公爵家から借り受けた花を、今日は独り占めできると浮かれていたのに。あまり邪魔をしては欲しくないのだが?」
じっと区長に視線を注ぎながら私の手を指先で撫でる。
ロジェの醸し出す雰囲気に、区長はもちろん、私も言葉に詰まった。
「はは、ははははは、破廉恥!」
耐性のない修道女は真っ赤になり、そんな言葉をのたまう。
「ここを何処だと思っているのですか!? そのような不心得な方は即刻退去願います! 王子であろうと神の家でそのような!」
修道女の声で正気づいた、ような、つかないような区長は声を裏返らせた。
わめく区長に肩を竦め、ロジェは中央教会から追い出される。
「あなたは残りなさい! イレーヌさん!?」
もちろん私もロジェに手を掴まれたまま一緒にその場を後にしたのだった。
毎日更新
次回:晩餐会準備




