31話:ラシェルの決意
「ご歓談中失礼いたします。ご移動を願えましょうか」
着飾った廷臣が、私たちを呼びに現れる。
急なことで略式とは言え、一国の君主との謁見だ。
私たちは互いに序列に従って並んだ。
「本当に一番下でいいの、ロジェ?」
「大国の聖女さま、公爵令嬢、公国の伯爵家子息となれば、名もない俺は一番下だろう。今はな」
私の確認に、野心的なことを言いつつ拘らない様子でロジェは笑う。
そして私とラシェルを先頭に大公と謁見することになった。
私たちの後に入室した大公は女性。
妙齢に見えるがすでに子供は四人いる。
そんな女公の左右には宰相と救貧院に来た公子が侍っていた。
「我が子と共に、北の姦計を阻止し、我が国の民を守り慈しんでくださったこと、感謝の意を表します」
女公は長口上を読み上げようとした文官を片手で遮り、自らの言葉で謝意を示した。
そして表向きの口上を切り上げて私に笑いかける。
「わたくしの名に泥を塗られた今回の件、解決できて本当に良かった。イレーヌ、あなたが居合わせてくれて助かりました」
「勿体ないお言葉です、大公陛下」
叔母の嫁いだ伯爵家は女公の血縁。
そして私は毎年顔を合わせている、親戚の姻戚という全く関わりがないわけではない立場。
女公も私の性格を知っているからこそ、本音を交えて話す。
「互いの利益になるとは言え、危険に自ら臨むその強い姿勢は、賞賛に値します」
泥を塗られたからこそ自力解決しなければ大公の力が軽んじられる。
それはこの方の与党に与する我が家にとっても不利益だ。
こうして私を褒めることは、必ず挽回するという女公なりの決意表明でもある。
「…………本当に、あなたの力がなければ全員を五体満足で捕まえられなかったでしょう」
変わらない笑顔だけれど、声に暗さを感じるのは気のせいではない。
何故なら五体満足である賊は、これから拷問のために四肢を使われることになるのだから。
削る部位が多いほど苦痛によって得られる情報も多いと言う話だ。
「けれど、もう少し早く会いに来てほしかったわ」
「ご挨拶が遅れましたこと、伏してお詫び申し上げます」
我が国では先代国王の急逝と葬儀があり、続く新王の即位で忙しいことは周知。
それでもいつもどおりの時期にやって来た私の挨拶は決して遅くない。
女公が文句をつけたのは、ラシェルのことだ。
「改めまして、わたくしの無二の友人ラシェルと申します」
聖女とも言わず家名も言わずにそう紹介した。
そんな私の紹介に女公は笑みを深める。
たとえ家に見捨てられても、聖女でなくとも私はラシェルを見捨てないという、私なりの意思表明だ。
女公は確かに受け取ってくれた。
「イレーヌも我が家に迎えたいほどの美貌だけれど、まさか上回る美貌に出会えるとは思わなかったわ。ラシェルさま、我が国での休暇は楽しまれていますか?」
「はい、大公陛下の薫陶により麗しくも活気溢れる公国の風はとても素晴らしく私を飽きさせることはございません」
ラシェルも王太子だったニコラの婚約者だったから、対外的な対応はできるように努力している。
けれど返答に精一杯でたぶん女公の真意までは気づいていないわね。
女公はラシェルに敬称をつけた。
公国は王国と一蓮托生とも言えるほど近い関係であり、聖女追放の顛末は知らないまでも、シヴィルがラシェルの居場所を奪った現状はわかっている。
その上でヴァルシア王国の聖女としての対応は、ラシェルが返り咲くことを見越してのこと。
「ラシェルさまがお気に召したのなら、いついつまでも我が国にいらしてくださいませ」
「え…………?」
さすがにあからさまな女公にラシェルも気づく。
そして戸惑って私を見た。
その様子に女公は笑顔のまま追い打ちをかけて来る。
「お望みとあらば、我が家の港を一望できる別荘をお貸ししましょう。もし我が国に根付かれるお心積もりがあるのでしたら、別荘を生涯使ってくださっても構いません」
背後で笑い声が漏れる。
他人事だからって笑わないでロジェ!
女公は完全に当代最高の聖女であるラシェルを引き抜きにかかってるのよ!
「まぁ、大公陛下」
「我が子などどうかしら?」
ちょっと!?
私の言葉を遮ってまで公子を薦めるなんて!
公子も期待に満ちた目をしないの!
国益を担う貴族子弟がそんなにあからさまでいいわけないでしょ!
「大公陛下」
私が切り返そうとした時、ラシェルがはっきりと声をあげた。
見ると透き通るようなラシェルの横顔には、強い意思がある。
「この国を守り、支え、育てることに全てを捧げる大公陛下のお働きは、私もイレーヌから良く聞いておりました」
将来王太子の妃となる予定だったため、周辺の国の情勢から元首の実績や性格を私は知る限り教えていた。
もちろん、女公のたおやかな見た目に反した押しの強さも、公国の利となるならば少々の恥など気に留めない大胆さも。
「だからこそ、私は大公陛下に尊敬と親愛を抱いていました」
「まぁ」
「私も、同じ思いですから」
色好い返事を期待した女公が微かに目を瞠る。
きっと私も同じ表情だろう。
ラシェルは裏表のない真っ直ぐさで女公を見つめて続けた。
「私は才能に恵まれ、過分な夢を見ました。生まれた国を守り、支え、育て、愛するという未来を」
両親に疎まれ居場所のなかったラシェルは、聖女になったことで居場所を得て、失い、なおそう言ってくれる。
不安に駆られると自信を失くして俯いてしまう性格なのに、今は真っ直ぐ女公を見据えて物を言っていた。
「国に戻るまでの間、お世話になります。どうか、永の平安を共に」
女公は公国を支え、ラシェルは王国を支える。
それこそが両国にとっての平安の道。
そう語るラシェルの言葉は、縁談の申し出への答えにはあまりにも婉曲さのない拒絶だ。
公子はラシェルの顔に見惚れて瞬きもせず、宰相はその様子に気づいて辟易した雰囲気を漂わせる。
そしてひたすらに偽りのない言葉に、女公も苦笑を返すしかなかった。
「互いに手を取り合える隣人に感謝を」
「両国の友愛に神のご加護があらんことを」
諦めたように口上を述べる女公に、ラシェルは宗教画の如き礼拝の姿勢で祝福を願う。
公子かジルか、はたまた私だったのか。
ラシェルの嘘偽りのない姿に、感嘆の息が漏らされた。
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