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パトリック1

 イレーヌを王城に呼び出しただけで、継嗣である俺が謹慎させられる羽目になった。

 越権行為だとか言っていたが、結局は父が娘をかわいがり過ぎているだけだ。


 陛下が呼んだんだぞ?

 なんでそこで公爵である父が出て来る?

 その上口うるさい老人ばかりで責め立てて、驕り高ぶりが目に余る。

 恥を知れと言いたいものだ。


「全く、この国は間違いだらけだ」

「あなた、謹慎が解けたのだからあまり周囲を刺激してはまた陛下のお側に上がることさえ憚られるようになってしまいますわ」


 俺の身支度を手伝ったカロリーヌが心配顔で言った。

 この守りたくなるような弱々しさ。

 これがカロリーヌの魅力だが、妻をあまり不安があらせてばかりも男としてすたるというものだな。


 俺はカロリーヌにキスを落として笑いかけてみせた。


「俺とて分別はあるさ。まだこれからだ。陛下が政策によって国内外に名を知らしめ、まずは老害どもの妨害を跳ね返せるほどにならなくては。それまでお支えするのが役目だ。わかっている」

「えぇ、ご立派です。そのために陛下のお考えを邪魔したお父上と争うことも厭わず、こうして毅然と謹慎を全うされ。あなたほどの忠臣は、国内の何処を捜してもいないでしょう」


 やはり俺の妻たるカロリーヌはわかっている。

 こうして家長を理解して従うことこそ女の本分だ。


 なのに妹と来たら、すぐ人を馬鹿にした目をして言葉も持って回った言い方であしらう。

 こちらがわからないだろうと見下す性根の悪さはいったい誰に似たのか。


「ですが、少々寂しゅうございます」


 カロリーヌが、俺の背に寄り添う。

 その身の軽さに庇護欲が掻きたてられた。

 振り返って抱きしめると小柄な柔さと共に、愛おしさが匂い立つようだ。


 ヒールを履いても俺とあまり身長の変わらないイレーヌにはない、愛らしさだと言える。

 だいたい弟のくせにトリスタンも無駄にでかくなって、二人そろって俺を見下ろして笑えるのも今の内だ。


「義兄さーん、お城に上がるなら馬車に乗せてくださらない?」


 そう言いながら夫婦の部屋にやって来たのはカロリーヌの妹のシヴィルだった。

 いつもどおりピンクと黒のドレスを着て、甘えたように首を傾げてみせる。

 俺にはわからないが周囲の令嬢たちが誉めそやしてるから、最先端で先鋭的とかいうすごいドレスなんだろう。


「ようやく謹慎が解けたのだから、ね? お願い」


 わかりやすく甘えて来るシヴィルのこれも一つ可愛げだ。

 俺はカロリーヌを抱いていた腕をほどいてシヴィルに向き直った。


「よし、では」

「あ、お出かけの前にあの子に会ってくださいな。あなたが仕事に出ることに寂しいとぐずってしまっていて」

「何を言ってるんだ、カロリーヌ」


 俺は信じられないカロリーヌの言葉につい声を強くしてしまった。


「寂しがっている子供を放っておくなんて! それでも母親か? すぐに息子の所へ行くべきだ。公爵家の跡取りなんだぞ。放っておくなんてもっての外だ!」

「…………はい」


 カロリーヌは素直に頷くと部屋を出ていく。


 俯きぎみに己の非を恥じる姿も、イレーヌにはない慎ましさだな。

 父が家を保ち外で立派に働く間、大切な跡継ぎは母の愛情と優しさを満身に受けて育つ。

 これこそ子供に必要な環境だ。


「あは、本当にどんくさい。カロリーヌはいつも言うこと聞いてくれるけど、気の利かないところもあるのよね」

「何、妻の教育も夫の務めだ。カロリーヌはよくやっている」


 俺は答えながら馬車に向かうため、シヴィルに腕を差し出した。


 男爵領についても、屋敷についても、カロリーヌは上手くやっているらしい。

 なのに認めない実家はいったい何を意固地になっているのか。

 イレーヌとパトリックが言うことが本当なら、親戚一同にもいい年をして意地悪をする者がいるらしい。

 将来の公爵夫妻だぞ?

 どうしてこうも世の常識のない者が親類なのだか。


「ねぇ、義兄さん。久しぶりなんだし、今夜は飲まない?」


 同じ馬車の中でシヴィルがまるで今まさに喉が渇いているかのように唇に舌を這わせる。

 こういう誘いはよくあるが、悪い気はしない。

 ただ誘いを受けるかどうかは都合というものがあった。


「謹慎明けだ。父たちがどんな邪魔をしているのか知らなければ。そんな時間はないだろうな」

「つまらなーい」


 おもちゃを取り上げられたようにシヴィルは唇を尖らせる。


 未来の王妃なのだから今の内に遊ぶのは理解できる。

 だが俺がいない間に陛下に相手をしてもらえずにいたのか?


「シヴィル、陛下から何か?」

「私難しいことわからないもの」


 すねてそっぽを向いてしまった。

 もしかしたら陛下はお忙しくしてらっしゃるのか?

 そのせいで陛下にも相手にしてもらってないのかもしれない。


 そんな不安は的中していた。


「はぁ? 侯爵が領地に帰った?」

「全く、頭の固い老人には困ったものだ。一族に名を連ねる家にも強制したのか、他にも王都を離れて領地に戻っている」

「陛下が軍を統率することの何が不満なのです? それは国として古式に則ったやり方ではないですか。普段から格式だ、前例だと言っておいてそれでは道理が通らない!」


 何がしたいのか全くわからん。

 国は王のもので、その国を守る軍が王の下に宰領されてなんの問題がある?


「少々侯爵の利権に手を出しすぎたかもしれないな。国を本当に憂う私の行いの先を見ず、今この時に失われる己の利益しか見ていないのだ」

「何を言うのです! 陛下が正しい行いをなさっているのでしたら、悔やむことなどありますまい。どころかそのような陛下のお優しさは、相手に付け込まれるだけです」

「む…………なるほど、パトリックの言うとおりか」


 陛下は何やら思い当たることがあるようだ。

 全く侯爵ともあろうものがとんでもない不心得者だったとは。


 軍を統括することでの利権が何かはわからないが、陛下がそう言われるのなら何か旨味があったのだろう。

 軍など爵位も継げない木っ端貴族の行きつく先のはずだが。


「撤回や私のほうからの譲歩を勧める輩がいるのでやりすぎたかと思ったが」

「まさにそれこそ陛下の権威を貶める不埒な行為! あてつけに領地に帰った者など、気にかけてほしいだけの驕慢の徒です。頭を冷やすためにも放置が一番ではないでしょうか」


 俺の言葉に陛下は深く頷く。


「なるほど。こちらから甘くしてやるだけでは調子に乗るか」

「えぇ、まず最初なのですからここでどちらが上かを周囲にもわからせるべきでしょう」


 だいたい社交期を前に帰るなど馬鹿なことをしたものだ。

 中央での影響力を削り、権勢を自ら衰えさせる悪手でしかない。

 そんな者放っておいても問題ないはずだ。


「お、お待ちを!」


 知らない顔の禁兵が声を上げた。


 聞いた所、今までの者を父らが俺の謹慎の間に変えたそうだ。

 扉を守るはずの兵が執務室の中にいるなど、まるで監視ではないか。

 その上陛下と側近が国の先を語る話し合いに口まではさんでくるとはなんたる不敬。


「黙れ。邪魔立てするなら放り出すぞ。使われるしか能のない木偶は静かにしておけ」

「な!? 公爵家の方とは言え、あまりにも」

「忠告はしたぞ。これは陛下の執務を邪魔する不埒者を排除する正当な行いだ」

「はぁ!?」


 騒ぐ馬鹿を掴んで、俺は外に放り出す。

 向こうも訓練を積んでいるが、俺は生来力は強い。

 それを毎日怠らず鍛えているのだから、どれだけ技があろうと生まれながらの才能を凡百が越えられるわけもない。


 禁兵を外に出して扉を閉めると、途端に室内には笑い声が湧いた。

 何処か暗かった雰囲気が一気に払拭される。


「やはりパトリックは頼もしいな」

「勿体ないお言葉」


 陛下の言葉に答えて、俺は思い直す。


「父の不敬を止められもしない謝罪が遅れましたこと、申し訳ございません。謹慎の間手紙で、イレーヌをシヴィルの手伝いに出すよう説いたのですが聞く耳を持たず。陛下のお考えを理解しない身内が恥ずかしい限りです」


 どんなに説いても父はイレーヌを手元から離そうとはせず、公国から呼び戻しもしなかった。

 聖女が聖女の仕事を放棄するならシヴィルは聖女ではないなどと、未来の王妃に対してあまりにも不敬な答えしか返ってこなかったのだ。


 そんな俺に陛下は笑って首を横に振った。


「私も王太子の時から老人の頑固さには手を焼いていた。言うなればこれは想定内のことだ。パトリックのその謝罪の言葉があればいい。次代の公爵家はより良い者が裁量するとわかっているんだ。期待している」

「は!」


 これこそ公爵家としてあるべき国王との信頼関係。

 忠誠に返る確かな信任。

 国と共に約束された未来。

 これぞ公爵家継嗣として生まれた俺に相応しいあり方だ。


 賢しらぶるイレーヌなど行き遅れでしかない。

 田舎に引き篭もってるトリスタンなど口だけの小物。

 一番の障害は父である公爵だ。


「ただ問題は父がまた口を出してくることです。イレーヌも公国から戻れば余計な手出しをするでしょう。そうして目立ちたがるたちなのです、あれは」

「ふむ、確かに新時代の幕開けである社交期をこれ以上荒らされても面白くない。旧来の者たちにも私の権威を見せつける方法を考えなければ」

「でしたら舞踏会ではありませんか? 誰もが陛下を讃え見つめる豪華な集い。私、踊るのが好きで、その、陛下と…………」


 ちらちらとシヴィルが陛下を窺いながら上げるのは、なるほどいい手だ。


 けれどさて、どういう名目で舞踏会をするか。

 それもまた陛下の名を残すことでなければいけないのだから悩みどころだった。


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