18話:公国の宰相
従僕と別れてまた馬車での移動を再開した。
公国に入っても懇意にしている貴族の領地を回って外交は続く。
順調に公国の首都へ辿り着いた時、異変があった。
「お嬢さま、前方より騎士が停止を求めております。紋は、白地に黒丸が六列」
御者からの報せに同じ馬車の中にいた侍女が息を飲む。
その紋章は有力貴族なら知っていて当たり前の物だった。
「王の毛皮? 公国宰相の紋章かもしれないわ。求めに応じなさい」
馬車を止めると外から名乗りが上がる。
宰相からの使いを名乗る騎士は、私の来訪を知りぜひ歓待したいと宰相が求めていることを告げた。
これは、断れない。
公爵家とは言え一国を動かす人間が私にいったいなんの用なの?
…………いえ、わかってる。わかってるわよ。
「では、荷物の整理もありますし侍女たちだけを先に伯爵家に送ります」
叔母が嫁いだ公国の伯爵家へと、連れていた半数を向かわせる。
事情説明と同時に長居はしないという意思表示だ。
「それでは私めの後を参られよ。麗しきヴァルシアの赤きアマリリス姫」
何その大袈裟な呼び方?
確かに我が家の紋章はアマリリスだけれど。
騎士は儀仗兵でもあり、その分見た目が大事な職業。
騎士を抱えることは富の象徴でもあり、富には見合った教養が求められるのが貴族社会だ。
だから騎士もそれらしいパフォーマンスが必要なのかもしれないけれど。
「イレーヌお嬢さま、悪い話なのでしょうか?」
私の微妙な表情に、侍女が不安を覚えてしまった。
「私とわかっていてお呼びになるなら、理由は一つよ」
笑って見せるけれど、理由に思い至った侍女は顔を強張らせる。
「全ては公爵さまの胸の内と、お答えにならないことが賢明かと」
「そうね。私の不用意な発言で問題になっても嫌だわ。けれど、一国の宰相がそんな逃げを許してくれるかしら」
こうして騎士を派遣してまで網を張られていたのだから、無理でしょうね。
私は騎士の先導に従って公国の首都へ入り、宰相の屋敷へと誘われた。
何度も来ている街なので、宰相の屋敷の場所くらいは知っている。
ただ、まさかこの門を自分が潜ることがあるなんて思いもしなかったけれど。
「これはこれは、以前公爵の晩餐会でお目にかかって以来ですな。あの頃もすでに美しさの片鱗があったが、今ほどではなかったと断言しましょう」
舶来品で飾られた屋敷の中、宰相本人が私を出迎えた。
これは、絶対逃がさないという意気込みを感じる。
「過分なお言葉です。お忙しい中お時間を割いていただきありがとうございます」
宰相は人の良さそうな顔をしているけれど、目にははっきりと知性が浮かんでいた。
いえ、獲物を狙う狩人の如き戦意とでも言うほうがあっているのかしら。
これは探られるわ。
上手くかわしたいところだけれど、無理よねぇ。
「謙遜を、と言うところですが、先にいらっしゃっているご友人を見た後ではどんな褒め言葉も煙のように浮薄に感じるものですな」
う、先制がきた。
私の体勢が整わない内を狙うなんて、大人げなさすぎではありません?
しかも的確に核心を突いてくるいやらしさ。
大人って汚い。
けれどこう言うということは、もうラシェルの存在は押さえられているのだ。
だったら下手に誤魔化さないほうがいい。
どうせ即位式で用意された原稿を読み上げるだけで、聖女の交代について何も触れなかった新王の様子もわかっているでしょうし。
「えぇ、本当に。友人は内陸で生まれ育ちましたので海を見たことがないのです。ですからいつかこの公国の素晴らしい海辺の景色を見せたいと思っておりましたの」
「いやいや、嬉しいことを言ってくれますな。ただやはり自慢させていただきますと、この公都は長く争いから遠ざかり、商人たちが帆船を並べる豊かで活気のある港が誇りでもありますから」
わー、我が国の北との海戦を主軸に整えた軍港を擦って来た。
けれど確かに観光には向かない場所なのよね。
あと商業について触るということは、どう我が国が転ぼうと富を握っている公国を味方につけたほうがいいというセールスもあるわね。
「先王陛下にはおいでいただいこともあり、新王陛下にも一度は足を運んでいただきたいと思っておりますよ」
「まぁ、それは両国にとって喜ばしいことですわね。幾久しく両国の友好が続きますことを我らをお守りくださる聖女さまにお祈り申し上げましょう」
あくまで私は当事者じゃありませんとポーズを取る。
同時に、ラシェルのことを匂わせて反応を見た。
宰相のことだから私が一番ラシェルに近いことも知っているでしょう。
もちろん公爵家がラシェルの後見であることも。
「おぉ、祈りが通じることを願っておりますよ。敬虔なあなたの祈りなら、きっと通じることでしょう。足繁く王国の教会にも通っていると聞こえております」
わ、わー。
ラシェルのことがあってから行ったのは二回だけなのに、それ以前のことだとすれば私はこの宰相に以前から目をつけられていたことになる。
一介の公爵令嬢に何をしているの?
公国の宰相は暇なの?
「兄上はお元気かな? あまり公国にはいらっしゃらないようだ。そうそう、弟君もいましたね。お連れくだされば顔を合わせることもできたでしょうが」
「どちらも忙しい身ですので。お蔭でわたくしはこうして公国の美しい景色を堪能できるのですから、兄と弟には感謝の念が尽きません」
これは、継嗣交代を視野に入れてることさえ見透かされてる。
公爵家継嗣にするつもりなら、トリスタンを公国でも顔通ししておくように言われた気がするわ。
「私も歳で、このところ若者たちの顔と名前を覚えるのが難しくなってきていましてね。最近王国で話題のあのご令嬢。名前はなんだったか…………亡き子爵の子が分家を作って起こった家の特徴的な色合いを好むあの、ご令嬢は」
はい、シヴィルですね。
どうして国内の者たちよりしっかりと把握しているの?
もう私を呼んだ意味はないのではない?
「華やかなご令嬢を前にすると饒舌になってしまっていけないな。良い休暇を」
疲れるやり取りを繰り返し、私は一時間ほどで叔母のいる伯爵家へ向かうことになった。
入れ替わるように宰相の下へ向かう青年貴族らしい姿を馬車の窓から見る。
「誰かしら? 紋章らしい物はないわね」
黒髪の青年は、立ち姿が宰相の所の騎士に劣らず堂々としていた。
すぐに案内の者が出て来たということは、馴染みの客のようだ。
青年が案内に一声かけると突然振り返る。そして一瞬、目が合った。
…………気がした。
すでに馬車は走り出しており、瞬きよりも短い間のこと。
なのに、その瞳の強い光が確かに私を捉えたような気がした。
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