2話:聖女失格
突然聖女出奔の報に慌てたけれど、無事に再会できて良かった。
ただ、聖女追放というさらにとんでもない話になった訳だけど。
ともかく私は馬車の中、ラシェルから聖女追放までの経緯を聞くことになった。
「突然殿下がいらしたの。私、教会の皆と奉仕活動中で、お出迎えの準備もしてなくて」
「つまり、あなたが出奔に至るまでを区長のみならず修道女たちも見ていたのね」
ラシェルのいた女子修道院は、中央教会と呼ばれる王都でも一番大きな教会の敷地内にある。
もちろん聖女のラシェルは特別な存在ではあるけれど、修道女に即した暮らしをしていた。
「えぇ。それで突然婚約破棄を突きつけられて、私、できる限り冷静に対応しようとはしたのだけれど。正直、よく状況がわからなかったのよ」
「待って、だったら一つ一つ聞くわ。どんな理由をもってラシェルは婚約破棄になるの?」
「えーと、陛下の急死は私が聖女として至らず、就任してから今日まで腕を磨かなかった怠慢のせいだと」
「とんだ言いがかりじゃない! 区長はそれを肯定したの!?」
冷静に話を聞こうと思ったのに、つい声を大きくしてしまった。
けれど区長はラシェル以上の聖女はいないと知っているはずなのだ。
何故そんな愚にもつかない言いがかりを肯定してしまうのか。
「それが、監督不行き届きで免職もあり得ると殿下が仰ったら黙ってしまって」
私は思わず頭を抱える。
区長の地位大好きだからこそ、区長は権力に屈したらしい。
馬鹿げてる。
「それで、陛下の急死に対する罰として王都からの追放を命じられて。殿下が連れていた貴族の方に連れ出されそうになったから、自分の足で出て行けますと言って、ここまで」
「本当に出てきてしまったのね。いったい誰よ、そんな馬鹿なことに加担したのは」
やり場のない怒りのまま聞くと、ラシェルはまた言いにくそうに俯いた。
だからこそ察してしまう。
「…………まさか、我が家の継嗣が?」
「うん、イレーヌのお兄さまがいらっしゃったわ」
本当に頭が痛い。
これをお父さまに報告するのも馬鹿らしい。
体を鍛えるだけが能の兄め!
「イレーヌ、もしかして公爵さまはごぞんじないの?」
「ないわ。そもそも私にラシェルを保護しろとお命じになったから私もラシェルの出奔を知ったのよ」
「あ、まぁ。そうだったの? 区長もちゃんとした命令書だと仰るし、公爵家の継嗣が動いているのなら、もう覆ることはないのだと思ってしまって」
言われてみればそのとおり、誤解してもしょうがない状況だ。
だからこそ余計に兄への憤りが湧く。
「あんの、馬鹿…………! 今まで勝手に行動して叱られてばかりなのに、どうしてこういう大事な時にお父さまへ報告をしないの!」
ラシェルの口ぶりから、あの兄は率先して聖女追放などという大それた企みに加担している。
これは我が家が聖女追放の片棒を担いだことになってしまう大失態だ。
「あ、ごめんなさい。やっぱり私、焦って大変なことを?」
「違うのよ、ラシェル。貴方は悪くないわ。悪いのは…………いえ、今はその話じゃないわね。それで? 乱暴なことをされそうになったから、自分で教会を出たのよね?」
私が先を促すと、ラシェルは記憶を手繰るように視線を彷徨わせる。
「それで、あれは誰だったかしら? 私よりも聖女に相応しいと言う方がいらっしゃって」
「え!? いったい誰が!?」
「一緒に聖女教育を受けた方よ。何処かの子爵の分家で、えーと…………黒いチョーカーや黒いドレスなのだけれど、前かけや小物がパウダーピンクの可愛らしい服装で」
その独特なセンスで誰だかわかってしまった。
「シヴィル…………うそでしょ…………」
兄の妻の妹に当たる義妹、シヴィル。
確かに聖女の素養はある。
けれど決してラシェルに勝ることはない程度の能力しかない相手だ。
そんな相手に国の守りは任せられない。
私はこの時点でラシェルを聖女に戻すことを決意した。
「あのシヴィルが自分から修道生活をしたがるとは思えないし、それでも聖女になると言うなら、狙いはわかりやすいわね」
聖女とは教会が認定するもので、国が認める地位はない。
ただ時に強い特権を有する身分だ。
「あ、そう言えば。私、製本の途中だったのに放り出してきてしまったわ」
「ラシェル…………」
修道女に限らず教会に身を寄せる者は奉仕活動という金策をする。
その土地の産物を作ったり催しの人手として手伝いをしたり、有名なところでは蝋作りや菓子作りなどだ。
けれど王都にある教会には国費が入っているので、財政は逼迫しておらずきつい労働はない。
その上王都の教会にいる修道女は貴族の生まれも多く、奉仕活動が義務とは言え肉体労働は少なかった。
「写本作業ね、懐かしいわ。飾り文字や染色した革の装丁をつけた、販売用の聖典。無駄に豪華で一つ失敗すると勿体ないことになるのよね」
それで区長が痛手を負うなら私はなんら問題視しない。
私は懐かしさを口にしながら自分を落ち着ける。
「あ、話の腰を折ってしまってごめんなさい」
「いいわ。私も先を急ぎ過ぎた気がするもの。そうね、王太子殿下の急襲を受けたのは、まず聖典の作業中なのね? そして周囲には同じ作業をする修道女がいた」
「えぇ。殿下は『ラシェルは何処だ!?』と大きな声で言うものだから、みんな怯えてしまって」
つまり王太子は押し入るように現れたらしい。
修道女しかいない中、着飾った供回りはほぼ男性という最悪の状態で。
「ラシェルも突然のことに驚いたでしょう?」
「私もそうだけれど、みんな揃って悲鳴を上げてしまったの。そしたら、『殿下の御前で姦しく騒ぐな! 礼儀を知らぬのか!』と怒鳴られて」
そう修道女たちを怒鳴りつけたのは兄のパトリックだったというから、もう!
あの脳みそ筋肉男!
自分たちが何をしているのか省みてから言ってほしいわ!
「ごほん…………。もちろん神に祈り静かに暮らす修道女は、あの筋肉で膨れたパトリックの声に怯えて黙ってしまったでしょうね。本当に申し訳ないわ」
「えっと、うん」
私に気を遣おうとしたラシェルだけれど、どうもずばり言い当ててしまったようで気まずそうに頷く。
「王太子殿下がいらして、ラシェルはどうしたの?」
「私は、『恐れながら殿下、ここはあなたさまがお出でになられるような場所ではございません。ご移動をお願いいたします』と言ったわ」
ラシェルは他の修道女を思い移動を促したらしい。
女の園に押し入っているのだから本来王太子のほうが礼儀知らずなのだけれど。
「私だったらもっと色々言って全員教会から追い出してしまいそう」
「私も戸惑いが大きくて、思うように言葉が出なかったのよ。だから、責めるよりも常識的な行動を促したというか」
ラシェルは気まずさとは違う悩むような暗い顔になる。
「王太子殿下は、なんと?」
「うん、それが『そうやってすぐ下手に出たふりをして真面目ぶる。いったい今までどれだけその外面に騙されて来たことか…………!』と…………。私、そんな風に思われていたなんて、想像もしてなくて」
「そんなこと思うのは、根性曲がりだけよ」
「いえ、けれど、殿下は心の底から言っておられたのよ。すぐには意味を飲み込めなかったけれど、私はそこに宿る悪意を確かに、感じたわ」
言って、ラシェルは一度深呼吸をした。
「その後に言われたの。『これ以上お前と言葉を交わすことも不愉快だ。だが最後の情けでこの私自ら言ってやろう。ラシェル! 今日を持ってお前の聖女としての地位を剥奪する! それに伴ってここに婚約破棄を宣言する!』と」
勝手に乗り込んできて、勝手に罵倒して、勝手に盛り上がっているようにしか聞こえない。
あまりの超展開に、私は開いた口がふさがらなくなっていた。
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