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ニコラ1

 即位の式典が終わって、私は早すぎた父の死を思う。

 けれど私こそが国王であり、感傷に浸っている時間は少ない。


「この国王の印章も私のものか」

「陛下、即位をお喜び申し上げます。しかし、その孝徳の憂いにはお悔やみを。ただ…………」

「皆まで言うな、パトリック。わかっている」


 ここは国王の寝室で、限られた者のみが入れる場所。

 ただ寝るだけの部屋ではなく、寝る前にくつろぐ居間があり、十分な広さの衣裳部屋がある。

 そこで私は側近と大臣などに邪魔をされずに国の今後について話し合った。


「やることはいくらでもある。それで言えば遅すぎたくらいだ。まずは旧態依然とした国の刷新を行う。皆、これよりは戦いだ心せよ」


 王太子であった時にはあまり国体に関われなかった。

 父に上申することもあったが、その途中にいる大臣連中や議会が邪魔をしていたのだ。

 結局父が死ぬまで私の正しい考えが国に敷かれることはなく、この日を迎えた。


 そんな過去の屈辱もここまでだ。

 これから輝かしい栄達の道が開けている。

 この才知を存分に振るい、国を富ませて賢王として名を残すのだ。


「ふふ」

「ニコラさまご機嫌ですね。私も嬉しくなっちゃいます」


 甘えた声で、派手なドレスのシヴィルが私にしなだれかかる。

 正直その衣装センスはわからんがこれでいい。

 どう着飾ってもラシェル相手のような敗北感ないのだから。


「即位式の成功はまだ最初の一歩だ。誰もが私を認め、誰もが言葉もないほど私の威容に見惚れていた。これが上手くいくかどうかは今後に大きく影響するのだよ」

「うふふ、私も注目の的でちょっと震えました。聞いちゃったんですけど、式典の合間に各国の偉い人たちが私のことを聞き出そうと城の使用人まで捕まえたそうですよ」

「やれやれ、時と場所を考えてほしいものだな。けれどこの私の妻となる者だ。少々うるさいくらい噂されるのも一つ務めだと思ってくれるな、シヴィル?」

「もちろんです。ニコラさまのお隣にいられるなら、私…………」


 愛らしく恥じらって見せる姿は少々あざとい。

 けれどそれがいい。


 いつでも私を立て、私の気を引き、私が上だと感じさせてくれる。

 これこそ至尊の血筋の正統な後継者である私に相応しい対応だ。


「本当にシヴィルはラシェルとは比べものにもならないほど素晴らしい淑女だな。今までどれほど私が蔑ろにされてきたのかがよくわかる」

「当たり前です。私はニコラさまを思い、ニコラさまのためにいるのですから」

「はは、比べる相手が悪かったな」

「ラシェルはニコラさまのことなんてこれっぽっちも気にしませんでしたから。ニコラさまのために尽くすよりも、自分の評判を上げることばかり考えてたんですよ」

「あぁ、全く騙された。父も騙されるなんて、生きている内にわかっていればな」

「本当に。私、お見かけするたびにニコラさまが不憫で。お慕いする方が騙されてるなんて我慢できずに出過ぎた真似をしたのに、ニコラさまは私の誠心誠意のお言葉に耳を傾けてくださった」


 そう褒めたたえるシヴィルは、私に惚れ込んでいる。

 そう、至尊の椅子に座る私の婚約者となる栄誉に浴する者はこうでなくてはいけない。


 決してラシェルのように私より前に出て貴族に囲まれるような弁えのない者であってはいけないのだ。


「ラシェルは私に興味なかった。どころか私がわざわざ声をかけてやっても奉仕活動だなんだと断る無礼をし続けて。少々回りくどくその弁えのなさを指摘しても、父にどう讒言したのか私をお叱りになるよう仕向けて」

「私だったら誰よりもニコラさまを優先します。ラシェルが間違っているんですよ。ニコラさまは素敵な方です」

「うむうむ。そうだな。その上ラシェルはすぐに私よりも目立とうと貴族連中に媚びを売って囲まれていい気になっていた」

「私はぁ、ニコラさまのお側を離れたくありません。どうか、いつでも一番お側においてくださいね」


 こうしてわかりやすく甘えることも、機嫌を取ることもなかったラシェルの不遜さが嫌でも思い出される。

 国が大事にする聖女だからと調子に乗って。

 男爵家程度の生まれで、その男爵とも折り合いが悪いなど、本来なら私と顔を合わせることもできない程度の身分であることを忘れたか。

 きっと初代聖女の再来などと持ち上げられて勘違いしたのだろう。


 けれど聖女は替えが効く。

 そのために賦役として聖女の才能がある者を国が把握しているのだ。

 今頃あの美貌も涙で薄汚れていることだろう。


「ふふ、本当にシヴィルは可愛らしい」

「まぁ、ニコラさま。あなたが見出してくださったから私…………」

「何、聖女としてふさわしいのはラシェルよりシヴィルだ。そんなこと少し過ごせばわかること」

「えぇ、賦役の時からラシェルは能力の高さをそれとなく吹聴して、周りに弱者を演じつつ同情を引いてたんです。そんな卑怯な者が聖女に収まっていたのが間違いだったんですよ」

「か弱げな見た目に騙されていたよ。だいたい聖女は必ずしも能力が高い必要もないのだ。先代聖女がいい例ではないか。最も能力が高かった公爵家の者が聖女に就くことを断ったことで据えられた聖女だ。要は聖女に相応しい人柄であればいい」


 初代の再来だからなんだ。

 それで私を軽んじていい理由にはならない。

 ラシェルなど折り合いの悪い実家を出るためだけに聖女に収まったできそこないでしかないだろう。


「そのとおりです。それを気づけなかった愚かさを、ラシェルは今頃何処かで悔やんでいるはずですわ」


 シヴィルの言葉にその様子を想像してみる。


 ふふん、聖女用の部屋から追い出されてわびしい思いをしているかもしれない。

 ラシェルが道端で震えていると思えば胸がすく思いだ。


「…………いや、それはないか」

「ニコラさま?」

「どうせ公爵家が囲っている。反省しているかどうかわかったものではない」


 現実を見た私の言葉に、シヴィルは考え込む様子を見せる。

 顔を伏せててどんな表情かは見えないが、シヴィルは聖女の素養のせいかたまに鋭いことを言うのだ。


 私が漫然と感じていたラシェルへの違和感を言い当て、ラシェルの聖女としての適性のなさを指摘したのがいい例だろう。


「でも、義兄さんが調べた限り、公爵家の中にはいないって言ってたんです」

「そうなのか、パトリック? 領地に送ったりは?」

「今確認中です。それらしい動きはあるので、イレーヌの奴が囲ってるのは確かでしょう」


 イレーヌ、何度か公式の場で会っているパトリックの妹。

 公爵家が実家を差し置いてラシェルの後見に収まったのはイレーヌの手引きだったと聞く。

 本来は男爵令嬢でしかないのに、公爵家の後ろ盾で驕ったとも言えるか。


 パトリックの実妹にしてラシェルの友人、いや、本当に友人か?


「イレーヌは聖女でなくなったラシェルを匿うような性格か?」


 公爵令嬢としてすまし顔しか思い浮かばないが、顔はいい。

 着ているドレスも華やかで流行を外さない。

 けれど気が強く、男を立てることのない性格が透けて見える人物だ。


 パトリックからも、兄を敬わないと聞いている。

 そんな公爵令嬢が利用価値のなくなったラシェルを本当に匿うだろうか?


「イレーヌはラシェル以上に性格が悪いです」


 シヴィルがそう断言した。


「賦役でも区長に目をつけられてて。なのに家の力と金を使って高評価をもぎ取るような狡い相手なんです」

「そんなことがまかり通るのか?」

「あれだけ問題があると区長に叱られていた上に、二年も賦役をしなければいけないほど能力がなかったんです。絶対悪いことしてます」


 女子修道院でのことなので私では計り知れないが、内情を知るシヴィルの言葉には頷けるものがある。


 パトリックを見ると同意の言葉を答えた。


「あいつはそいう賢しらぶる奴です。実の妹だとは思えないほど悪辣で。私の言うことも聞きません。それなのに父は甘やかし好きにさせているから増長するばかりという」

「その証拠に、四年前に婚約破棄されて以来婚約話もないんですよ。公爵令嬢なのに!」

「うん、いや? 話はあったらしいと本人が言っていたが」


 渋い顔のパトリックにシヴィルは首を横に振る。


「きっと見栄を張ってそんな嘘を吐いたのよ、義兄さん」

「そうかもしれん。あの年で未婚のくせに、公爵家としてなんて恥ずかしげもなく言う見栄っ張りだ」


 実の兄と義妹にここまで言われるとは。

 ラシェルと一緒にいて挨拶を受けたことはあるがその程度の記憶しかない。

 そう言えばその時にエスコートしていた元婚約者はすでに新たな婚約をしていたな。


 つまり、そういうことか。

 貰い手がないような令嬢なら性格が悪いに違いない。

 ラシェルも友人ではなく手駒程度の認識なのだろう。


「そんな相手が身内となるとパトリックも大変だな」

「はい、お恥ずかしい限りです。…………それで陛下。一つよろしいでしょうか」


 シヴィルが気づいた様子で私から離れて訴えた。


「イレーヌはきっと私を邪魔しようとすると思うんです。何をするかはわかりませんが、公爵令嬢の権威をかさに着て。ラシェルという手駒をどけられた腹いせのために」

「なんだと?」


 いったい何をしてシヴィルを困らせるつもりだ?


「公爵令嬢ごときでできることと言えば、同じ年頃の令嬢の間に悪評を振りまく程度か?」

「そうかもしれません。ですが知恵が回るのは本当なのです」


 パトリックは苦り切った顔で語る。


「そして聖女の能力も確かに持ってはいるのです。私は何度も指導し、正しくあるよう躾けようとしましたが、今まで聖女の能力を悪用して話を聞かないのです」

「聖女の結界か? それを張れるだけでありがたがるのは民も貴族も関係ないからな」

「困ったことです。そう家で話していた時に妻が言いまして。能力があるなら、籠めて有効に使うことを考えたほうがいいのではないかと」


 籠めて?

 それはもしや聖女の…………。


「なるほど、使えるかもしれないな」


 そう聖女は誰でもいい。

 だったら結界維持のため、国のために使ってやろうではないか。

 それが不出来な公爵令嬢としての面目躍如ともなるだろう。


 感謝の言葉を言える程度の弁えがあるのなら、その時にはパトリックとシヴィルの提案で名誉与えられたのだと教えてやってもいい。

 そうすれば少しは己の立場を知ってパトリックとシヴィルを悩ませることもなくなるかもしれない。

 ふふ、私はなんと臣下思いな国王だろう?

 賢王の名以外にも、慈悲深き王として名を残すことになるかもしれないな。


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