12話:馬鹿げた要求
聖女を自称していい気になっていたはずのシヴィルがおかしなことを言い出した。
私が聖女の結界を維持をしろ?
「それはつまり、私に聖女になれということかしら?」
「そんなわけないでしょ! 聖女は私よ!」
すぐさま怒鳴り返すシヴィルに、区長も呆れて言葉が出ないようだ。
「文句を言うならあんたが結界維持しなさいよ、イレーヌ! でも聖女は私! 私が聖女だってことは絶対よ!」
「言っている意味がわかりません」
「聖女の務めを成す者が聖女以外にありますか」
呆れる私に続いて、区長も当たり前のことを指摘する。
それにシヴィルは地団駄を踏んで主張を続けた。
「私がこんなきついことしなきゃいけなくなったのはラシェルが勝手に出て行ったからでしょ! だったらあんたが責任取るべきなのよ!」
「はぁ?」
思わず令嬢にあるまじき声が出てしまったわ。
ただ私のやる気に火が付いたことを察したのか、区長は賢明に口を閉じる。
けれどシヴィルは居丈高に続けた。
「そうよ! ラシェルのせいよ! 元からどんくさい子だったのにこんな時まで気が回らないんだから!」
シヴィルの身勝手な罵倒に周りの修道女もざわつく。
どうやらほとんどが聖女追放の顛末は知っているようだ。
だからこそ追放を言い出した王子のすぐ隣にいたシヴィルの横暴にいっそ困惑を露わにしているのでしょう。
私も何を言っているのだと張り倒したい気分よ。
「私のほうが聖女に相応しいのに! 不釣り合いにニコラさまの隣に居座ってた田舎娘のくせに! 聖女の地位を自分から譲って私に仕えるくらいしてもいいはずでしょ!」
つい出そうになってしまった手を自分で掴む。
駄目だめ。
ここで私が問題を起こしてどうするの。
せっかく動いてくれているお父さまの足を引っ張るだけじゃない。
それにシヴィルのこの愚かさを隠さない言動は、いっそいいことよ。
これはラシェルこそが聖女だと周囲に喧伝する最良のお膳立てになる。
だから落ち着くのよ、私。
「…………それで? 結局あなたは聖女としての務めをするの、しないの?」
落ち着こうとしたけれど言葉に投げやり感がでてしまった。
そんな私の言葉の棘に、シヴィルは言葉尻を跳ねあげる。
「はぁ? だからあんたがしろって言ってるでしょ!」
「だからそれは、私に聖女になれと言っているようなものだと言っているのよ」
「そんなこと誰も言ってないわよ! 馬鹿なの!? 聖女は私! 聖女の私を敬って私のために働くのが国民の義務でしょ!」
「そんな義務はありません。聖女こそが国を守る義務を負う立場よ。こんな初歩的なことを履き違えるなんて、あなた聖女としての自覚がなさすぎるのではない?」
正直、私はシヴィルと親しくない。
その性格は嫌でも耳に入ったから避けていたくらいだ。
なのに義妹になるなんてと思っていたら、まさかこんなことにまでなるなんて。
「だいたい、あなた何を持って自分が聖女を名乗っているのかわかっている?」
「そんなの私こそが聖女に相応しいとニコラさまがおっしゃるからよ」
また勝ち誇る。
馬鹿だなぁ。…………いやいや、ここで投げやりになってはいけないのよ。
「では、王太子殿下があなた以上に聖女の才能を認める女性が現われたら、そちらが聖女となるのね?」
「はぁ!? そんなわけないでしょ! 私はニコラさまの婚約者なのよ! 私以外の誰が聖女になるの!」
「王太子の婚約者が聖女になるわけではないなんて、本当に基本的なことをどうして聖女を名乗る方に言わなければならないのかしら?」
思わず溜め息を吐くと、シヴィルは馬鹿にされてると思ったのかさらに激高した。
けれどシヴィルが怒ったからと言って事実は変わらない。
婚約者は一人でも聖女に認められる才能を持つ者は一人ではないのだから。
「この国の女児は十歳前後で聖女の素養を認められれば一年から二年の聖女教育を受ける。聖女の素養を持った者は複数いるし、その中で選ばれた才能の高い者が聖女を名乗る。これは常識でしょう? あなたも私もそうしてここで学んだのだから」
男子に兵役があるように、女子には修道院への奉仕という労役がある。
その労役の一つに聖女教育があり、中央教会が聖女となるべき存在を捜す機会ともなっていた。
私やシヴィルも、もちろんラシェルもそうして同時期にここで出会っている。
つまり私にも聖女としての資質はあるのだ。
「それがなんだって言うのよ! 誰だって聖女の仕事ができるってことでしょ!? だったら私じゃなくてもいいじゃない!」
頭が痛い。けれどなんとなくわかったわ。
シヴィルにとって聖女というのはその仕事内容ではなく名目とそれに付随する特権のみを求めているのね。
聖女が王族と結婚できること、王城へ誰の許可もなく登城できること、王への面会も最優先であること、城の中の一番いい設備を使えること、また国を代表するため一定の活動資金が支給されるなど全て、なんの労もなく得られると思っている。
それが聖女としての働きに必要であるからだという意識などない。
「本当に姉の玉の輿を妬んで望む限り高い地位の相手と結婚しようとするなんて」
「な、何言ってるの! そん、そんなわけないでしょ!」
思わずシヴィルの図星を当ててしまうと、修道女たちからはさざめくような納得の声があがる。
それにシヴィルも焦る。
さすがにそんな欲得尽くめで聖女を名乗るのは外聞が悪いくらいはわかるようだ。
それくらいの知恵はあったのね。
「そう言えば、あなた態度こそ不真面目だけれど頭は悪くないほうだったはずよね?」
つい確認するように聞くと、シヴィルはまなじりを裂く。
「悪くない!? 私ほど賢い者を捕まえておいて!?」
偉そうに胸を張るシヴィルに、区長が嘲笑うように声をかける。
「常に座学において首位を取っていたのはこちらのイレーヌさんですが?」
「そ、そんな頭でっかちと違って私は、私は…………」
「素行の良さはもちろん、魔力量、魔法技術においてはあなたに劣らぬ腕前。役を終える際に数多くの賞賛を受けたのもイレーヌさんでしたね」
その私に訳のわからない文句をつけて減点をした区長が何を言うのかしら。
こっちは公爵令嬢として求められる水準を満たしたに過ぎないのに。
「生まれも公爵家のイレーヌさん、後見の厚さもイレーヌさん、美貌もイレーヌさんで、あぁ。身長は今も親指の長さくらいはあなたが高いのかしら?」
区長に苛立つのはいい。けれど私を睨むのは違うわよ、シヴィル。
というか区長も余計なことを言わないで。
黙っているのなら黙っていてください。
そう言おうと区長に顔を向けた時、シヴィルが叫んだ
「この高慢ちき! あんたなんか婚約破棄された行き遅れのくせに!」
「あ…………」
シヴィルの言葉に区長でさえ気まずげな顔をした。
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