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11話:シヴィルの初聖女仕事

 来るべき日に向けて暗躍すること十日。


「王都の内部では聖女ラシェルさまに異変があったようだとの噂が回るようになっております」

「そのまま、聖女の所在を問い質す向きに調整してちょうだい」


 私室で指示を出していると、普段よりも速足の侍女がやって来た。


 これは…………ラシェル追放の時を思い出すわね。


「どうしたの?」

「ようやくシヴィル嬢が教会へ向かったと報告がございました」


 私はすぐさま座っていた椅子から立ち上がる。

 報告をしていた屋敷の者たちは下がり、代わりに侍女たちが着替えを持って入って来た。


「一カ月も粘るなんて何を考えているのかしら」


 私は文句を言いつつ、聖女の務めが終わる頃合いを見計らって教会へと乗り込んだ。


 今日も修道女ではなく貴族令嬢と一目でわかる赤いドレスで。


「ただ今の時間、礼拝は中止しており…………あ! イレーヌさま! お願いです、助けてください!」


 教会に行くと礼拝中止と告げた修道女が突然泣きついて来た。


 修道女がここまで取り乱すことなんて、いったい何が?


「あぁ!? よ、よい所に!」

「どうぞこちらに! 早く!」


 泣きついた修道女の声で、さらに老いも若きも修道女が私の存在に気づいて懇願してくる。

 さすがに抗えず、連れて行かれたのは教会の奥まった場所にある聖女の御坐所。


 何故この神聖な場で、慌てふためく修道女よりもさらに激しい応酬が聞こえているのかしら?


「何処へ行こうと言うのですか!? まだまだ結界安定には不十分だとわかっているでしょう!」

「こんなのやってられない! なんで私がこんなきついことしなきゃいけないの、馬鹿みたい!」


 行く先から知った声が馬鹿みたいな喧嘩をしている。


 私が思わず足を止めると、周りの修道女たちは涙目で訴えて来た。


「もう、私たちにはどうすることも…………」


 よく見れば、中にはひっかき傷が顔についている人もいる。

 身を挺して止めようとはしたらしい。


「はぁ…………。ここにいてもしょうがないわ。怪我をした者はともかく手当を。司教さまはどちらに?」

「それが、公爵夫人に呼ばれておいでで」


 司教を呼びつける公爵夫人と言えば、アンナさまでしょうね。

 お父さまからの協力要請に応えて動いた結果かもしれないわ。


 はぁ、仕方ない。

 この恥知らずな状況をともかく止めましょう。


「結界維持のための祈りがこんなきついなんて聞いたことない! 私を虐めるために何かしたんでしょ!? 殿下に言いつけてやるんだから!」

「聖女の交代に際して揺らぎが起こり、一心に祈らなければ安定はしないと説明したはずです。それを知ってる、わかってると聞き流したのはあなたでしょう、シヴィル!」


 近づくと囲んでいた修道女の壁が割れる。

 清廉な光を溢れさせる聖女の御坐所の前で、区長とシヴィルが喧嘩をしていた。


 青系統の修道服の中で、シヴィルはいつもどおりピンクと黒のドレス姿。

 可愛らしいパウダーピンクを黒で引き締め甘辛路線は、赤いドレスの私よりも教会で浮いている。


「神聖な祈りの場で、いったい何をしているのかしら?」


 嫌だけれどこうなったら止めるしかない。


 私に気づいたシヴィルが敵意をむき出しにしてこちらを見る。

 逆に区長は味方が現われたような顔ね。

 どちらもやめてほしい。


「シヴィル、あなたずいぶん色んな所で聖女になったと吹聴していたようだけれど、身の丈に合わないことを言うものではないわね」

「私が聖女よ! ニコラさまの婚約者も私なんだから、あんたたちなんか膝をついて顔をも上げられない身分なのよ!?」

「今まさに聖女にあるまじき発言をしていたのは誰だというの?」

「区長が私に意地悪したせいよ!」


 指を差された区長が途端にまた激高する。


「言いがかりはおよしなさい! 聖女としての務めに耐えきれない己の未熟さがまだわからないのですか!?」

「祈るだけで立てなくなるなんておかしいじゃない!」

「国を覆うほどの結界を維持するために力を捧げているのですから当たり前でしょう!」


 正直区長のほうが筋の通ったことを言っているわね。

 けれどこの状況の一端を担ったのが当の区長だと思えば同情心より呆れが勝るわ。


「あなたは聖女の務めをなんだと思っているのですか!? 神聖にして重大なお役目が、一朝一夕にできるなどと驕り高ぶっていたのですか!?」

「ラシェルみたいな鈍い子にできて私にできないわけないでしょ! ラシェルの時にはこんなきつくなかったはずよ!」


 シヴィルは見苦しく駄々をこねる。

 その上ラシェルの忍耐強さを全くわかっていない。


 それに一時立てなくなったとしても、今はもう元気に叫んでいるのに負担がおかしいと繰り返すなんて。

 聖女候補としての修業中、適当な祈りしかしてなかったことを暴露していることさえ気づいていないのね。


「ですから聖女が変われば揺らぎによって!」

「もう! こんなおかしいのがどうしてわからないのよ!」


 癇癪を起こすシヴィルに溜め息しか出てこない。


「結局聖女の務めを成せないということでしょう? ラシェルはできてあなたにはできない。それが答えじゃない」

「えぇ、全くそのとおりです」


 追放に加担した区長の同意に私の眉間に力がこもる。

 本当に味方面をしないでほしいわ。

 シヴィルも私を敵認定して睨まないで。


 別に私は区長の仲間ではないのよ。

 けれどどうやら、シヴィルは攻撃対象を私に変えたようだ。


「公爵家だからって偉ぶらないでよ! 私は王太子妃よ!」

「なんの決定も下っていない現状、それは大言壮語でしかないわね」


 いっそ誇大妄想と言いたいところだけれど、王太子がその気なのでさすがに言わない。

 けれど自分には王太子がついていることを自覚しているシヴィルは勝ち誇ったように言う。


「ニコラさまは私を愛しているのよ! 妃は私以外にいないの! 婚約者もいないようなあんたにはわからないでしょうけれどね!」


 口を突いて出ようとする言葉をいったん飲み込む。

 ここで怒っては、先ほどの区長とシヴィルの喧嘩の二の舞だ。


 けれど後で泣かす。

 シヴィルは絶対に妃になんてさせない。させられない。

 それは私の中で確定した。


「話が逸れているわ。王太子妃を誰になさるかは、ここで話すことではないでしょう。問題は、あなたが聖女を名乗るにも変わらず、その役目を放棄しようとしていることよ」


 区長が私とシヴィルの間でこれ見よがしに大きく頷く。

 だから、味方面しないで。

 あなたが追放した聖女は私の友人なのよ?


「偉そうに言うならあんたがやりなさいよ! …………そうよ、あんたがやればいいじゃない!」

「は?」


 名案でも思いついたように言い放つシヴィルの明るい声に思わず聞き返す。


「いつも気取ってなんでもできますみたいな顔してるんだから、できないなんて言わないでしょ!」


 勝ち誇ったように私を指差すシヴィル。

 区長もさすがに口を開いて唖然としている。


 頭が痛くなってきたわ。

 ちょっと、本当に、もう…………何を言っているのかしら?


 私が想定したよりも、ずっとこのシヴィルはお馬鹿だったようだ。


毎日更新

次回:馬鹿げた要求

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