10話:早すぎる前兆
聖女追放が起きて二十日。
私は領地にいる弟からの手紙をお父さまに見せられていた。
「もう、魔物の奇形が? 早すぎる。しかも我が家の領地は国境から距離があるというのに?」
「やはり聖女交代の際現れる変事の兆しか。変事は国境からというのが今までの慣例か?」
朝食後に呼ばれた私と衝立を隔てて、お父さまは城へ上がる準備をしている。
私の意見を求めた上で大臣たちと話し合いが必要な案件だとわかっているのだ。
「結界内部で繁殖できるほどの個体はまず育たないのはごぞんじのとおりです」
聖女の結界は魔物を弱体化させる。
そのため、国内で発生する魔物の数は他国の半分以下だ。
「結界の揺らぎで一時力を得た魔物も、正常な結界内部では繁殖可能な力は得られません。ですから、報告される変事と言っても一時的に数が増える、攻撃的になる程度です」
「つまり結界外から力を得た魔物が結界の揺らぎに際して国内へ侵入。しかし弱体化の影響で奇形を産む。故に、国境付近での奇形の報告例が今までは通例であったということか」
「そうです。この奇形はまだ害にはなりませんが、いずれ結界内部で繁殖に成功した強力な変異種が発生する前兆となります」
「変異種か。かつて毒竜が生まれたと言うのが有名な話だな。卵の段階で発見できたにもかかわらず、その鋼鉄のような卵を破壊できず凶悪な変異種によって国を荒らされた」
着替えを終えて衝立から姿を現したお父さまは難しい顔をしていた。
「だが、それを教訓に変異種の一体や二体なら対処は可能であるはずだな?」
「はい。問題はその前兆である奇形の発見が早すぎることです。しかも歴史的に守りを厚くしている国境ではなく、我が公爵領という国土の内部でいち早く発見されたことが問題なのです」
「お前の警告を受けてトリスタンが警戒を強めていた故の早期発見ということはないか?」
「だとしても、国境から誰にも発見されず領地を移り、繁殖を行えるだけの力を保持した個体が現われたという証左に他なりません」
私の指摘にお父さまは唸るように頷く。
今回見つかった奇形と同じく、想定よりも早い段階で変異種が増えれば対処できなくなるのは想像できた。
「すぐに臨時の王命として各地での奇形の探索を行うべきかとぞんじます」
「そう、すべきだということはわかっている。しかし王太子は喪中を理由に議会を開こうとはしないのだ」
「え? 自分は聖女の追放などと勝手をやっておいてですか?」
「だからこそだろう。議会を開けばその点を非難されるとわかっている。だからこそ寝室に籠って近しい者のみと法案を考えるようなことをしている」
「ほ、法案? いったいどんな悪法を? いえ、でしたらパトリックから王太子殿下へ働きかけることは?」
ラシェルに婚約破棄を叩きつけるような王太子が籠って考えた法案なんて碌なものじゃない。
だからこそ止めるべきだと思っての言葉に、お父さまは怒りを滲ませた。
「これからは新しい時代だなどとほざきおった」
つまり兄のパトリックは、王太子の拙速を止めろというお父さまの指示を無視したのだろう。
王太子と一緒になって調子づいているとすれば、大臣や有力貴族の忠告など一切聞かない。
「即時退位というお話ではなかったはずですが、現状を鑑みるに猶予はあまりないように思われます。即位前にまた勝手な命令書を作られるようなことがあっては即位後挽回もできないのでは?」
「実務者のほうで書類の不備を理由にはねつけるよう根回しはした。逆に教会という根回しのできない場所でやられたからこそ、聖女追放などという馬鹿げた行為を許してしまったのだ。あのようなことは二度とない」
お父さまは苛立ちを交えながらも断言した。
大臣たちも遅れは取ったが、王太子の勝手を止めるべく手を打ったようだ。
「ただ大臣の中にも即位前であることや、まだ王太子が若いことを挙げ退位に慎重になる者もいる」
「なるほど、この結界の綻びによる脅威を理由に慎重派を説得なさるのですね。でしたら、子爵夫人エルミーヌさまに協力を要請すべきでしょう」
子爵夫人にして当代の社交界を牛耳る女傑。
気が強すぎて男性陣は苦手意識もあるが、あの方は放埓に見えて機微に聡い。
現状の逼迫を理解して社交界の意識統一に尽力くださるだろう。
「結界が消えてからラシェルに戻ってもらっても意味はないのです。まずは結界維持を優先させるべきかと。そうなると、公爵夫人アンナさまにもお声をかけるべきでしょう」
エルミーヌさまと並び称される現社交界の最高位の女性だ。
聖女という制度にも見識が深いので、保守的な大臣も耳を傾ける可能性がある。
私の意見に頷きつつ、お父さまは遠い目をした。
「なくなるなどと思っておらんのだ。経験がないと言っても想像力も理解力も欠けている。何よりあの偽聖女、公の場に出てこない。お前の報告書は読んだが、どれも内々の集まりでわしらが介入できる場でもない」
私が調べられた限りのシヴィルの言動を報告してある。
口を曲げて言うお父さまは、パトリックとの結婚でシヴィルの家には印象が悪い。
さらに妹までとなれば、さもありなんと言うところだ。
「聖女を公言してはばからないのです。務めを果たさなければ誰も認めないと煽っていただければ教会へ行くのではないでしょうか」
「なるほど、わしらでは軽々に会えずともアンナやエルミーヌならば偽聖女に直接言えるか」
貴族社会における男女差は大きい。
特に相手が未婚女性となると、既婚男性は軽々に近づけない。
そのはずなのに、王太子は既婚のパトリックなどを引き連れて、恥知らずにも男子禁制の場に踏み込んだ。
本来なら教会から叱責があってしかるべき事件だ。
けれど区長が王命に従うと言ったのでうやむやになっている。
あちらはルールを破っているのにこちらは倫理に従って動かなければいけない歯がゆさはある。
「エルミーヌは少々あくが強すぎる。まだ事を荒立てる段階ではない。アンナと話をつけてから大臣と今後の方策を纏めたほうが良さそうだ。先触れを出せ。王城ではなく公爵家へ向かう」
お父さまは私の意見を容れて従僕に行先の変更を伝えた。
見送りに玄関まで従うと、その間に頭の中で今後の方針を修正し直したお父さまが声をかける。
「イレーヌ、教会への圧力を強めろ。そのためならば家の者は好きに使って構わん」
お父さまの命令に、私は膝を軽く折って応じる。
見送った後、玄関広間に残る使用人たちを振り返った。
「ラシェルが定期的に訪れていた救貧院や孤児院に聖女さまに異変があったとそれとなく流しなさい。慈善活動に熱心だった貴族たちには私が手紙を出します。足の速い者の準備を」
命令に使用人たちが役割分担をして動き始める。
「中央教会女子修道院へ出入する商人にも聖女の姿が見えないと流せるかしら?」
「はい、可能でございます。必要とあれば修道院に入っている手の者に真実を漏らさせることもできますが、いかがいたしましょう?」
ラシェル出奔を報せた者だろう。
ことを重く見て我が家に報せたその判断は評価する。
そうした人物なら、今はまだ区長に目をつけられるようなことをさせるべきではない。
「我が家の動きを知られるべきではありません。直接的な動きは控えなさい。あぁ、けれど今まで口止めをしていた王都の門兵にも、聖女が尋常な様子ではなかったことのみを解禁して話を広めさせましょう」
ラシェルは慈善活動に熱心だった。
二十日も姿が見えないことで不審の声は幾つか聞こえている。
だからこそ聖女を求める声を煽ることで、区長もシヴィルを呼び寄せる大義名分が立つだろう。
これで危機感も煽れればいいのだけれど。
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