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91話:非常時の人間性

 私は公爵家で『馬』の報せを聞いていた。


「そう、トリスタンは別荘に入ったのね」

「はい、すでに兵糧は運び込まれておりますので、怪しまれてはいないかと」


 トリスタンは領地の精鋭を率いて密かに王都近郊へとやって来ている。


 そして間諜である『馬』を使い王都内の様子を聞いて来た。


「新王陛下は完全に籠城の構えよ。兵は残っていないけれど、残った幕僚方はいるから戒厳令はそろそろ出る頃ね」

「そうなりますと、我々でも王都内での活動は厳しくなるかと」

「わかっているわ。その時には無理をしなくていいから」


 新王は当てにはできないけれど、また一国の王城には籠城の備えをできる者がいる。


 街中の警備を使って王都の壁を守る兵の警邏は組んであるとも聞いた。


「最初陛下は街中の警備も全て王城に集めようとなさって、幕僚方が怒鳴り込んだ…………なんてトリスタンに言う必要はないわね」


 私も聞いた時には情けなさすぎて眩暈がした。


 いったいそこからどうやって王都に迫る反乱軍の対処をしようというのかしら。

 王都の民をなんだと思っているの?


「…………発言をお許しください。王城に兵を集めて、国王はどうなさるおつもりだったのですか?」


 ある程度独自判断ができるよう教育されている『馬』も不思議そうだ。

 何かそこに思わぬ策略が? なんて疑っているようだけれど、それがないから困るのよ。


「確か、王が残ればいくらでも国は復興できる、王都が荒れても新たな王都を築けばいいなどとずいぶんな世迷言を、あら、今のは聞かなかったことにしてちょうだい」


 幕僚とのやり取りでそんなことを言ったと、軍関係に伝手のあるエルミーヌさまから聞いたのだ。

 そのせいでエルミーヌさまが言ったことをそのまま言ってしまいそうになる。


「最終防衛線を王の目の前に置いては逃げることもできないし、復興もただではないことを考えていないお言葉は、取り上げられなかったので安心して。陛下は予定どおり王城から動かれる気がないことだけをトリスタンには伝えて」

「は、はぁ」

「あと報せておくべきは、中央教会ね」


 私は簡単に、区長を押し込めて司教が主導権を握ったことを伝えた。


「どうやら王都に残られた騎士団長が、もう一人の騎士団長を説得なさったそうなの。王都の外へ行こうとはしなかった騎士団長は名誉欲が強い方だったようで、聖女が戻らない中央教会のままでいいのかと言われて奮起したそうよ」


 シヴィルを聖女と認めないのは、同じ思いだったのだとか。

 けれど名誉ある中央教会の騎士団長であるから中央教会にいたい。

 では中央教会の名誉は何か?

 聖女をいただいているのに聖女がいない今、これではいけないのではないかと説得したらしい。


「さらに騎士団長お二人で司教さまを説得なさって、シヴィルを中央教会に来させるよう言っていたそうよ。ラシェルがいない今、務めを果たすべきは聖女を名乗るシヴィルだということでね」


 けれどシヴィルは再三の呼び出しを無視している。

 新王に訴えても返答がないことに悩んでいた司教は、偶然私と区長のやり取りを聞いた。

 中央教会に務める者でありながら、聖女がいないことを誤魔化そうとする区長のやり方に目が覚めたのだとか。


「司教さまは聖騎士を教会の守りとして配置し、避難してくる民の受け入れを近々発表なさるわ」


 あの司教からすれば大胆な決定なのだけれど、『馬』は微妙な顔をする。


「今さらと思っているでしょうけれど、非常時にあって発揮される司教さまの人間性を私は支持します」


 私もあの方の押しの弱いところは懸念している。

 だから騎士団長と協議して、私が王都の守りのために向かうことは秘密にした。

 助けがあると思い、また以前の弱腰になられても困る。

 今は自分がやらなければいけないという意気込みがあって奮起しているのだから、横から嘴を突っ込む必要もない。


「問題はシヴィルね」


 つい長々と溜め息が漏れた。


 控えていた侍女が冷めたコーヒーを入れ直す。

 鼻をくすぐる香りが私を落ち着かせた。


「司教さまからの要請にも、シヴィルは動きを見せないわ。それどころか、反乱軍が向かっていると聞いて城の奥から出て来なくなったそうよ」


 シヴィルのことは王城の奥にも出入りできるアンナさまが教えてくださった。


「陛下がすぐさま反乱民を討伐せよと言ったのも、怖がるシヴィルに泣きつかれて、すぐにことを鎮圧するようお考えになったそうなの」


 私はコーヒーを一口飲む。


「シヴィルは軍から反乱が起きた時には、反乱した者の妻子を捕らえて反逆者にみせしめるよう言ったそうよ。もちろん新王陛下でもそれはお取り上げにならなかったけれど」


 部屋には沈黙が落ちる。


 目を向けると『馬』だけでなく控えた使用人も信じられないことを聞いた顔をしている。

 私も同じ思いだったから何も言うまい。


 何処の暴君だと歴史の本を投げつけてやりたかったけれど。


「もうシヴィルが聖女の御坐所へ入ることはないでしょうね。王都の守りのことも司教さまから手紙でお伝えになったそうだけれど、皇太后さまのお近くから離れないのだとか」


 城の奥まったところなので、重鎮でも軽々しく踏み込めない。

 もちろん司教もシヴィルには会えていない。


 そうとわかっていて皇太后の所に隠れてしまっているそうだ。


「もちろん、公爵夫人であるアンナさまが日々説得に赴いてくださっているわ」


 王家と血縁もある公爵家の夫人だからこそできることだ。

 けれど最近では逃げ隠れして見つからないこともあるのだとか。


 とは言え、そこまで怯えるのは何故なのかしら?

 怒って反乱軍を蹴散らせなどと言いそうなところなのに。


 反乱を起こされる一助になったと自覚した…………はないでしょうね。

 司教さまが実権を握る以前から、区長もシヴィルに中央教会へ赴くよう手紙は出している。

 中央教会へ行かなければいけない理由はわかっているけれど、この期に及んで聖女としての役目を果たせないことに怖気づいた?


「シヴィルは聖女の務めを軽んじているのだから、怯えるのは違うわね。いえ、そこは後でもいいわ。そう、全てが終わった後でいい。では、トリスタンに伝えるのはこんなところかしら?」


 私がコーヒーカップを置いた瞬間、激しいくドアを開く音が室内に響いた。

 そして荒々しい声と足音が迫る。


 どうやら私の寝室のほうだ。


「あなたはすぐに王都を出なさい」


 『馬』はすぐさま使用人用の出入り口を使って部屋を去る。


 そして私の寝室のほうから談話室に向かって怒鳴り声が近づいて来た。


「ここかイレーヌ!?」

「またお父さまがいない時を狙ってやってきたの、パトリック?」


 どうしてこう顔を合わせる時にはいつも怒鳴っているのだろうこの兄は。

 というかこの非常時になんの用なのかしら?


 なんて、碌でもない予感に溜め息しか出なかった。


毎日更新

次回:廃嫡確定

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