9話:続く言い訳
ラシェルが王都を去る時何をしていたのか。
私の詰問に区長は言葉を捻り出す。
「それは、王太子殿下が突然いらして、こちらも対応の準備を整えている間に、聖女が自らの足で出て行って、しまったのです」
はい、嘘。
こちらはラシェルからその場にいたことを聞いてる。
同時に王太子の命令に逆らうのかとすごまれて、聖女追放などという茶番を区長が黙認したことも。
結局は保身を取る上に、自らの行いが道理に反していることも自覚しているのだこの人は。
ラシェルは最後の祈りのため聖女の御坐所へ行き、その後、荷物を取りに私室へは行かず聖遺物だけを持って教会の敷地から出た。
その間、誰も引き留めなかったし区長も現れなかったと確認している。
「なんですか、その目は」
「…………いいえ」
まさか聖遺物がなくなっていることに気づいてはいないはずよね。
けれどラシェルの居場所は聞いても聖遺物の所在は聞かない。
聞けば区長としての責任問題になるから、下手につつく気はないのでしょう。
ラシェルは王太子の命令で追放されているので、話題にしても自らに瑕疵はないとでも言い張るつもりなのかしら。
「ともかく、こちらでも今回の件で説明できるほど状況がわかっておりません」
「そうですか。あなたがラシェルについて何一つ把握していないことは確認できました。それでは、私も忙しい身ですのでこれにて」
正直、これ以上卑怯な言い訳を聞いていたくないわ。
区長は決してラシェルの味方ではないとわかっただけ収穫だと思っておくわ。
これで心置きなく対処できるもの。
「お待ちなさい! まだ話は終わっていませんよ!」
去ろうとした私も、さすがに悲鳴染みた声に足が止まる。
「聖女は何処にいるのです!」
「もう一度言わなければいけませんか? 何故それを私に聞くのかと」
区長も聖女の居場所を把握できていない失態の重さをわかっている。
その失態が自らの地位を脅かすことも。
だからこそ私から言質を取りたい。
だからこそ私は職責上それを聞く立場ではないと拒絶する。
「あなたがラシェルを放り出すはずがありません。どうせ何処かに匿っているのでしょう。居場所を教えるのなら、こちらから訪ねることも吝かでは」
「もし匿っていたとしても、招いてもいない相手が訪ねる? いったい公爵家になんの権利があってですか?」
本当に何さまのつもりだろう?
地位に固執してラシェルを切っておいて。
なのに今も上位者であるかのように振る舞うなんて。
「命令に従うならばラシェルはすでに聖女ではありません。ましてや、修道生活はしていても賦役の延長でこちらに身を寄せていただけ。貴族籍を捨ててもいなければ、公爵家の後見が反故にされる理由もありません」
「なんという屁理屈を。公爵家が後援したのは聖女だからでしょうに」
「あら、才能豊かな私の友人を、公爵である父が後援してくださることの何にご不満がおありかしら?」
ラシェルにも言ったとおり、聖女でないからと言って放り出すわけがない。
だいたい友人を追い出した相手をどうしてこちらが招くと思うのかしら。
「こちらで起こったできごとの顛末など、知らされてもいないわたくしがとやかく言うことはできません。あなたが王太子殿下の命令に従ったと言うのでしたら、その旨きちんと公爵である父へとお伝えください」
「そ、そんな権限こちらには、ありません」
まぁ、王都とは言え区長程度が公爵に言うことではないわね。
中央教会から我が家へ連絡があるとすれば、中央教会の司教の名においてでしょうし。
「では、区長が我が家に対して何ごとを申し立てる権限などもございませんね」
「院長を務める私が預かっていた者の所在を確認するのは職責の一部ではないですか」
「では、その職責において預かっていた者がどのような理由で修道院を後にしたのか報告を」
堂々巡りの応酬に区長は口をすぼめる。
私が直接来たからと言って、公爵家への言い訳が必要なくなるわけがないじゃない。
このまま区長が不義理を続けるのであれば、我が家としても軽んじられたという体面を盾にラシェルを匿う大義名分を得られるのだけれど。
口を割らない私に、区長は攻め方を変えた。
「このままでは国体の危機であることがあなたならわかっているはずです、イレーヌ。あまり非協力的な態度では、国を傾ける魂胆があるのではないかと疑わざるを得ません」
またずいぶん強引なこじつけに来たものね。
こちらこそとんだ屁理屈だと言いたいわ。
それに、その脅しは悪手でしてよ。
私はゆっくりと不快の表情を面に表して区長を振り返った。
「まさか、誉れ高き公爵家に翻意があると侮辱なさるおつもり?」
「そんなことは、いいえ、私はそのように思われかねないという忠告をしたまで。そうまで過剰な反応をするのでは、邪推されても致し方がないと申し上げておきましょう」
本当に他人に責任転嫁することばかり、良く喋る。
ラシェルの居場所を引き出せない焦りが漏れたのだろうけれど、同時に娘の私にならこの程度のことを言っても害はないと侮られたのだわ。
「では私も忠告させていただきましょう。国が危機に瀕するとわかっていながらなんの手も打たないなど、愚を晒すだけだと」
「ですから聖女の居場所を聞いているのではないですか! 何が忠告です! 国のためを思うのであれば、すぐにでもラシェルをお戻しなさい!」
追い出しておいて何を言うの?
こんな所に戻せるはずがないでしょう。
聖女であると同時に私の友人を侮辱されたままで済ますはずがない。
あまりの馬鹿馬鹿しさに私はいっそ微笑んで窓の外を指す。
「聖女を名乗る方なら、王城にいましてよ?」
ここ数日のシヴィルの噂を拾った中には、すでに聖女を自称して偉ぶる話が複数あった。
呆れたことにシヴィルはすでに王太子の婚約者気取りで王城を歩き、王太子の注文で幾つもの装飾品を得ているという。
私の言葉に区長は机を叩いた。
「違います! あんな一度も祈りに来ないような不信心な者、聖女と呼べるわけがないでしょう!」
「一度も? もうラシェルを追い出して七日も経っているのに、シヴィルは一度も聖女の結界維持のために来ていないのですか?」
思わず聞き返すと、区長は苦々しい顔で頷く。
これは嘘でも大袈裟でもないようだ。
「…………ではなおさら私に聖女の居場所を聞いている場合ではないでしょう。今すぐにでも城へ上がり聖女のおなりを請うべきです」
「来たとしても一日二日の祈りでどうにかなるわけがないことはあなたも良く知っているではありませんか!」
「でしたら、その窮状をご理解いただくべく行動をなさる以外にないでしょう?」
わかっていてラシェルを追い出したくせに、本当にどの口が言うの?
区長は少なくとも結界を修復しなければいけない現状はわかっている。
その上でラシェルを追い出したのは自らの地位に固執したこと、それと…………結局は人の良いラシェルが本当に現状を見限ることはできないと舐めていたのだろう。
「ラシェルに会えないのでしたら私は帰ります。ごきげんよう」
「あ、待ちなさい! イレーヌ!」
今度こそ私は執務室の扉を開ける。
普段自分で開けないため、外にいる人々に気づくのが遅れた。
執務室の前には、聞き耳を立てる修道女たちが壁のように立ち塞がっていたのだ。
「あなたたち!?」
区長の怒鳴り声に、修道女は悲鳴を上げて逃げ散っていく。
お蔭で私は、国の安寧より保身を選んだ区長を残し混乱に乗じて部屋を出ることができた。
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