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05_入学パーティー(中編)



 大広間は人で溢れていた。

 きらきら輝くシャンデリアに、アーチ状の柱。

 どこもかしこも派手な装飾で、きらきらってか、もうぎらっぎら。すごくお金かかってるよね。豪華絢爛、素敵で良いと思います。


 さて、早速パーティーが始まったわけだけど、わたしはどうしたらいいんだろう。グレアムには、気を抜かず大人しくしてればいいって言われたけど、それ以外は何も言われていない。たぶんあんまりたくさん言うとわたしが覚えてられないと思ってるんだよね。酷い話だ。

 立食パーティーと聞いていたけど、食事はそんなに置かれていない。食べるより喋ることがメインみたい。だからか飲み物はいっぱいあるし。

 あ、わたしお酒飲んでみたいかも。この世界は飲酒年齢とかないから何歳からでも飲めちゃうんだよね。仮にも乙女ゲームがいいのかって思うけど、ヨーロッパではお酒の規制が緩いって聞くもんね。さすがにゲーム内で飲酒の表現はないと思うけど。


「ん――キャロルさん?」


 キャロル・シュミット。ゲーム主人公の名前だ。

 綺麗な赤色のワイン片手に壁際へと移動していると、彼女の姿が目に入った。……なんか、ふらふらしてない? 顔も赤いし――体調が悪いのかな?

 手を貸してあげたいけど、わたし悪役だしなあ……と葛藤していたら、キャロルさんは一人で会場を出て行ってしまった。会場内で急に倒れたら大変だから賢明な判断だね。そのまま寮に戻って休むといいよ。無理しないで。


「わ……ワインってこんな味なんだ」


 一口飲んだワインは美味しかったというより、不思議と口に馴染む気がした。ヘレナの感覚がこの身体に残っていたことは一度もないから、悪役令嬢なら赤ワイン飲まなきゃっていう変な強制力でも働いてるのかもしれない。……ないか!


「あ、ヘレナ嬢」


「おぅ――殿下」


 ワインを飲みながらぼーっとしてたら、王子に声をかけられた。さっきたくさんの人に囲まれていたのをちらっと見たけど、抜け出せたのか。あの人の壁から。


「ヘレナ嬢は赤が似合うね。そうしていると一枚の絵のようだ」


「殿下も今日は素敵に決まっておりますわよ」


 本当にすぐ褒めてくるよ、この王子。すぐばかにしてくるどこかの従者とは大違いだ。


「嬉しいな。ヘレナ嬢に褒められたのは初めてだ」


 はい、爽やかイケメン笑顔(スマイル)。

 そしてわたしは罪悪感。違うんだよ、褒めたけど、若干皮肉交じりだったんだよ。今日はってことは、いつもは違うってことになっちゃうんだよ、ねぇ、気づいて。


「ヘレナ嬢は皆に混ざらないんだね」


 お喋りメインのパーティーでわたしが会話を交わしたのは、今のところこの王子だけ。つまり今の今まで誰とも会話をしてなかった。わたしも好きでこんな状況なわけではない。わたしだって、他の令嬢とかとお話したいけどさ、皆怖がって近付いてこないんだよ。もうお酒飲むぐらいしかすることなくない?


「どうやらわたくしは嫌われているようですので」


 ヘレナ・ラスウェルは怖がられている面もあるけど、嫌われてもいる。侯爵家の令嬢に手を出してくるような人はいないけど、悪口や悪い噂は数知れず。彼女は一体今まで何をやってきたんだろう。家族にも貴族たちにも嫌われてるって相当じゃない? そういう星の下に生まれたの?


「そっか……ごめん、また無神経なことを言ってしまったね」


 申し訳なさそうに言う王子。

 でも、ヘレナ・ラスウェルがどれだけ悪く言われようとも、実はわたしにはあまり響いていない。自分がヘレナって感覚が薄いんだよね。所詮はゲーム世界の出来事って、どこか他人事の自分がいるんだ。

 だって、わたしはヘレナじゃない。――名前も、思い出せないけど。


 ……なんか、息が詰まってきた。お酒のせいかな。それともお喋りに興じる人たちの熱気のせいかな。

 グラスを回す。ゆらゆら、赤い液体が不安定に揺れる。


「殿下。わたくし少し、休憩してきますわ」


 変だよね。こんなにも人がたくさんいるのに。





 なんだかとても――――淋しい。



 *



 大広間を出たわたしはちょっと元気の出る光景に出くわした。


「――おい、大丈夫か?」


「は、い……大丈夫です。少し、休めば良くなるはずで……」


「って言っても顔色が悪いぞ、お前。さっさと帰った方がいい」


「い、いえ……折角のごちそう……逃すわけには、いかないんで、す」


「お前、そんな理由で留まろうとしてるのか……。あんなのまた次のパーティーで食べられるだろ」


「で、でも……」


「強情な女だな。……仕方ない」


「きゃっ――!?」


「大人しくしとけ。この俺様が寮まで送ってやる」


「い、いえ、そんな、お手を煩わせるわけには……!」


 声が遠のいていく。

 ふぁ――! 見ましたか、聞きましたか、皆さん! なかなか面白そうな展開が繰り広げられているではありませんか! お姫様抱っこですよ! お姫様抱っこで去って行きましたよっ!

 男の人は誰だかよく分かんなかったけど、女の子はお察しの通り、主人公のキャロルさん。ということは今のは、攻略キャラの内の誰かしらとの出会いイベントだったのかもしれない。順調に出会っているようで何より!


「――何故、にやけながら柱の陰に隠れているのですか、お嬢様」


「うっわ、びっくりした! グレアムか」


 突然背後からかけられた声に飛び上がる。

 いつの間に現れたの? 心臓飛び出るかと思ったんだけど。

 ていうかなんでここにいるの? 従者は別室で控えているんじゃなかった?


「あなたが何をやらかすか気が気でなくて、様子を見に来たのですよ」


「うわお、信用がない!」


「実際外に出て来ているではないですか。それで、何をやらかしたんですか」


「やらかした前提!? 信用ゼロどころかマイナスじゃないですか!」


「当たり前です」


「はい、すいません。――って、わたし何もやらかしてないです。お酒飲んでちょっと休憩したくなったから出て来ただけなんです!」


「柱の陰に隠れていたのは何なんです?」


「あー……それはちょっと人間観察というか、他人の恋愛事情の盗み見というか……」


「……お嬢様」


「……はい、すいません」


 貴族の令嬢が野次馬とか、駄目だよね。はしたないよね。反省するから、その冷たい目をやめて、グレアム。お願い。許して。


「……それぐらいでしたら、まあ、いいです。休憩するのなら、控え室に戻りましょう」


 許された!

 ていうかわたし本当に何もしてないもんね。結構大人しくしてたと思うよ? 主人公たちの様子を覗き見てしまったのはたまたまだし、あれはむしろ柱の陰で黙って見守ってるのが正解だと思うの! あの現場に突然わたしが現れたら雰囲気ぶち壊しじゃない?


「はぁ~疲れたぁ……」


 グレアムに連れられて控え室に戻ったわたしは、ソファに沈み込む。すごい、このソファめちゃくちゃ沈む。駄目人間になりそう。


「お水を飲まれますか、お嬢様」


「うん、お願い、グレアム」


 酔いが回ってきたような気がする。安心、してしまったからかな。

 グレアムが用意してくれた水を口に流し込む。


「……貴族のパーティーってすごいね、グレアム。人はたくさんだし、内装も服装も何もかも豪華だし……わたしが、知らない世界だった」


 わたしが知ってるパーティーなんてお誕生会とか、クリスマス会とか、あと特に意味もなく開かれる飲み会とかだもん。もうちょっと歳を取ってたら、成人祝いのパーティーとか、結婚式の披露宴とかそれっぽいものを経験していたかもしれないけど。


「――お嬢様」


「うん? もごっ」


 真面目な顔で口に何かをねじ込まれた。もぐもぐ。美味しい。クッキーだ、コレ。


「水をもらうついでにあなたのお好きなスイーツを頂いてきたんです。美味しいですか?」


「美味しいけど、唐突に人の口にものを突っ込むのはどうかと思う」


 わたしは何度もやられたことがあるから平気だけどさ。下手したら事故が起きるよ。人間驚いたら息を吸い込むものなんだから。


「疲れたときには甘いもの、なのでしょう?」


 いや、うん。前にクッキーねだるときにそんなこと言ったけども。甘くて元気出るけども。それとこれとは別だよ?


「知らなくて、当たり前なのですよ。あなたは、お嬢様――いえ、ヘレナ・ラスウェルではないのですから」


「うん、そうだけど――むごっ」


 喋ってる途中で口に突っ込んできますか! 美味しいけども、危険だからね?!


「あなたがあなたであることは、私がきちんと知っています。一人で心細くなるくらいなら、私を頼ってください」


 この世界にヘレナ・ラスウェルの居場所はあっても、名前も思い出せないわたしの居場所はないのだ。だから、こんなにも淋しい。あんなにもたくさん人がいたのに、一人としてわたしのことを知らない、その事実が怖かった。


「グレアムは、本当に優秀だね」


「あなたが分かりやすいのです。……それに、あなたがそう思うのも、分からないでもないですから」


「そうなの? ――ふへ」


「また間抜けな顔ですね」


 ほっとしたようにグレアムが言う。

 間抜けと言ったことは、今は、目を瞑ろう。嫌な気分ではないから。


「ヘレナの従者が、グレアムで良かった」


 グレアムと話すと安心するのは、言葉遣いに気を遣わなくていいっていうのもあるけど、グレアムがわたしと話してくれているからなんだね。ヘレナじゃなくて、わたしと。


「ええ、私はお嬢様の従者です。ですから、今は見た目がお嬢様である、あなたの従者ですよ」


「わたしのわがままなんて全然聞いてくれないくせに?」


「あなたは甘やかしたらダメになるタイプですからね」


「よく見てるね――あーん」


 グレアムが押し込もうとしたクッキーを自ら取りに行く。

 ふふん、そう何度もその手には乗らないんだからね! もぐもぐ。うん、美味しい。今日はパーティーだから甘いものがあるのかな?


「雛鳥みたいですね。餌付けしている気分です」


「餌付け……」


 言われたこと、あるなあ……。ほいほい口にものを突っ込んでくる友達に。美味しいからまあいいんだけど。


「元気は、出ましたか?」


「うん、グレアムのおかげでね! ありがとう」


 パーティー後半戦も、頑張りますか!


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