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04_入学パーティー(前編)



 入学初日についぞ顔を見る機会のなかった、チャールズ王子の隣の席の女の子だけど、なんと二日目にあっさり顔を見ることができた。

 わたしが教室に入ったとき、彼女はもう席に座っていて、ちょうどこちらを見たのだ。

 長いストレートの茶髪と同色の大きな瞳に、ぷるぷるの唇。おっとりとした雰囲気は間違いなくゲーム主人公だった。

 目が合った彼女は怯えたように縮こまりながらも、不自然に逸らすのは失礼だと考えたのか、逸らすよりももっと不自然に視線をうろうろさまよわせていた。うーん、そう誤魔化すか。

 ちなみにこの日のわたしの目つきはめちゃくちゃ悪かったので、怯えられようとも逸らされようとも気にならなかった。前日の夜にグレアムが寝かせてくれなかったから……!


「――お嬢様、準備は整いましたか?」


 扉の外からノックと共にグレアムの声が聞こえた。


「ええ、入って良いわよ」


 グレアムが扉を開けると同時に、わたしは着替えを手伝ってくれたメイドたちを下がらせる。ふぅ、束の間の休息。


「あ、髪やってもらうの忘れてた――」


「問題ないですよ。そこに大人しく座ってください」


 示されたのはドレッサーの正面に置かれた椅子。もはやグレアムに従うことが板についてきたわたしはストンと座る。普段よりもボリューミーなドレスは歩きづらいし座りづらい。

 グレアムが髪に櫛を入れていく。


「おお、まさかのグレアム美容室! 従者ってそんなこともできるんだ!」


「絡まったら大変なので前を向いていてください。他の従者は知りませんが、私は一通りのことができますよ。何しろお嬢様は要求が多い方でしたので」


「お嬢様の要求に全部応えてたの? プロだねー!」


 従順って設定はここに生きていた! まあわたしはお嬢様じゃないからしょうがないんだけどね。


「そうでなければ、お嬢様は簡単に私のことを切り捨てたでしょうから」


「グレアムはお嬢様を慕っていたの?」


 端々にそんな要素が見受けられるんだけど。

 グレアムの手は、器用に髪を編み込んでいく。


「いいえ。ただ、一人にしたくはありませんでした。お嬢様はどこかあの方と似ていましたから」


「……あの方?」


 どの方?

 グレアムの手が止まる。


「そこまでの情報は、あなたの世界では掴めませんでしたか」


「どうだろ、もしかすると掴めたかもしれないけど……わたしは、あの物語を全て見る前にこっちに来ちゃったから」


 全てどころか、物語はほとんど見てないけどね。プロローグ画面の途中で、こっちの世界に連れて来られたんだから。

 それにしてもあのプロローグ画面やたら変な質問してきたよなあ。生まれ変わりとか、滅ぶとか救うとか。強制的に『はい』の選択だったし。どんな意味があったんだろう。ゲームの伏線だとは思うけど。


「そうですか。飾りはこちらでよろしいですか?」


「グレアムのお任せで!」


「かしこまりました」


 器用に結い上げた髪に大きな花の飾りをつけていく。

 悪役令嬢ヘレナ・ラスウェルは顔が派手だからね、派手な髪飾りとかめちゃくちゃ似合うんだ。すごいね。

 鏡に映るヘレナ・ラスウェルは、つり目で強気な顔立ちで、スタイルも良くって、もちろん美人で、かなり格好良い。真っ赤なドレスも決まってる。従者の鑑グレアム・ウォーラスが手がけた髪型もよく似合ってて、ヘレナの魅力を十二分に引き出している。

 この大人顔負けの色気でまだ十六歳だっていうんだから、悪役令嬢のポテンシャルは計り知れないよね。わたし? 十九歳だけど狸みたいな顔って言われたことあるよ。かわいい狸もいるから喜んでおいたけど、よく考えると置物の狸ってあんまりかわいくないよね……。この話は、やめよう。


「気を抜かないでくださいね。入学パーティーとはいえ、あなたにとっては初めてのパーティーなのですから」


「は、はい。気をつけます」


 そうなのだ。今日はわたしたち新入生の入学を祝うためのパーティーが行われる。だからわたしは、心持ち緊張している。

 グレアムに聞いたところ、生粋貴族の令息令嬢たちにとっては、新入生歓迎会みたいな結構軽い感覚のパーティーらしい。けれど、わたしにとっては充分格式高いパーティーだ。生まれながらの貴族ってヤツは恐ろしいね。こんなドレス着といて軽いって言うんだから。

 幸いなことに今回は、ダンスではなく立食パーティー。だからドレスも踊りやすさとか全く考慮されていない豪華さ重視のものだ。いや、それにしたってもう少し動きやすさも考えて欲しい。

 でも踊らないのは本当に助かる。ダンスなんて数日でどうにかなるものじゃないからね。他に覚えることが多くて後回しにしていたし。


「グレアムはさ、パーティー出ないの?」


「わたしは新入生ではありませんよ」


「でも、貴族の家の人でしょ?」


 貴族の名前を覚えているときに知ったが、グレアムの実家ウォーラス家は男爵位を賜っている。領地持ちではないし経済事情はあまりよくないみたいだが、貴族ならパーティーに出る資格はあるだろう。余裕はないのかもしれないけど。


「私は後を継げませんから、出ても意味がないのですよ。それよりはお嬢様や侯爵家に仕えた方が身になります」


 後を継げない人間はパーティーに出ても意味がないのか。後を継げないってことは貴族じゃなくなるってことだからかな?

 ヘレナの場合はどこかの家に嫁ぐから、後を継げなくても貴族のままだけど。あ、でもヘレナは侯爵の座を狙ってたから、結婚とかどうなんだろう。する気はあったんだろうけど、絶対嫁ぐ気はなかったよね。


「お嬢様、そろそろ行きますよ」


「あ、はーい」


 会場の大広間まではグレアムのエスコート。

 ちなみに今いた場所は学園内の控え室。侯爵令嬢だから個室なのだ。


「あ。ヘレナ嬢」


「うぁ、おう――殿下」


 控え室を出て少し歩いたところでチャールズ王子に出くわした。王族だから王子も個室の控え室なんだね。たぶんこの辺にある扉のどれかがそうなのだろう。


「ヘレナ嬢も今から大広間に行くところ? 良かったら僕がエスコートするよ」


 この王子は本当に善意でこういうことを言ってくる。あと折れない鋼メンタルを持っている。


「いいえ、殿下。結構ですわ。わたくしの従者は優秀なので」


「そっか、仕事取ることになっちゃうよね。ごめん、配慮が欠けてた」


 素っ気なく断ると、しゅんと項垂れる王子。

 わたしの中で沸き上がってくる罪悪感。でもこの王子に罪悪感を抱くのは無駄なのだ。一拍も置けば、王子は――


「そういったドレス姿も美しいね、ヘレナ嬢。では、またあとで」


 ――勝手に立ち直って、爽やかイケメン笑顔スマイルを食らわせて来るのだから。

 あの王子は間違いなく乙女ゲームのキャラ。さらっと出る台詞が口説くようなそれだから。でも本人にそのつもりはないんだよなぁ……天然め。

 王子の紹介文ってどんなのだったっけ。たしか、爽やかスマイルでフレンドリーな王子。誰に対しても親しげに話しかけるので国民の人気が高い。だったかな。この王子絶対お忍びで城下に遊びに行ってるだろ。そんで城下の人々からは王子だとバレバレなヤツだ。

 去って行く王子の背中を見送るわたしにグレアムが視線を寄越す。


「随分懐かれましたね、お嬢様」


「違うよ……あの王子誰に対してもああだから。これでも噂のことがあるから素っ気なくしようとしているんだよ。でも全然効かないんだよ。あの王子のメンタル固すぎなんだよ……」


 王子なんかやってるとそうなるものなのかな。紹介文に打たれ強いって追加しといた方がいいよ。


「噂は怖いですからね。気をつけないと婚約なんて事もあり得ますよ」


「気をつけるも何も向こうから話しかけてくるからなあ――って婚約!? 王子って婚約者いないの?」


 てっきりいるものかと。で、婚約相手の令嬢が主人公に突っかかってきて、二人の仲を裂こうとするベタな展開かと。まあ婚約相手からしたら主人公が仲を裂こうとする邪魔者になっちゃうんだけどさ。


「ええ、いませんよ。ですが筆頭候補はお嬢様です。今までは上手く(かわ)していましたが」


「うわあ、婚約とかになったら不味いよね……?」


 ヘレナ・ラスウェルは、侯爵位を狙っていたのだ。もしかしたら一年後、わたしがいなくなったら戻ってくるかもしれない彼女のためにできるだけ現状を保っておきたい。一年って期限が決められてるとね、どうしても気を遣っちゃうね。


「いえ、あなたの自由になさって大丈夫ですよ。身体を空けたお嬢様がいけないのですし、万一お嬢様が戻ってきてもお嬢様ならどうにでもなることでしょう」


「王族相手にどうにでもなるの!? お嬢様ってばハイスペックだね……」


 それが主人公を追い詰める悪役になるというのだから、あのゲームの難易度って高いのかもしれない。

 ていうかそもそもヘレナ・ラスウェルはどうしてゲームで悪役になるのだろう? 婚約者が主人公に取られそう、とかそういう嫉妬からの意地悪ぐらいに考えていたんだけど、彼女にそんなかわいい感情があったとは思えない。なかったとも言えないけどね。でもそもそも婚約してないしな……。

 わたしの手を引くグレアムがピタリと立ち止まる。


「――一つ気になることがあるのですが」


「何? グレアム」


 わたしの顔をじっと見つめてくるグレアムは、神妙な面持ちをしていた。


「もしも、お嬢様が戻ってきたら、あなたはどうなるんですか?」


「……さあ?」


 どうなるんだろうね?




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