20_気になる人
「ヘレナ嬢、おはよう」
「おはようございます、殿下」
そういえばダンスのパートナーの話、王子には何も聞いてなかったね。
ていうか王子の耳に噂とか入ってんのかな。
「ダンスパーティー、ヘレナ嬢は相手を見つけたんだってね」
「あら、もうご存知で?」
「昨日はすごかったからね。学園中が知ってるんじゃないかな」
あれ、そんな派手に宣伝したっけ。
通りがかった令嬢捕まえて話はしたけど。噂って広まるの早いなぁ。もしかしてロベルの方が頑張って広めてくれたのかな。
「隣のクラスの男子生徒と授業を休んで、放課後も一緒に過ごしてたんでしょ? あっという間に噂になっていたよ」
あ~なるほど。
客観的に聞くととんでもない話だね、それ。
授業一緒になってサボってるとか、特に。噂してくれって言ってるようなもんだよね。まあ、噂してくれていいんだけど。
「殿下は誰か誘わないのですか?」
「そうだね。誘うのなら、ヘレナ嬢が良かったから」
はい?
さらっと何を言っているのかな?
「ヘレナ嬢なら誰も文句言わないかなって。でも、そんな理由で誘うのは失礼だから、どのみち誘う予定はなかったよ」
ああ、そういう意味で。
まあ、確かに王子が誰を選んでも選ばれた子は多少なりとも何か言われるだろうからね。
王子は何故かわたしのことを過大評価しているもんね。わたしならどんな文句も言われないと思ったのだろう。もしくは言われても跳ね返すと思っていたか。
いや、その前に王子に誘われてもわたし断るけどね。一緒に踊って注目を浴びたくはない。……あー、ダンスの練習しなくちゃなぁ。
ていうか、そうだ。わたしのパートナーよりも注目すべきことがあったんだった。
「……キャロルさんは誰かと組んだのかしら」
ゲーム主人公のキャロルさん。彼女の相手役ってかなり重要なんじゃない?
王子とキャロルさん仲良いから何か知ってるかな。
王子は首を傾げた。
「どうだろう。一個上の先輩に誘われてはいるみたいだけど」
「ポールス?」
そっか、ポールスなら誘うよね。
「うん、でもキャロル嬢は隣に立てるほど素敵なドレスなんて持っていないって困り気味だったかな」
なるほど。キャロルさんの家貧乏だもんね。侯爵家の嫡男の隣なんて立ちづらいよね。
「ポールスならドレスぐらい贈りそうなものだけど、キャロルさんなら断りそうだものね」
「そうだね。キャロル嬢は意外にしっかり者だから」
うんうん。キャロルさんっておっとりしてて、ドジっ娘っぽいんだけど結構しっかりしてるんだよね。面倒見もいいし、弟とか妹とかいるのかもね。
「ヘレナ嬢は意外に抜けているよね」
「……わたくしは今、喧嘩を売られたのかしら?」
とうとう王子にまでばかにされ始めたんだけど。
おかしいな。完璧な令嬢を演じていたつもりなんだけど。わたしの演技力どこへ行った。え、そんなものは最初からないって?
「あ、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。またヘレナ嬢に怒られそうな話だけど、実際にヘレナ嬢に出会うまで、僕はヘレナ嬢のことをもっと怖い人だと思っていたんだ」
「あら、違うと仰るの?」
待って。わたし精一杯怖い人間演じてるつもりなんだけど。ヘレナを演じてるつもりなんだけど。えー、どこが駄目なんだろう。
王子はにっこりと笑った。相変わらず爽やかだね。
「うん、違った。怖いと言うより、格好いいかな。でもたまに抜けてるところは可愛い」
格好良くてたまに抜けてるところは可愛い……ギャップってやつかな?
でもわたしの目指しているキャラと違う!
あと王子、さらりと可愛いとか言う!? 中身はわたしとはいえ、方々に恐れられているヘレナを相手にさらりと可愛いって!
「殿下はほめ上手ですわね……」
言ってから、あれ? と気づく。抜けてるところが可愛いって褒められてるのかな。遠回しに間抜けって言われてたりする? しない?
自信がなくなってきた。果たしてわたしの演じているキャラはあっているのか。周りの印象とわたしの認識ってもしかしてずれてるのかなぁ。それとも一緒にいる機会が多いから粗が見えてるだけ?
「そうかな。ヘレナ嬢にほめられると照れるね」
この王子はたぶん人のいいところ見つけるの上手だからなぁ。評価はあんまり当てにしない方がいいかも。
たぶん噂を聞いてヘレナのことを怖い人だと思ったんだろうけど、割と出会ってすぐにその印象を払拭したみたいだし。
ていうか王子に怖いと思われていたとは思わなかった。めっちゃ爽やかに自己紹介してきたのを覚えているぞ、わたしは。あれで怖がっていたとしたらある意味ポーカーフェイスだね。
「昨日、ヘレナ嬢が急にパートナーを作ったのは、僕のせいかな。……ごめんね、変な噂に巻き込んで」
なんだ、噂知ってたんだ。
まあ知ってたところでどうにかできるものじゃないけどさ、噂なんて。面白ければそれでよし、だもんね。
申し訳なさそうに眉を下げる王子に、わたしは小さく首を振る。
「いいえ。保身のためですわ」
王子のせいかって言われると何か違うよね。
良くも悪くも王子とヘレナって注目を浴びやすい地位にいるから仕方ないことだと思うよ。
「……迷惑をかけてしまってごめんね。誤解が解けるようにしばらく話しかけないようにはしていたんだけど」
地味な努力をしていたんだね!?
試験勉強に夢中で気づかなかったよ。
「そんなことをなさらなくても、殿下が唯一をお決めになればよろしいのでは? 婚約などのしがらみは置いておいて、気になる方はいないのかしら?」
ちょうどいい機会だし、聞いておこう。
本当は真っ先にキャロルさんに聞きたいんだけどね~。まだ来てないし。居たらついでを装って聞けたのに……。
「ヘレナ嬢も女の子だね」
王子は恥ずかしそうに笑う。
お、これは誰かいるのかな?
わくわくとしたわたしの期待もむなしく、王子は小さく首を振った。
「でもごめんね。期待には添えないかな」
「それは、つまり、いないということ?」
「うん」
そっか、いないのか~。王子ルートではないのかなぁ。
いやでも、まだ序盤(だよね? たぶん)だからね。分かんないよね。この先に何かきっかけがあって変わる可能性なんていくらでもあるんだし。うん、乞うご期待! ってことで。なんて思ってたら、「ヘレナ嬢は?」と今度は王子が問いかけてきた。予想外の言葉に「へ?」と間抜けに口が開いてしまった。
「ヘレナ嬢はいないの? 気になる人」
……。そんなこと考えたこともなかった。ここはわたしの世界ではないということもあるけど、一番はそれどころではないから。ヘレナ・ラスウェルらしくあることとか、キャロルさんの恋愛模様を見守ることとかそっちが大事だからね。自分の恋愛は別にいいかな。そもそもあの神の言葉が本当なら、いつまでもここにいられるわけじゃないみたいだし。
「ええ。いませんわ」
「そうなの? ダンスのパートナーに選んだ生徒は?」
「ロベル? 彼は単なる協力者ですわ」
気になると言えば気になるけどね、いろいろと。もちろん恋愛的な意味合いじゃなくて好奇心で。
わたしから振ったことなんだけど、王子と恋バナするなんて変な感じ。いやまあ、どっちも恋どころか気になる人すらいないから、これを恋バナと呼んで良いのか疑問だけれども。やっぱり、この場にキャロルさんがいないのが悔やまれる。この流れなら、絶対聞き出せたのに!




